2-1

2036年 4月8日 火曜日 09時18分



気がつくと私は果てしない、真っ黒な世界に1人で立っていた。

いつからこの世界にいるのかは覚えていない、とりあえず歩いてみよう。



歩いて休んでを繰り返していると唐突に、景色に変化が起きて綺麗な星空が見えるようになった。



歩みを止めて地面へ寝っ転がり、星の光をじっくりと眺める。

なんだろう、とても懐かしいような嬉しいような感じがして温かい気持ちになる。



その情景に目を奪われていると、どこからか叫ぶ声がかすかに聞こえてきた。

よくよく耳をすませ、声を拾うと「助けてくれ」「逃げて」など普段ならば聞くことのない悲鳴にも似た言葉が聞こえる。



すると空模様が急に変様して赤く染まり始め、その色が人の悲鳴と混じり、大きな渦となって天高く昇る。




逃げないと——。




自分の直感を信じてすぐさま立ち上がり、地を駆け出す。

逃げる途中で人が倒れていたり家が燃えている光景が目に入って来たものの、それらをふり切って足を運ぶ。



走っているとどこからともなく、お父さんとお母さんが目の前に現れた。

2人に逃げようと声をかけて手を握るとお父さんは首が体から落ち、お母さんは胸を真っ赤に染めて倒れ込んだ。



な、何が起きて....目の前のできごとにうろたえていると自身の胸に耐えがたい痛みが走り、そっと手で触れるとその指にはべったりと大量の血が絡んでいる。



段々と意識が遠のいていくのが分かる、このまま寝てしまったらきっと死んでしまう。

頑張って起きようとするけど、体が怠くて辛い。



起きないと...助けないと.....。

そう思っていると、世界が暖かい光に包まれて眩しさのあまりに私は目を閉じた。



ピー、ピーという規則的な機械音が遠くから聞こえて来て呼ばれていると感じ、目を開けると見知らぬ白い天井が目前に広がっている。

ここはどこだろう?確かお父さんとお母さんが....。



次の瞬間ハッとし、飛び起きて周囲をキョロキョロ見渡したが2人はいなかった。

急な動きをしたためか、体のあちこちが痛んで悶える。

すると隣にいたお姉さんが、肩をビクッと震わせた後にスタッフコールのボタンを押して連絡を入れ始める。



「事件で眠っていた患者さんが目を覚ましました!先生にすぐ来てもらえるように言ってください!」



連絡先の相手を先生と呼ぶなら、ここは病院でお姉さんは看護師の人なのだろう。

それと事件....そうだ、夢を見ていたがあれは空想ではなく現実に起きたことだ....。

陰鬱な気持ちでいると、精悍な感じの男性医師が来て、声をかけてくれた。



「目を覚ましてくれて良かったです」



はい、と答えようとしたが喉がうまく動かなくて答えられない。

酷く喉が渇いている、一体どれくらいの期間眠っていたのだろうか。

お水を飲むジェスチャーをして、それを伝える。



ジェスチャーの意味に気づいてくれた医師の人は、看護師に水を用意するよう言ってくれた。

持ってきてくれたガラスポットを掴んで、コップへ水を注ぐ。

ポットを持っている手がプルプル震えて怖かったが、なんとか注げた。



コップ半分ほどのお水をゆっくり飲み干して一息。

それからあーっと発声してみると、まだ本調子ではなく枯れた声が出た。



「お水....ありがとう....ございます」



「一応、声は出るようになりましたね。では起きて間もないですが、すこし説明をさせてください」



「貴女は2ヶ月近く意識不明の状態でした。長く寝ていたのと怪我の治療をした関係で記憶に障害があるかもしませんので念のため、確認を取りたいのですが入院前のことは覚えていますか?」



