1-3

約20分ほど走行して、丘のパーキングエリアまで何事もなくスムーズに到着。

道中、敵が出てくると踏んでいただけに拍子抜けだった。

そういえば、銃声や爆発音が家を出る前に比べてほとんど聞こえなかったような?



一目見た感じでは、この場所は多分安全だろう。

助手席に銃を置き、車外に出て近くにある柵の場所へ行った。



そこからさっきいた街の全体を見渡すと、所々で家屋が燃えて火柱が上がっているなど酷い光景が広がっている。

燃え盛る火が人の苦悶に満ちる表情のように見えて足がすくむ。



悲惨な情景を目の当たりにして憂鬱になった気分を払拭したくて、持ってきたリュックの中からペットボトルと乾パン取り出し、休憩がてらに食べようとお母さんに提案する。



「そうね少し休みましょうか。喉が乾いてるからお水貰えるかしら?」



提案に乗ってくれたのでお水を渡し、車にもたれながら仲良く座った。

私は今、乾パンを食べているけど....なぜだろう?

別に味の良い物でもないはずなのにとても美味しく感じるのは。



黙々と食べていると勝手に顔から頬をつたい大粒の涙がポタポタ落ちて、ジーパンの太もも部分にたくさんの水玉模様を作った。



「あら....泣いてるの?いきなりこんなことに巻き込まれたら普通はびっくりして、怒ったり泣いたりしてもおかしくはないけど....私が怪我をしてるから守ろうと頑張ってくれていたのよね。ありがとう、とっても優しい娘を持てて幸せよ♪」



ちょっとふざけた感じで慰めてくれた事に苦笑いが出て、泣き止むのは早かった。

それから、お母さんがお腹を見ながら



「冗談はさておき、安静に出来たからまだ大丈夫そう。病院までは持ちそうだわ」



いい知らせに少し元気が出てきた。

後は丘を下って病院に駆け込めば、怪我はお医者さんが何とかしてくれる。



こんな時に何ではあるが、横になって2〜3分だけ星を見ていいか、お母さんに聞いてみるとOKしてくれた。

一緒に地面に寝そべり星空を眺めていたが、火で空が明るくなっているから星の見える量が少なく、寂しい気持ちになる。



こうやってお母さんとのんびり星を眺めるのも今後、あまり出来なくなるかもしれない、家にも当分戻れないし、お父さんは....。

再三言うが、私は訓練された軍の人でもなければ大人でもないし、知識があったり強い人間でもない、ただの子供。

色々と滅茶苦茶になってしまった関係で、そろそろ精神がくたくただ。



でも短い時間だけど一息つけたおかげで、多少はストレスの発散ができた。



「ごめんね、我儘に付き合ってくれてありがとう。そろそろ丘を下りよっか」



そうお母さんに話して車の元に戻ろうと起き上がった時、林を見ると何かが動いているような気がして立ち止まった。

そして暗闇からぱあっと明るい光が一瞬見えたその瞬間に頬の近くを何かが飛び、ほんの少し遅れて破裂音がした。



「え...?」



頬を触ると温かくぬめりとしたものが手についた、この感触は血だ。

撃たれたのだと理解して、反射的に銃を構えようとしたが手元に銃がない。

どこにやったか分からなくなったが、すぐ車に置いてきたのだと思い出した。



安心して銃を置いてくるなんて失敗した、数十分前の私を平手打ちしたい気持ちでいっぱいだ。

撃たれたのは正面からで、車は後ろにあるがお母さんを走らせると怪我に響きそうだし、遮蔽物がない場所を行くのは危ない。



あることを思い出しベストのポーチを素早く開けて、出した物体のピンを引き抜き光の見えた場所へ思いっきり投げ込んだのと同時に、お母さんを引き連れて早歩きで後方に下がる。

銃声と爆発音が聞こえるが振り返らないようにし、途中でお母さんを先に行かせてベストからもう一個の手榴弾を取り出し素早くピンを抜いて放り投げ、自分も全力で車へ走った。



車に着き運転席側を盾にするよう隠れた後に、助手席のドアを開けてシートに置いておいた銃を回収し、安全装置を外してグリップを強く握る。

お母さんに怪我がないかを尋ねる。



「びっくりしたけど大丈夫よ。それよりも...撃てる....?」



心配そうな顔でこちらの反応をうかがっている。



「あ、そうだ!すぐに手榴弾を投げたのは良かったわよ!ちょっと感心しちゃった」



またふざけた感じで話をしているが、きっと緊張しないよう気遣ってくれているのだろう。



「お母さんを守るためなら、今に限っては相手が何であっても撃つよ。動物だろうと機械だろうと、人間だろうと」



きっぱり言い切ったけど、様々な不安が残る。

相手は未知の存在と言われていたが、家で見たのはどう見ても人だった。

実は、未知の存在が人ならば、撃てば殺すことになる。



それに追加して私は素人だから、生き延びられるのかも分からない。

もし私が死ねば、お母さんも間違いなく命を落とす.....。

まいった、精神がまた不安定になってきた。



「銃を撃つときは何かに置いてから撃ったほうがいいわ。いきなり立って狙うのは難しいでしょうし、ちゃんと教えた通りにセミオートで撃つのよ。フルオートは訓練していないと銃の制御ができなくて危険だし、弾の無駄撃ちにも繋がるから。予備の弾倉が少ない今は使う量を減らさないとね」



なるほど、家を出る時セミオートを使いなさいと言ったのは私が素人なのと予備の弾が少ないのを考慮してのことだったのか。



分かったと伝えて、車の下の隙間から林の様子を伺うがあれから動きはない、手榴弾で倒せたのだろうか?

