3-1

2036年 4月9日 水曜日 04時55分



目が覚めると白い天井が視界に入って一瞬病室に戻ったのかと錯覚したがここは寮だ、勘違いしてはいけない。



起きるのがしんどくて横になったまま天井を眺めていると、昨日はお風呂に入らないままベッドに倒れ込んだのを忘れていた。

忘れるくらいに、疲れていたのだろう。



ついこの前まで学生だったが......いや今も学生だけど、事件に巻き込まれて負傷し入院。

その最中に中学校の先生が病院へ預けた手紙を渡されて読んでみたら、中身は衝撃的な内容だったし。



後は両親の死亡届を出しに行って、リハビリも満足でないうちに高校へ入学と。

病み上がりにはハードスケジュールすぎて、精神・肉体的にも疲労が大きかったのは間違いない。



さてと、このままベッドに横たわっているとまた寝てまうかもしれないから起きないと。

両手を使って体を立てると、お腹がぐぅと元気よく鳴いたのを聞いて空腹を自覚した。



空腹は胃に良くない。

お風呂場へ行って、着ていた服をせっせと脱いで湯船を綺麗に掃除。

お湯をためている間に髪から順に洗う。

そして、いい感じに湯がたまった湯船にどぼんと勢いよく入る。



入院中は混んでいたせいで2日に1回、15分ほどしかシャワーを浴びられなかったから湯船にゆっくりつかれるのは本当、嬉しい。

はふ、気持ちいい....疲れが癒やされるなあ。

いけない…心地良すぎてこのままでは寝てしまいそうだ、誘惑に負ける前に早く出よう。



脱衣所に出て体を拭いている最中に気づいたけど、部屋着などの替えが全くないのだった。

お給料が入ったら忘れずに、必要なものを買い揃えておかないと。



それからクローゼットの前に行き、物品販売で買った新品の制服を取り出して身につけ、姿見の前でリボンタイの位置を確かめる。

準備が終わり、時計を一瞥すると針は04時55分を指していた。



残り5分で寮の鍵が開くから学食へ行って朝食を摂ろう、食事のことを考えるとまたお腹がぐぅと唸る。

まだかまだかと部屋の扉の前で待機し、05時00分になったら音を立てないよう静かに扉を開けて外へ足を踏み出した。



あっ...お、美味しいぃ........。



学食につくと当たり前だが、一番乗りだったようだ。

棚にあるメニューを取り、少し悩んだ末にハムとトマトのサンドウィッチと卵サンドウィッチをそれぞれ1つずつ、ノンカフェイン紅茶に果物のオレンジを注文した。



トレーをもらい席に着いた途端、人目がないことをいいことにサンドウィッチを両手に持ち、頬が張るくらいの食べっぷりを披露。

紅茶も心が和む香りのうえに、カフェインレスのおかげで気兼ねなく飲める。

はしたなくも、ごくごく飲んでしまった。



そして食後のデザートのオレンジ。

ネーブルオレンジと言っていたがこの際、どんな品種でも美味しければ私には関係ないっ!

そう思いながら口に含むと変な笑顔が出た。



ふふっ、ふへへへっ....おいぢいよぉぉぉっ...。

おっとあまりの美味しさに精神が崩壊しそうになった、危ない危ない。

とても上品な甘味に最上級の笑顔を返して、ご馳走様でした。



入院中の食事は当たり前だけど病院食だったから、味のあるものを食べられるだけで、すごく嬉しい。

どれくらい嬉しいかと言うと、この気持ちを外で思いっきり叫びたいと思うくらいには、嬉しいかな?



食事を楽しんだ後は景色を拝見。

今日は昨日と違って、右側の席に座ったけどこちらは川と海が遠くに見える。

これは中々素晴らしい景観でうっとり、これって夏場になればもしかして....?

