8-1
2036年 5月14日 水曜日 06時02分
目を覚ますと、そこには白い天井が視界いっぱいに広がっていた。
もう朝かと思って、しぶしぶ起きあがろうとすると右肩と左腹部に鈍痛が走り、上手く体を起こせなかった。
いつのまにか寝違えたのかな?
横になった状態で天井をよく見ると、ここは寮の部屋にしては高さと広さがありすぎることに気づく。
それに横から、前にも聞いた覚えのあるピーピーという機械音が鳴っている。
回らない頭で、自分の置かれている今の状況を考えていると隣から声が聞こえてきた。
「先生、愛星さんが目を覚ましましたよ」
「愛星さん!よかった、目を覚ましてくれたのね....」
この柔らかい感じの声色は.....。
声のしたほうへ首を回すと、安堵の表情を浮かべる渡先生が部屋の入り口に立っていた。
「目を覚ましてくれて本当に、良かったわ....。かなりの出血で危険な状態だって言われていたから....」
「出血...危険な状態....」
「愛星さん貴女、倒れたときの記憶が...」
「大丈夫です先生。術後だとよくあることなので。それに彼女は全く覚えていない、というわけではなさそうですよ」
先生の隣に立つ医師がそう言うと、渡先生は首を傾げた様子でこちら見ている。
あれ、この医師の人前にも見たことあるような?
ではなくて倒れたとき...そうだ、確か未知の存在と銃撃戦になったんだ....それと男の人が撃たれて.....!
「渡先生!撃たれた男の人はどうなったのですか!?」
痛みがあることを忘れて、勢いよく体を立てる。
しかしその反動により鈍痛が鋭痛となって帰ってきた。
その様子を見た先生2人に、肩を持たれていきなり動かないように嗜められる。
あのでも渡先生、右肩をガッシリ持つのはやめてください痛いので!
「愛星さん一旦落ち着いて。貴女が守ってくれた人は病院に運ばれた後、治療を受けてちゃんと生きているわ」
渡先生の答えを聞いて、心が軽くなった。
救えなかったと言われていたら、きっと自分は正気を保っていられなかったかもしれない。
「そうですか...それなら良かったです....。でも私は、ちゃんと守れなかったです」
「そんなことはないわ。完璧とは言えないかもしれないけど、1人の命を救ったと言う事実は確かよ。お疲れ様、本当によく持ちこたえてくれたわ」
「ありがとうございます...」
自分も現金だ、褒められて嬉しいと思うなんて。
守るどころか死ぬ気だったにも関わらずに。
「それとね?貴女の活躍が政府の耳に入って謝礼が出ているの。えっと30万程のお金が学校側に支払われているわ。あ、ちなみに病院の入院費はあちらが持ってくれるらしいから、気にしないでいいわよ♪」
「さ、30万に入院費まで受け持ってくれるのですか。ありがたいですけど、流石にそこまでのものは受けられないと言いますか...」
いくら人の命を助けたとはいえ、高校生に30万はちょっと多い気がする。
入院費を払わなくて済むのは凄く嬉しい、だって借金が増えないからね!
あ、でも…よくよく考えると30万は貰っておいたほうが後々助かるかも。
「要らないなら先生が貰っちゃうわよ?」
色々考えていると煮え切らない私を見てか、渡先生がニヤリと笑いながら、横取り宣言をしてきた。
「やっぱり貰います」
そう即答したら、残念そうな表情を見せた先生にほっこりした気持ちになる。
それから私は先生の助けを借りてもう一度体を起こし、色々と質問をした。
まずは入院していた期間を聞くと、約1ヶ月の間横になっていたそうだ。
前回の入院よりは期間が短いとはいえ、1ヶ月も学校を離れていたとなると授業内容が分からないかも。
ただでさえ、数学と英語は壊滅的なのにこれ以上被害が増えたらどうしてくれるのやら。
出席については公欠扱いにしてくれているそうで、懸念していた授業のほうは休んでいる間に進んだ分の補修を放課後にしてもらえる予定。
うーん...それなら分からない部分があっても、一応大丈夫かな?
