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さて、色々片付いて教室の時計を確認するとまだ13時18分。

荷物を持ったままでは動きにくいし、部屋の確認も含めて寮へ置きに行こう。



寮の建物中に入って、下駄箱で靴からスリッパに履き替えたら近くにある掲示板へ。

貼られている紙をじっくり見ると自分の部屋は、寮の入り口から1番端の場所に当てられていた。



角部屋は良いけど、ちょっと移動が面倒だなぁ....この建物3階建てだからきっと学年ごとに部屋の移動があるはずだと信じたい。

うぅ....先生に言われた通り綺麗に使って、さらに物を極力置かないよう気をつけないと。



部屋に対応したカードキーを手に取ったら自室へ。

扉の鍵を開けて中を眺めるとなんとまぁ....豪華な仕様に驚く。

ベッドに机や冷蔵庫はもちろんテレビとデスクトップPCまであり、何に使うのか分からないがVRヘッドセットも置いてある。



そして個室のお風呂がついており、浴槽も完備と至れり尽くせり。

寮だとお風呂はあっても、シャワーか共用の浴場で済ますイメージだったけど...これはとても嬉しい誤算。



荷物の入った鞄を机にポンと置き、ベッドに腰掛け天井を仰ぐ。

ふぅと一息吐き、脱力すると何だか立ち上がりたくない気持ちが沸々と湧いて来たので、よしと小さく声を出してベッドから立ち上がり部屋を後にする。



さて...先ほどから栄養をよこしなさいとお腹が唸り狂っているのを静めたい。

本校舎の階段を若干の息切れと共に上って、4階の屋上へたどり着いた。

この程度の運動で心拍数が上がるなんて、以前の体では考えられない、やはり2ヶ月間という入院生活がそれだけ長いものだった証拠なのだろう。



先程校内紹介でも訪れたが、この学食は本当にオシャレだ。

全面ガラス張りなので外から中が丸見えなのが多少気になるけど、高い場所から景色を見つつ食事ができるなんて学食はそうそうないはず。

中に入るとLEDライトの光が温かみのあるオレンジ色で和むし、静かな音楽も流れていて心地良い。



雰囲気を楽しんだので今度は食べ物を楽しみたいところ。

注文カウンター手前にある棚のパンフレットを手に取り、中身を確認してみると和食・洋食・中華・その他もろもろとバリエーションに富んでいる。



こんなに種類があるのは凄いけど、それよりも美味しいのかが重要だ。

卵料理系を上手に調理できる所は腕前が良いと昔、お母さんが言っていたからオムライスを頼んでみようか。



パンフレットを元の場所に戻してカウンターに行こうと思ったけど、今の私は無一文だったことを思い出した。

おやおや?これは.....ご飯が食べられないのではなかろうか.....学食の費用は学費内に入っていないだろうし。



恐る恐る、カウンターの人に尋ねると防衛科は学食をタダで食べられるのだと教えてもらい、少し舞い上がってしまった。

だが喜ぶのも束の間、タダでといっても防衛科の生徒達がもらうお給料の中から定額を前もって差し引かれているため、注文の際に支払わなくていいだけだそうな。



そうそう都合の良い話が待っているわけないかぁ....。

ちょっぴり肩を落としつつもオムライスを頼みトレーを受け取ったら、街並の見える正面の窓側席へ。

食材と作ってくれた人に感謝を込めて、いただきますと挨拶をしたらスプーンを持ち、いざ試食。



そっとスプーンを入れてすくってみると厚みのある卵部分がほど良い火加減でプルプルの半熟。

中のご飯は綺麗な紅色で具材は細切れにしたピーマンと玉ねぎとにんじんに鶏胸肉。

オムライスに鶏肉が入っているのは珍しい気がする、ソーセージとかハムならよく見かけるけど。



すくったものを口へと運ぶ。

味のほうは....うん、文句なしに美味しい。

まぁ、見た目からして美味しくないわけがないのだが驚きの方が勝る。

柔らかいオムレツ部分に酸味の効いたライス、食感と彩りに一役買っている具材達。

