3-2
先生が教室にやって来たのは予鈴が鳴ってから15分後のこと。
教卓の前に立ったと同時に、とても綺麗な最敬礼を生徒に披露した。
「遅れてごめんなさい」
謝られたのもあるが、有無を言わせぬお辞儀を見せられてはこちらまで背筋が伸びる。
それに加えて渡先生が自衛隊に勤めて得た、経験が滲み出ていて畏敬の念を抱かずにはいられない。
先生が姿勢を戻すとパンッと手を叩いて空気を切り替え、それじゃあHRを始めましょうかと元気よく声を張った。
「昨日言ったとおり、今日は射撃訓練をしてもらうわ。その後に自分が使う銃を選んでもらってからもう一度訓練をして、それが終わったら分解と整備の方法を学んでもらう予定よ」
他の生徒達が難しそうだなぁとか、銃撃つの怖いねーなんて話しているのを耳にすると、相変わらず日本は平和だなぁとしみじみ思う。
早速、射撃場に移動するからついてきてと手招きしながら先生が言う。
次第に皆、教室を出始めたので渋滞に巻き込まれないよう私は、最後に教室を出て列の後ろを歩いた。
射撃場につくと朝に整備室で見た銃のほかにも、知らない品がずらりと射撃レーン手前にある長机上に綺麗に並べられていて、心なしか目を引かれる。
もしかしてHRに先生が遅れてきたのは、訓練の準備をしていたからなのかな。
まずは、ここに置いてある銃の種類や部品の名称とかを教えるわねと言って、先生は我々に1から説明をし始めた。
「これは拳銃。多分、映画とかドラマとかで知ってる物だと思うわ。これからはハンドガンって呼ぶわね。次は突撃銃、これも映画とかでよく出ている物で名称はアサルトライフル。次は拳銃弾を使用する短機関銃、サブマシンガン。その次は.....」
銃の種類と呼び方を教えてもらった後は各部についている部品の解説も受けた。
事前に本を読んでいたおかげで問題なく覚えられそうだ。
「名称は追々覚えてもらうとして、使いかたは今覚えてもらうわ。はい!じゃあ練習で使用する頻度が高いであろう、ハンドガンの扱いかたを教えるわね」
先生はそう言うと机の上に置かれた大きさの違う2丁のハンドガンを、こちらに見えるように掲げた。
「えー…これはSIG社の銃で、左の大きいやつがP320で反対の小さいのがP365という名称よ。あ、そうだ…使いかた説明の前に1つ話をさせてもらうわね。銃器の安全な取り扱いに関するルールについて」
先生は一旦、銃を元の場所に戻して概要を話し始めた。
1.全ての銃は、常に弾薬が装填されているものと認識する
2.銃口は、撃とうとするもの以外に向けない。
3.標的を狙う時まで、トリガーに指をかけない。
4.標的の向こう側にある物を意識する。
このルールは現代の銃器トレーニングに大きな影響をもたらした人が提唱したものらしい。
そういえばお母さんにも似たようなことを言われたし、朝読んだ書籍にも同じことが記載されていた。
「このルールをふまえて、これからする扱いかたの話を聞いてね」
おさらいとして説明されたのは、暴発などの事故を防ぐための安全装置・セーフティがちゃんとかかっているか確認を取る。
銃口を人のいるほう、または自身へ向けないよう常に注意を払う。
撃つとき以外はトリガーの上のにある、フレーム部分に人差し指を置いておくこと。
「次に、射撃をするにはマガジンを装填して銃上部のスライドを引くと薬室に弾丸が送られて弾が出るようになるわ」
「弾を撃ち切るとスライドが後退してそのまま保持されるから、マガジンを入れたらセーフティの横にあるスライドストップボタンを押す」
「そうするとスライドが前進して、さっきと同じようにマガジンから薬室へ弾が送られて再度撃てる状態になるわ」
更に、薬室に弾が供給された状態でマガジンを外すと薬室に弾が1発残ったままになるので、その後に撃つ予定がなければスライドを引いて弾を取り除くことを忘れないように注意して欲しいと教わった。
「ある程度の説明はしたから、1連の動作を実際に行って的を撃ってみるわ。撃つ前に耳を保護するイヤーマフ、目を守るアイカバーを忘れずにつけてね」
レーンに移動した渡先生はイヤーマフとアイカバーを装着し、慣れた手つきでマガジンを銃に装填。
標的は先生が立つ地点から10m先の地面に突き立てられた棒に、丸形の板がついたもの。
直径は40cm程度で円が等間隔に5本描かれていて、中心によるほど円が小さくなっている。
今までのイメージとは全く違う、凛とした真剣な眼差しのまま、ゆっくりと的に銃口を向けるとセーフティを静かに外して、優しくトリガーを引いた。
ダンッと力強く空気を振動させて伝わってきた音が、射撃場に轟く。
それと同時に生徒達のどよめきも響き渡る。
きゃーとか格好いいだとか、簡単だな!など初心な反応が見られて微笑ましい限り。
撃たれた的のほうを見ると5つある円のうち、中央円の右側の線上に穴が空いて、ほぼ真ん中に当たったみたいなものだ。
これは…とてつもなく凄い腕前ではなかろうか。
「こんな感じで他の銃についても基本は一緒。撃つ前にまた教えるから、とりあえず経験してもらおうかしら。前にいる子から5人ずつレーンへ来てもらって、マガジンに弾をつめる作業を最初にしてもらうわ。5発渡すけど、漏れがないように全部入れてね」
射撃の披露が終わった途端に渡先生は普段の、のほほんとした感じに戻った。
これは車の運転でハンドルを握ると人が変わる者がたまにいると聞く、それに近いものなのだろうか?
