2-3

09時18分。

高校の前にある坂の手前で降ろしてもらい、先生に3年間お世話になったお礼と運んでもらった感謝を伝え、別れの挨拶をしたら先生の乗る車が視界から去るまで見送った。



その後、長くうねった坂道をのんびり登って校門前に到着。

リハビリをできる時間が少なかった関係で思っていたよりも辛い、息はすぐ上がるし右肩と左太ももにもまだ違和感がある。



さて着いたのはいいけど、まだ門が開いておらず待っている人がちらほら。

門の横の壁に張り紙があって読むと、09時30分に開門するのでお待ち下さいと書かれていた、少し早く到着してしまったようだ。



時間に余裕がないよりは、あるほうが当然良いので待つのは問題ない。

ない...はずなのだが、少し居た堪れない気持ちになる。

理由は至極簡単、周囲の家族連れだ。

周りにいる子供達は父親ないし母親がついている、だが自分にはどちらもいない。



皆が楽しそうに高校生活についてだったり、将来について話をしているこの環境の中で1人だけ取り残されている。

ふふっと自嘲気味な笑みを出しながら、そっと後ろを向いた。



開門時刻になり、門が開くと新入生達がぞろぞろと敷地内に雪崩れ込んでいく。

その流れに混じって私も移動し、教員の人が体育館へ誘導しているのでそれに従って歩いた。



中に入り名簿へ名前を記入していると、受付のお姉さんにご家族の方はと尋ねられ、2月に起きた事件で亡くなりましたと伝える。

すると気まずそうな顔をしていたので、素直に答えたのは失敗だったと反省。



名前を書いたら割り振られた席に着席して入学式の開始を静かに待った。

式が始まると校長先生が登壇して、入学を祝う挨拶を述べ始める。



「令和26年度の新入生の皆さん、この度はご入学おめでとうございます。これまで沢山、学びを得てきたと思いますが、入学後も引き続き自身のために学ぶことを怠らないで下さい。」



「ここから先は今年度から新しく新設された防衛科の人達に向けた言葉です。先日の襲撃事件を受けて政府側からの申し出により設立へと至りましたが、これから防衛科で学びゆく子供達に助言を」



一旦区切り、その後、言葉を紡ぐ。



「この先君達は人の命を守る、そして奪う立場になります。その中でいつか重大な決断を迫られる場面が訪れるでしょう。その時に自分を信じてあげられる力と、ちょっとやそっとでは折れない精神力などを養って欲しいです。いつか、今の状況が解消された際に自分のしたことへ胸を張って、笑顔でいられるように。以上で式辞を締めたいと思います」



挨拶が終わり校長先生は退壇した。

長ったらしい美辞麗句を垂れるのかと思いきや、無駄に時間を引き延ばさないよう、簡素ながらもまとまった内容の挨拶でびっくり。

思っていたのと大きく違っていて、ちょっとだけ好感を持った。



ところで、さっきの話には少し思い当たる節がある。

事件日に林中で戦ったあのとき、迷って相手をすぐには撃てなかった。

それが直接的ではないにせよ、時間をかけてしまい逃げられず、お母さんを死なせることに繋がったのは間違いないだろう。

今後、同じことを繰り返さないためにも心に留めておかないといけない。



そして来賓の紹介などをして閉式の辞を行い、無事に式は終了。



その後、栗色の髪をした女性教員が普通科生徒の名前を呼びクラスの割り振りが始まり、大体の子は担任になった教師に引き連れられて校内へ消えていった。

自分を含め残っているのが防衛科の子、でも普通科に比べるとちょっと人数が少ない気がする。



普通科のクラス分けが済み次第、先程の先生がこちらのクラス分けを始めた。



「お待たせしてごめんね。じゃあ名前とクラスを言うから返事をした後、各自担任の先生の元に移動してね?まずは....」



テキパキと名前とクラスを読み上げ私は3組所属となり、担当の先生はクラス分けをしていた栗色の髪の人。

ふと思ったけど、ここの学校の教師は髪を染めても良いんだ。



「はい、注目!これからあなた達3組の担任教師になる、渡 美咲(わたり みさき)です。皆と同じ新人だからお互いによろしくね!」



周りの子が元気によろしくお願いしますと言っているので、それに倣いよろしくお願いしますと囁いた。



軽い挨拶をしたら、本校舎の横に新築された3階建ての副校舎へ引率してもらい、3組の教室に入ると正式な自己紹介をすることに。



「改めて名乗るわね、私の名前は渡 美咲。以前は自衛隊に勤めていたけど退職して、今は予備役になってるわ。ちなみに勤めていたと言っても、知識や経験は期待されているほど豊富じゃないから、そんなにアテにはしないでね?」