そもそも数学と英語は教えられても理解できてないけどね!
それともう1つ、気になっていたことを先生に尋ねてみる。
「あの日、学校方面からの狙撃に助けられたのですが.....誰が撃ったとかは分かりますか?」
「そんなことがあったの?ごめんなさい、それについては何も知らないわ。学校に戻ったら調べてみるわね」
とりあえず聞きたいことは聞いたと思う、たぶん。
しかし約1ヶ月かぁ...前回と同じだなぁ...確実に体がなまっていて、動かしにくい状態になっているはず。
リハビリのことを考えると、今からとても憂鬱だ。
「じゃあ、今日のところは帰るわね。学校に来られる状態になったら連絡を頂戴、迎えに行くから」
わかりましたと元気に返事をして、先生と医師の人が部屋を出て行くのを見守った。
あ、思い出したさっきの医師の人は前にお世話になった人だ。
リハビリの時に忘れずに挨拶しておかないと。
それからリハビリを始めて1週間経った、5月14日06時02分。
そろそろ学校に復帰できそうな状態だと連絡をしたら約束通り、病院に渡先生が車で迎えに来てくれて学校へ送ってもらうことに。
道中、車の中で先生にたった1週間で退院してきたことを心配されたが、傷が癒えるまで幸せに寝ていられるとは限らないので、とちょっぴり可愛げのない返答をする。
「…そうね…」
横にいる先生の顔に、少し陰りが差したように見えた。
気に障ることを言ってしまっただろうか?
話題を切り替えるために街の被害について尋ねる。
「幸いなことに車の爆発で建物の窓が割れたくらいで、他に大した被害は出てないそうよ」
被害がほぼなかったことに、とても驚いた。
未知の存在が出て来たときには派手な光と音が鳴り響いていたから、てっきり車の爆発以外でも何かしらの被害が出ていると踏んでいたのだが。
「確かにね。あの後、近隣の人に聞き込みをしたときは愛星さんと同じように眩しい光と凄い音がしたって言ってたから私も、相応の被害があったんじゃないかと思ってたの」
謎だ、あれは威嚇とかそういうものだったのだろうか?
不安感を煽るのには良いと思うけど、自分達の出現を知らせてしまうのはマイナスなのではと思わなくもない。
何にせよ、何事もなかったのであれば良しだ。
「そうだ、私の銃...はどうなっていますか?」
「銃は回収と整備をして貴女の部屋のガンロッカーにしまってあるわ。学校についたら確認しておいてね」
よかった...あの銃はお母さんから渡されたとても大切なもの、なくしたり壊したりはしたくはない。
というか、ガンロッカーのロックは先生なら開けられるのですね?防衛科の皆さん、ガンロッカーに秘密品をしまうのはやめましょう!
それはともかく、回収してもらったお礼を先生に伝える。
「後、車の爆発で鞄を無くしてしまったのですがその中にP365が入っていたんです。そちらのほうは....見つかっていますか?」
「ああ、あれね。鞄は表面がちょっと焦げちゃってたけど、中の銃は大丈夫だったからM4と一緒にしまってあるわよ。弾倉も問題なかったし。いやー、高い難燃性の素材を使用しているだけはあるわね。これで難燃性だけじゃなくて、防弾性能もついていたら完璧ねぇ」
「それと鞄は新品を用意しておいたからそれを使ってちょうだい。そうだ、鞄に入ってた貴女のスマホと部屋のカードキーを渡しておかないと。はい、どうぞ」
失われてしまったと思っていたP365だけではなく、形見のスマホまで戻って来てくれるとはなんという僥倖。
しかしあの鞄、見た目は普通のスクール鞄だったのにそんなに丈夫だったとは。
先生の言う通り防弾性能があったら臨時の盾にできたのに!!早く誰か改良して!