5人の生徒が前に出て、もう一度レクチャーを受けているが各々銃に興味津々のご様子。
触って重いね、弾つめるの大変だなーとワイワイ楽しそうな声が聞こえてきてほっこり。
弾を詰め終えた子から順に射撃をし始める。
その姿を見ていると、皆が想像していたよりも的に全然ヒットしなかったからか嘆きと、落胆の声で場が賑わっている。
先生の射撃を見た後なら、誰でも簡単にできるのだと思い込んでも仕方ない。
私も初めて銃を撃ったときは狙っている箇所に、弾が思うように当たらなかった。
だから当たらないほうが至って、普通のことだと思う。
そして自分の順番がやってきたけど、他の人は既に試射済みで1人で射撃をすることになってしまった。
目立つのは嫌だがこればかりは仕方ない、諦めてさっさと終わらせよう。
先生が撃ち終わった生徒に対して話をしている間にレーンへ立ち、マガジンに5発の弾丸をせっせとつめる。
マガジン内のスプリングが硬くて弾が押し戻されるから、押し込むのに結構な力が必要。
そのせいで手が痛くなってしまった、悲しい。
弾を詰め切ったマガジンは1度机に置いて、今度はハンドガンを手に取る。
直前に使用されていたので念のためスライドを引き、弾が薬室に残ってないかを見たらセーフティをかけて、銃口の向きに気をつけて机にそっと戻す。
「最後は愛星さんの番ね....って、あら?用意全部終わっちゃったの??」
「はい。先生がお話をされている間に、弾込めと薬室内に弾が残っていないか、確認はしました。いつでも撃てます」
「手際が良いわね…わかったわ。じゃあ、撃ってちょうだい」
イヤーマフとアイカバーをちゃんと着用してからマガジンを銃へ挿入。
そうだ試しに朝に目を通した書籍に載っていた、狙いやすくするための構えを実践してみようかな。
確か......右手はグリップの上に隙間ができないよう握って、左手はグリップを包み込むように添え、こちらも隙間に注意する。
左手の親指はスライド部分にそって水平に保つことを意識して、その上に右手の親指を乗せる。
次は肩を上げないようにしつつ、しっかり腕を突き出した状態で足を肩幅に開き、最後に右足を引き左足を少し前にだして多少前傾姿勢に...だったかな?
実際に構えてみると、少々難しい。
普段取ることのない体勢を取っているため、筋肉に負担がかかっているのがよく分かる。
それに加えて実際に扱った経験があるのは、お母さんから渡されたアサルトライフルだけ。
あれは肩に当てる部分があったおかげで比較的狙いやすかったが、ハンドガンにはそのようなものがないので手が震えて狙いにくい。
それと、気のせいか熱烈な視線を感じるような?
チラッと後ろを振り向くとやはり皆に凝視されている、むぅ....緊張してきた....。
すぅ...はぁぁ....。
深呼吸をしたら銃口をしっかり的へと向け、左手でスライドを引く。
そして右親指でセーフティを外し、意を決してトリガーを引いた.....引いたがなぜか動かない。
うん??故障だろうか?
確認のために一度マガジンを抜いて薬室の弾を取り除き、弾をマガジンへ詰め戻したら銃に再挿入。
姿勢を整えてグリップを握り直し、力いっぱいトリガーを引くとじーんとした手の痛みと、衝撃が骨を伝って脳に響いてきた。
1発目は的の5つある円のうち右側の一番外の線ぎりぎりに着弾。
異様にトリガーが硬い、かなりの力を入れないと引くことができない。
というか……私の握力が低すぎる?
力んだ関係で銃口が右に逸れてしまったのは仕方ない、次弾は気をつけないと。
続いて2発目は左側、内から2つ目の円線内側へ着弾、右にぶれると思って左に銃口を向けすぎたのが仇になった。
3発目は右側の外から3つ目の円の上に、4発目と5発目も4つ目の円上に着弾という結果に。
自分で言うのも恥ずかしいが、ハンドガンを初めて使ったにしてはそこそこ当たったほうなのでは?