これから毎日こんな食事が学食で提供されるなんて、ここの生徒は幸せ者だ。



ふと、お母さんが作ってくれたオムライスがまた食べたいと思ってしまった。

家で食べていたのはキノコとかが入っているものにドミグラスソースをかけたもので、あれは美味しかったな。

だが、その本人はもういないからお願いすることも叶わない。



折角、食事を楽しもうと考えていたのに陰鬱な気分に呑まれてしまった、自分のせいだけど。

食べ終わってごちそうさまと、スプーンを静かにトレーに置いた後は意識を外の街のほうへ向けた。



学校が丘の上に設立されているから高さが確保されていて、かなり遠くの所まで一望できる。

近くの場所に視線を下ろすと、街の人々は忙しそうに歩いていたり、楽しそうに家族で出かけていたりと色んな様子を窺えて面白い。



皆、形は違えど充実しているように私には見えて羨ましいかぎり。

不意に、ガラスに映る自分の顔を見ると酷い表情をしていて苦笑いが出る。



別に自分が特別だとかは思っていないつもりだ、あの事件で亡くなった人は多くはないが少なくもないと入院中に聞いた。

事件だけではなくとも、世界中で今この瞬間もどこかで大切なものを失っている者がいる。




——今日も太陽は、眩しい——。


その煌々とした眩しさのあまり、私は窓から目を背けた。




重い身体を両手両足でしっかり支えて席を立ち、トレーを返却口に預けて学食を去る。



さてと...他にすることもないから部屋に戻ろうとしたが、気まぐれで射撃場へ足を運んだ。

扉をまたぎ中の射撃レーンに立ち、おもむろに銃を構える姿勢を取る。

そのまま地面に刺さっている標的の板をじっくり見つめ、呼吸を整えて、指を引く。



銃を初めて撃ったときの感触が、妙に忘れられない。

火薬が爆発した衝撃と音に硝煙の匂いと熱さ。

それに加えて、人を撃ったこと。



また人に銃口を向けねばならない場面に出会ったら、今度は最初から引き金を迷わず引けるのだろうか。

林で襲われた時は躊躇った結果、時間をかけ過ぎてあの場所から逃げられずお母さんを死なせ、自分も負傷した。



しかし、よく考えてみれば普通は人を撃てないことのほうが正しいのでは?

なぜなら日本では人を傷つけるのは良くないと小さい頃から教育されているし、人を殺す行為そのものにも本能的に恐れがあるはずだ、実際私も怖かったし。



でもそんな教育や恐怖があったにも関わらず、お母さんが撃たれたのを目の当たりにしたら、相手を殺したいという憎悪に、私の心はいとも簡単に呑まれてしまった。

そのことを顧みるときっかけさえあれば人は人を、何のためらいもなく傷つけることができるのだろう。



きっと、怖いのは銃のような武器ではなく、人の気持ちのほうなのかもしれない。



小難しいことを考えたからか、頭がボーッとする。

さぁ、寄り道と考えごとはこれくらいで切り上げて寮へ帰ろうか。



自室について時計を見ると15時を回ったところ。

うーん、特にやることもないし、そうだなぁ....忘れないうちに持ち物に名前を書こう。



名前の記入も幼稚園の頃から数えてかれこれ13年もやっていると思えば、私も歳をとったなとひしひしと感じる。

今の発言を大人が聞いたらきっと怒りそうだ。



くだらないことを想像しながらも名前の書き込みを終わらせ、今度は制服を保護袋から出してハンガーへ通し衣装ラックにかけた。

......うん、終わりかな。



やることがなくなったのでベッドにダイブして仰向けに寝転んだ。

学校の授業や借金だったり、未知の存在の襲撃など将来のことも含めてこの先、どうなることやら....。



色々考えていたら、ふかふかのベッドに寝転がっているのもあって段々、まぶたが重くなってきた。



そのまま重みに身体を委ねると、私の意識は暗い世界へと落ちていった。

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