「はい...未知の存在に襲撃され、撃たれて倒れた所までは覚えています...」



「記憶のほうは大丈夫のようですね。色々とお辛いとは思いますがこの後、体の機能に異常はないか検査をさせてもらいます」



自分の現状はある程度理解した。

2ヶ月も寝ていたのなら体も痛むし、声も出ないのは当たり前だ。



それとは別に、知りたいことがある。

訪ねたとして、私の望む答えを返してはくれないだろうと予想できるが、聞かずにはいられない。



「分かりました。あの....私と一緒に母が運ばれて来ませんでしたか...?」



「残念ながら、この病院へ運ばれてきたのは貴女1人だけでした」



話の後、バツの悪そうな表情をした医師と看護師さんに連れられて検査をしてもらうことに。

検査の最中、とてつもない絶望感に苛まれた。



検査が終わり、部屋に戻ってベッドで休んでいると嫌な記憶が勝手に蘇り、溢れ出る。



焼けた空に人の悲鳴、爆発音と銃声。

お父さんだったモノを触った感触。

襲われて人を初めて撃ったこと。



そしてお母さんの背中が赤く染まる光景。



急激な動悸とめまい、大量の発汗、胸の苦しみが身体を蝕む。

呼吸が乱れ、視界が揺らめく。

激しい後悔と怒りが交互に沸き立つ。




そうだ...私は———。

———守れなかったんだ。




異変に気づいた看護師さんが大丈夫ですか?と背中を優しくさすってくれたのが、過去にお母さんにしてもらった時の感触と重なり、涙がかけ布団にポトポトと音を立てて落ちる。



ひとしきり泣き、落ち着いたところで検査の結果を持ってきた医者の人から話を聞いた。



今回の怪我で右肩と左太腿の骨は折れていたが、日常生活には差し支えない程度には治ったそうだ。

胸のほうも周囲の臓器に大きなダメージはなく脊椎にも問題無し。

ただ傷跡は残ると謝られたけど、気にしていないので大丈夫ですと返事をした。



既にリハビリを除けば退院できる状態ではあるがもう1〜2週は安静にして、退院後は急に激しい運動はしないよう注意を受けた。



後、肩に破砕した銃弾の破片があったので摘出したが、見つけられていない細かい破片が残っている可能性もあるため、痛みや痺れを感じたらすぐ病院に来て診察を受けて欲しいとのこと。



話が終わったら、看護師さんから1通の手紙を手渡された。

早速、封を開けて中身を読むと中学校の担任である伊藤先生からの手紙だ。



中身はこうだ、襲撃に巻き込まれたことに対する心配と進学について。

お見舞いに来てくれた時は私の意識がなくて、話ができなかったため手紙を書いたそうな。



本題に入ると進学について、本来なら2月中に高校受験をする予定だったけど入院により受けられなかったことの話。

あれ....受けられないなら過年度生になる....?



とんでもない事態に気づき、汗が滝のように流れたが手紙の続きを読み進めるとそれは、すぐに収まった。

意外と自分って現金な人間かも。



先日の襲撃で政府は現在、未知の存在に対応できる戦力が圧倒的に不足していると判断し国土を防衛できる集団を新たに作るという構想の元、各都道府県にある高校の一部を防衛高校、通称NDH(National Defense High school)という形にリニューアルしたらしい。



そして、私が願書を出していた学校がそのリニューアル対象になっており、普通科への入学は出来ないが新たに設立された防衛科ならば入試を受けずとも入れるそうな。



先生いわく、浪人しなくて済むチャンスだから勝手ながら、こちらに代わって手続きをさせてもらったとのこと。

いやはや、勝手どころかとてもありがたい。



入学式は今から6日後の4月8日にあり制服などは当日に採寸してその場で購入、教科書やその他の物品などもその日に配布。



しかしだ、運良く目覚めて手紙を読めたから入学式に行けるけど、もし起きていなかったらどうなっていたのやら....ちょっとヒヤッとする。



普通、生徒と教師なんて卒業したら赤の他人だと言うのに、こうやって手紙をくれたり、気にしてお見舞いに来てくれたのは凄く嬉しい。



手紙を読み終え、事情を医師に話をすると今日は休んで明日から早速、リハビリを開始しましょうと言われた。

休む前に中学校へ電話をさせてもらい、先生に目が覚めたことを伝えると明日、こちらへ来てくれるそうだ。



生徒が複数いる中で、こんなに気づかってくれるのが嬉しくて少し心が救われた、明日が楽しみだな。





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