ふふ、夏場の楽しみが1つできたかも。



静かな朝の時間をたっぷり堪能したし、そろそろ外に出よう。

学食を出ると春の陽気に満ちた朝日が、体を照らしてくれて清々しい気持ちになった。

HRが始まるまでまだ3時間ほど余っているけど、ちょっと早起きしすぎだったかな。



今日は射撃訓練をすると言っていたし、時間潰しにまた射撃場を覗いてみようか。



本校舎を出てグラウンド左端へ。

分厚いコンクリート壁についている扉を開けて中に入ると流石に誰もいない、けど静かで丁度いい。



射撃レーンに立ち脱力したら、背筋を立てて重く冷たい銃を初めて握った日の記憶を呼び起こし、ゆっくりと構えを取ってイメージを形にする。

そして標的をじっと見つめ、指を引く。



ふむ...射撃の感触が体に色濃く残っていて、火薬のもたらす衝撃が恋しいとすら思う。

銃に対して嫌悪感を抱いているのに、変な気持ちだとは思うけど。



射撃レーンを一旦離れ、近くの弾薬庫もついでに覗いてみようと訪れてみたものの鍵がかかっていた。

扉には端末があり、液晶に触れてみると警告が出てきて解錠するには指紋認証とカードキーが必要だと電子音声で伝えられた。



昨日、渡先生がロックを解除しているところを見なかったから事前に開けておいたのかな。

もしそうなら、結構危ないことをしていたのでは??



最後に整備室へ行きガンラックを見ると昨日にはなかった、見知らぬ銃達が沢山置かれていた。

その中には私の使ったタイプの銃もあり、それを見ると両親の顔が思い浮かんで、喉がつっかえるような感覚に襲われる。

目を閉じてゆっくり深呼吸を繰り返し、落ち着いたら外へ。



その辺を歩いて回ったけどHRの時間まではまだまだ時間が余る、はてさて何をしたものか。

特にこれといって思いつかなかったので射撃場に戻り、置いてあった長椅子へ座る。

おもむろに手を望遠鏡の形にして、果てしない宇宙へとそれを向けて覗き込む。



今は日が出て明るいため星の光は見えない、けどそこには確かに存在しており、いつでも私を見ていてくれているはずだ。

そう考えると、ちょっぴり元気が湧いてきた。

十分空も眺めたことだし、教室に行こうかな。



副校舎の3組の教室前につき、ドアの取手に指をかけて引こうとしたが動かない。

これまた弾薬庫と同じように、鍵がかかっていらしい。

しまったな....やっぱりまだ早かったかぁ…。



踵を返して、本校舎1階の職員室へと行く。

ドアの前に立ち、ノックをしようとする。



「おはよう。えっと愛星さんだったわよね....?まだ顔と名前が一致していないから、間違えていたらごめんなさい。それでこんな早くにどうしたの?」



急に後ろから話しかけられたことで、すっとんきょうな声が出そうになった。

それをぐっと堪え、ふり返って返事をする。



「お…おはようございます、渡先生。愛星で間違いないです。ええっと、その...教室が閉まっていたので鍵をもらいに来たのですが、どこにありますか?」



「あー、鍵ならあそこにあるわ。取ってくるからちょっと待っててね」



そう言って職員室内にある棚を指差した後、スタスタ歩いて鍵を取ってきて渡してくれた。



「うーん。もし愛星さんが毎日1番に来るようなら、予備の鍵を渡しておいたほうがいいのかしらね?」



何だか面倒になりそうなことをさらっと言い残して、先生は職員室中にある自身の席へと去っていった。

緊張して変な汗をかいた、それと次から朝早くに来るのはやめたほうがいいかも。



もらった鍵を握りしめて教室前に戻り、ドアの鍵を開けて自分の席に座った。

このまま人が集まってくるまで何もしないのは暇で暇で仕方ない。

なので、昨日配られたタブレットを鞄から取り出して電源を入れ、中を見てみる。



画面をスライドさせながら、ぼーっと眺めていると書籍のアプリが目に入ったのでタップ。

中には様々な本がダウンロードされていたがその中でも、一際気になったのは銃の扱いと射撃の仕方について記載された本。



では、開いて読んでみようか。



銃の扱いについてはお母さんに教えてもらったおかげもあってか、ある程度は理解できた。

射撃の仕方についても知識を得る前に既に経験を経ているからスムーズに飲み込める。



読んでいて思ったのは存外、射撃は奥が深いということ。

例えば撃つ際に、対象との距離が離れているほど重力や風などの環境要素を考慮しないといけないとか。

銃の持ちかた1つで標的を素早く狙える、または命中精度が向上するだとか色々と書かれてあって読み物として純粋に面白い。



内容にのめり込んでいるといつの間にか教室に人が揃い始めていた。

少しするとHRの開始時刻を知らせる予鈴がスピーカーから流れてきた。



そろそろ、読書の時間も終わりかあ。

少しの名残惜しさがある内にアプリを終了してタブレットを鞄へしまい、渡先生が来るのを待った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る