ええっと....経歴が自衛隊なのはいいけども、それって教師としては大丈夫なのだろうか。



「それから好きな物は甘い物、その中でも特に好きなのはプリンよ。プリンはね、柔らかすぎてもダメだし硬すぎても美味しくないわ。カラメルは苦いほうが本体の甘さを引き立ててくれるの!皆んなもプリンを食べる時は、絶妙な硬さと苦めのカラメルで仕上げた物を選ぶのよ!!」



感想、この人駄目かもしれない。

自己紹介を始めたと思ったらプリンについて熱弁し、暴走。

3年間この人で本当に大丈夫かなぁ.....。



それはさておき、渡先生の自己紹介(?)が終わったので今度は生徒側。

出席番号順に男の子から1人、また1人と起立し名前と趣味などを言って着席する中、ついに自分の番が回ってきたので静かに席を立つ。



「愛星 星璃(あいせ あかり)です。趣味は天体鑑賞です、よろしくお願いします」



適当な名前と趣味を言って静かに着席、少し素っ気なかったかな?

まぁ...気にする必要はないと思うけど。



自己紹介の次は何をするのかと待っていると、このクラスの概要について詳しい話が始まった。



まず防衛科は1クラス30人で構成されている。

クラス数は本来7組まであるが、急遽設立した関係で今年の入学者は少なくなっており、現在は4組までしかない。



授業内容は普通科のものにプラスで射撃訓練や体術訓練などの軍事科目があるみたいだ。

後は街の奉仕活動に参加したり、政府から要請があれば任務に就くこともあるそうな。



防衛科の生徒達は軍人とは別の扱いではあるが、場合によっては国民のために命を張って貰わねばならないので、お給料が出るらしい。

ちなみに、奉仕活動や任務に従事すると活動内容にみあった報酬を貰える。



とまぁ、聞くだけで色々大変な生活になりそうなのはよく分かった。

うん...今すぐお家に帰りたい。

あ、帰る家がなかったんでした☆

心の中で1人虚しくボケてみたけど本当に虚しくて、涙があふれ出そう。



概要を聞いた次は本校舎の案内へと移り、1階は普通科1年生の教室と職員室が大体を占めている、残りは保健室と物置部屋が数部屋。

2階は2年生の教室に化学室と調理室、3階は3年生の教室と図書室に美術室、音楽室。



ちょっと変わっているのが、4階屋上に新築のガラス張りの学食があること。

学校が丘の上に設立されているのも相まって夜になれば、さぞ煌びやかで、ロマンチックな夜景を拝めることだろう。

食事の時間はこの学校での生活に、彩りを与えてくれるはずだと密かに心が躍った。



校舎は見終わって、今度は外のグラウンド方面に。

とても広く、開放感があるし右側にはそこそこ大きい体育館もあって、結構なお金がかかっていそうだ。



その反対側のグラウンド左端には2m位の高さがあるコンクリート壁が建っている。

あれはなんだろうと思っていると、今度はその壁についている頑丈そうな扉の前まで移動。

渡先生が扉を開け、生徒を中へ招き入れると周りが唐突に騒がしくなった。



私も扉を越え中を見てみると、そこには広い射撃場が鎮座しているではないか。

授業で射撃訓練があるとは言っていたけど、まさか敷地内に設置しているとは。



「ここは見ての通り射撃場よ、長さは最長100mで10レーンあるわ。レーンの後ろに整備室と弾薬庫があるからそっちも見ましょうか」



そう言うと、そそくさと向かって行ったので皆して追いかけるように後へ続く。

2つの建物前に着くと説明が始まる。



「左の白い建物は整備室で、反対の灰色の建物が弾薬庫。先に整備室を見てもらうわ」



内部に入ると、工具や油などが置かれており、壁や棚らしきものには銃が沢山かけられていた。



「銃を置いてるあの棚はガンラックって言うらしいよ」



誰かが話しているのを聞いて、ガンラックという響きに不覚にも格好良いと思ってしまった。

人を傷つけるための道具を置く棚なのに、いや棚が悪いわけではないけども。

加えて情けないことに銃を見ると、気分が落ち込むから今はあまり見たくないなあ。



それは別として、うーん...とても異様な光景を見せられて困惑を隠せない。

普通なら学校に置いているはずのない物が、目の前にずらりと並んでいると壮観でもあるけど、違和感ありあり。



「整備室はまだ本格的に稼働してないけど今後、部活で整備部を作って生徒自身に銃器の整備をしてもらう予定なの。人数は少なめだから入りたい人は早めに言ってね。それじゃあ、弾薬庫に移動しましょう」