「何から何まで、ありがとうございます」
「まあ、でも銃の扱いには要注意よ?今回は私が近くにいたから回収できたけど、もし一般の人に取られでもしたら問題になっていたわ」
うっ、そう言われてしまうと鞄を持っていなかったのは迂闊だったと反省せざるを得ない。
実際のところ手放していたせいで、ハンドガンを使えなくて困ったし。
今度からは気をつけないといけないなあ。
「しかし、愛星さんも無茶をするわよね〜。相手は5人だったのでしょう?よく1人で戦おうと思ったわ。私なら避難誘導をしたら即刻逃げて、仲間を呼ぶわね」
「対抗できる力を持っていたのはあの場に私だけだったので、仕方なく」
先生の言うとおり本来なら1人で対抗しようとはせず、まずは援軍を呼ぶべきだったのだろう。
正直、当時は目の前のことでいっぱいになっていてそこまで頭が回っていなかったのだけど。
「ふふっ、仕方なくなんて言っちゃって。まぁ、今回はお手柄だったけど次は無茶しないようにね?」
「一応、留意しておきます」
うーん、両親以外の大人とここまで気軽な感じで話したのは久しぶりな気がする、渡先生は気さくで悪くない人かも。
そして会話に花を咲かせている内に、どうやら学校へ着いたようだ。
「先生は車を止めた後、そのまま職員室に行くわ。教室の鍵開けお願いね!」
校門で降ろしてもらい、先生は駐車場へ車を停めに行った。
現在の時刻は06時58分、授業が始まるのにはまだ時間がある。
学校についてから朝食を摂ればいいと思って、病院の朝食を断ったからまだ食事を摂っていない。
ゆえに、凄くお腹が空いている状態なのだ。
空腹を満たすついでに、病院食で鈍ってしまった味覚を取り戻すのも兼ねて、食事をしに行こう。
そうして食堂へ行き、中に入ると匂いにつられてお腹がぐぐゔぅと爆音を立てた。
食べる気満々だと言わんばかりに催促をしてくる、全くこの胃は節操がなくて恥ずかしい。
注文をするためカウンターに行くと、受付の人に驚いた顔をされた。
「まぁ...久しぶりね!入院していたそうだけど大丈夫なの?」
急に話しかけられてびっくりしたが、何よりも顔を覚えていてくれたことそれ自体に、驚きを隠せない。
「はい、ご心配をおかけしてすみません。今日から復帰するのでまたこれからも、お世話になります」
「お腹も鳴っていたし本当に大丈夫そうね!いつも恍惚として美味しそうに食べてくれるから、作りがいがあって嬉しいのよね〜♪」
ぐっ...食事をしているときの顔がそんな酷いことになっていたとは。
更にそれを見られていただなんて恥ずかしい、今度から顔を引き締めて食べないと...!!
しかし、直後の食事でそれは虚しくも崩れ去ってしまったのは想像にかたくない。
会話を交わしつつ、アップルティーとチョコクロワッサンにアロエヨーグルトを頼む。
品を載せたトレーを貰って、お気に入りの席で食事を摂った。
まぁ.......なんとも美味しい、クロワッサンなのでしょう!
とてもふんわりした柔らかさに、甘すぎない板チョコレートのパリパリ感が素晴らしいですわ...!
アップルティーも一口いただきましたが香り高くて、まるでアロマオイルでも入っているかような.....!
アロエヨーグルトは砂糖が控えめで、大きなアロエの果肉がゴロゴロ。
食感がシャクシャクしてもう...天にも登ってしまう快感ですわ!!
控えめに言って、最高ですわぁぁっ!!
おっと、久しぶりの学食でかなり高揚してしまい人格が破綻しそうに....いや、してたかも。
食事後の余韻タイムに口を拭きながら、生きていてよかった...そんな月並みなセリフを零したのであった。
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