後ろに控えていた人たちが、こちらを見てヒソヒソ話しているけどやめてほしい、内緒話は怖いです!
先生が目を丸くしながら近寄ってきた。
もしかして射撃の経験があるの?と尋ねられ、額に冷や汗がブワッと出てきた。
この歳で不可抗力とはいえ実戦経験があるなんておいそれとは言えない、言ったらきっと好奇の目に晒される。
それは嫌なので、何とか誤魔化さなければ。
「えーっと…事前に配られたタブレット内にあった書籍読んでいたので、それを実践してみました」
嘘ではない、そうこれは決して嘘ではない。
内心とは裏腹に笑顔で元気よく返事をした私の心臓は鼓動が速くなって辛い。
辛いなら誤魔化さなければいいのにね!!
「ふぅん…?なるほど、ちゃんと事前に予習していたのは偉いわね!」
褒められただけで、それ以上の追及はされなかった。
急速に鼓動の波が静まっていき、大きな問題から心が解放された気分。
こういうのを晴れやかな気分と表現するのだろう、いや違うかも?
「次はアサルトライフルなのだけど、さっき説明を省いたものがあってカービンライフルという種類の銃があるの。これはアサルトライフルを小型化した物の総称で、あなた達みたいに市街地で戦闘をする際に適正のある銃」
「長距離での射撃精度はアサルトライフルと比べると多少劣るけど、軽量・コンパクトなのが狭い場所では活きてくるの」
「本来なら自衛隊の装備である20式小銃がカービンライフルに近いものだから、アサルトライフルの扱いかたと兼ねて、それを使う予定だったけど諸事情で取り寄せられなかったのよねぇ……やだやだ」
「なので、代わりにアメリカ軍で現在使用されている代表的な銃を用意させてもらったわ。ハンドガンと同じSIG社でMCX Spear。今度のは光学照準器がついてるからさっきよりは狙いやすいわよー。的は50m、頑張って!」
先生から先程と同じように、扱いかたの説明を受けたら生徒達が撃つ番。
集団の後ろで見ていた関係で、また最後に撃つことになったのは失敗。
今度は適度に外したほうが怪しまれないだろうか?
私が使っていた銃と似た形の物みたいだし、ハンドガンとは違って多少は扱いやすいはず。
さらに言えばハンドガンよりはなまじ経験がある分、うまく当てられる自信があるのがなんとも。
銃を持ってレーンに立ったら薬室の安全確認。
マガジンを挿入してチャージングハンドルを引き、セーフティを解除、薬室に弾を送る。
不安に思いつつもイヤーマフ・アイカバーを身につけて射撃開始。
結果は体は私の思惑を裏切り、5発中4発命中して極め付けに1発は中心の円の線に当たっていた。
こちらの銃もトリガーが重くて、ハンドガンを撃った時と同じくらいの引く力を要求されたせいで、1発外してしまったのは残念無念。
それと光学照準器は、想像以上に的が見やすくて感動した。
例えるなら天体望遠鏡のズーム機能を使って遠くの星を鑑賞するみたいな感じ、とても便利な代物。
......いやいや、冷静に感想を述べてる場合じゃなくて!!
うわぁぁぁん、私のバカァァッ.....何で手抜きできないのよぉっ!
せ、先生がまたこっちに歩いてきた.....!
ひいぃぃ....つ、追及だけはご勘弁を!私は穏やかで退廃的な学校生活をですね!?
「本当に愛星さん上手ね。本の内容が役にっているみたいで喜ばしいわ」
きっと今の自分を鏡に写したら、顔面蒼白という言葉がピッタリな状態のはず。
その後も強い精神を持って訓練を受け、サブマシンガンなど他の銃種も撃ったがどれもアサルトライフルほどでは無いにしろ、そこそこの命中率を叩き出してしまった。
他の生徒の様子も見ていたが、やはり命中率は低いようで....周りの生徒達がすごいねー、実は撃ったことあるんじゃないかな?なんていうヒソヒソ声が聞こえてきて焦る。
普通なら喜ばしいことなのだろうが私は素直に喜べない立場だ、本当に冷や汗が止まらない。
色んな気持ちが入り混じって気絶しそうな勢いだが、なんとかこらえて現実と向き合わないと。
「さすが愛星さん。勉強熱心だからか、どの銃を使っても射撃の精度が素晴らしいわ。なんだか既に実戦を経験していそうな腕前、これは逸材かも♪」
この人、実は私の経歴を知っているうえでこんな言動をしているのではなかろうかと勘繰ってしまう。
大人の人って怖いんだね…!
そんな感じで午前中は終わった。
しかしお昼休みはなく、15分の休憩を取ったら授業再開するそうだ。
体は大丈夫だけど、心はズタズタですよぉ…。
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