弾薬庫は名前通り弾薬の補完をしているほか、手榴弾などの爆発物もあるため、取り扱いには十分な注意を払って欲しいと言われた。



「最後にあなたたちが住む寮を紹介するわ。副校舎の後ろにあるのだけど、こっちも1年かけて作った新築で、すごく綺麗だからできるだけ汚さないよう、気をつけて使ってちょうだい」



そう、実は防衛科は全寮制なのだ。

そもそも全寮制は私立の学校に多いがここは公立で、さらに普通科に寮はない。

防衛科は有事の際にいち早く対応するため寮に人をまとめているのだそう。

帰る家をなくした私にはまさに、うってつけの環境ということだ。



「部屋の割り振りは掲示板の紙に書いてあるから後々確認してもらうとして、寮の解錠と施錠時間は朝05時00分、夜22時00分よ。それと大浴場があるけれど、まだ工事中だから使えないの。1ヶ月くらい経てば利用可能になるらしいから楽しみにしてなさい♪」



ふむ、門限が想定よりも緩めで嬉しい。

けど22時まで外を出歩いたりすることは多分ないだろうし、その辺は問題なさそう。

しかし大浴場があるなんて豪華だなぁ、いつか頃合いを見計らって入浴したいものだ。



「さてと紹介も終わったし、教室に戻ってタブレットとかを配るわね。配布後は体育館で制服と体操服の採寸をして合う物を何着か買ってもらうわ、後は靴とかも」



そういえば、貰った手紙には教科書を配布と書いてだけどあれは中学校の先生の書き間違えだったみたいだ。

まぁ今時、紙の教科書を配るのは中々ないと思うし。

一同揃って教室に帰ったらタブレットなどを貰い、体育館へ。



さて私は身長が165cmあるけど多分これ以降は伸び悩むだろうし、制服と体操服は両方ほんの少し大きめのサイズを買っておけば大丈夫かな。

あれ?制服の色が灰色だ、普通科の人は紺色なのに。

科の見分けをしやすくするために、あえて変えているのだろうか。



気になるので同じく体育館に来ている渡先生に尋ねてみると、2つ理由があるそうだ。

最初は緑を基調としたもの、あるいは灰色の迷彩を使用する予定だったとか。



防衛科は主に市街地で活動する。

その関係上、自衛隊が使っている緑を基調とした服は市街地で目立ってしまう、それを避けるためなのが1つ目の理由。

2つ目は灰色でも迷彩柄の制服を着た生徒が銃を所持して巡回している所を市民が見たら、威圧感と不安を与えかねないというのが2つ目もとい不採用になった理由。



それって服より銃を持っていることのほうが、不安などを煽ると思ったが突っ込まないでおこう。



ちなみになぜ灰色なのかというと昨今、日本の建物に使われている色は灰色に近いものが増えてきているのを活かして、建物に紛れるためだ。

灰色は物の輪郭を多少ぼやけさせる検証結果が出ているので、戦闘になった際に人数を捉え難くする効果を期待して採用したとか。



迷彩と聞くとこう、ジャギジャギした柄だったり、森などで隠れるのに使うイメージを持っていた。

どんな土地でも多かれ少なかれ効果があるから、色や柄などをしっかり選ぶのだと教えてもらい大変、勉強になった。



服のお次はローファーを手に取り見ているのだが、何かがおかしい。

ローファーってこんなに重いものなのだろうか?

またまた渡先生に質問すると鋼板が入っているそうな、なにゆえ。

理由は足先を弾丸から守るためみたいだが、効果の程はあまり期待しないでと言われた。

先生の返答に呆れそうになったが保険としては良いのだろうか....?いや良くなさそうだ....。



物品購入から教室に帰ると今日の日程は終わったと告げられ、少し身体の怠さを自覚する。

それもそのはず、リハビリもままならない状態で入学式に参加し、学校の敷地内を結構歩いたのだから。

加えて、今まで過ごしていた環境と全く違うのも関係している、見知らぬ街に人々と大きな変化だ。



「明日から授業が始まるけど頑張ってね。明日の日程は射撃訓練のみ。いきなり銃を扱うことになるのは不安があると思うけど、2ヶ月前に起きた事件のように不測の事態はいつ訪れるか分からないわ。少しでも早く慣れてもらわないといけないの、他者と自身の命を守るためにもね」



ごもっともだ、人を助けるにはまず自分に力がないと駄目だ。

でないと...私のようになる。



「それじゃあ、今日はお疲れ様。また明日からよろしくね〜」



手をひらひら振って、渡先生が教室を出て行こうとしたが何か伝え忘れたことでもあったのか、入り口で急に振り返った。



「言い忘れていたけど、中央綾乃高校・防衛科に入学おめでとう!これから一緒に頑張りましょうね♪」



元気なお祝いの言葉で本日は締めくくられた。

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