今度はちゃんと確認するために助手席の窓から恐る恐る頭を出して覗くと、運転席側窓にひびが入ったのと同時に、火煙が噴き出す位置が見えた。



今度は銃を預けられる場所を探し、ボンネットなら置けると考えて銃をしっかり置き、左手でグリップを握り身体をできるだけ出さないように構える。

射撃のモードをセミオートに変えてから引き金に人差し指をかけ、深く呼吸をした後に意を決して、相手がいた所へ数発弾丸を放つ。



初めて射撃をしたが、発射音が大きくて耳が遠くなる。

それと強烈な反動が来ると思って身構えていたけど、予想より小さくて拍子抜け。

これなら立って撃っても大丈夫かも、当たるかは別として。



後、右側から空薬莢が勢いよく飛び出して来て右前腕に当たりそうだった。

かなり熱いはずだから、もし素肌で触れでもすれば火傷しかねないだろう。

もしかして銃って皆、右側から薬莢が出るのだろうか?映画とかでも右から出ていた気がするけど。



そんな疑問は置いておき、暗いせいで相手に当たったか分からないので、身を隠して反応を伺ってみよう。

隠れて数秒すると、パチンパチンと弾ける音がして心臓がビクッと跳ねる。



額に滲む汗を持ってきたハンカチで拭う。

弾丸が車のボディに当たっている音だと思うけど撃たれるとは、こんなにもストレスを感じるだなんて知らなかった。

戦場で戦う軍人さんは、こんな状況下でよく冷静でいられるなあ....。



相手の攻撃が止んだので、今度はこちらが撃ち返す。

何度か繰り返していると撃っている最中に銃から弾が出なくなった、弾切れだ。



急いで車に隠れて、弾倉を交換しようと思ったが交換ってどうするんだっけ....確かグリップ付近にあるボタンを押せばよかったような。

ボタンを押し込むと弾倉が勝手に落ちてびっくりしたが、すぐにベストのポーチを開けて弾倉を取り出し装填。



ボンネットに寄って今度は、銃を置かないで肩当てをしっかり肩へ押し当て、照準を相手に合わせる。

そして撃とうと引き金を引いたら、なぜか弾が出なかった。



「あ、あれ?」



間抜けな声を発しながら引き金を再度引くが弾は出ない。

また急いで体を車に引っ込ませて弾倉を取り外して付け直し、相手に向けて引き金を引いてみるが弾が出ない.....。



「こ、壊れた....?」



もしそうなら非常にまずい。

隣で休んでるお母さんに弾が出ないことを伝える。



「銃の上の方にハンドルみたいなのがあるでしょう?弾倉を装填したらそれを引くの、そうすると弾が出るわ。全部撃たないで薬室に1発残した状態なら弾倉を交換するだけですぐ、射撃できるから覚えておいてね」



教えてもらった通りにハンドルを引いてから相手に銃口を向けて、引き金を引くと弾がちゃんと発射された。

その後、お互いに数回撃ち合ったがこのままでは状況は好転しない、最悪相手が仲間を呼んだりしたらこちらが不利になる。



車に乗って逃げようか?

いや、多分乗る際に撃たれて死ぬだろう。



なら車を盾にして林まで動く?

動かすのに結局、運転席に行かないといけないから危ないか....。



手榴弾を投げて突撃?

使い切っていたのを忘れていた。



これは手詰まりなのでは....?



ゆっくり目を閉じて、ため息を吐いて、決断する。



走りながら射撃をして、林に入り、そのまま相手の近場まで寄る。





そして....相手を撃つーー。





お母さんにこれからすることを説明をしたらやはり反対されたが当然だ、素人の自分には無謀すぎる。

でも、やらないとお母さんが死んでしまう、それだけは絶対に避けたいのだ。

せっかくここまで来たのだから丘を下りて必ず病院に届ける、必ず。



心配そうな目をしているお母さんに、安心してもらえるように言葉をかける。



「大丈夫、無理そうだったらすぐ戻るよ。無茶なことは多分....しない、何とかなったらすぐ病院に行こうね」



そう言ってから、私は視線を銃に向け弾倉の残弾を確認し、まだ残っているのを見て交換はしなかった。

心の準備は出来た、後はタイミングだ。



向こうも銃を使っているのだから弾倉を交換するタイミングがある、その時に射撃しながら車から出ていけばすぐには撃ち返せないはず。

まずは相手に撃たせないと。



体を出して3発相手に撃って隠れると向こうは5発撃ち返してきた。

この銃の弾は30発だったけどあっちは何発あるのだろう?もう一度撃つと3回銃声が聞こえて来た。

仮に新品で30発なら後22発、弾倉を交換してなかったら後どれくらいか分からないけど....



仕方ない....走ろう、待つ時間が惜しい。



もう一度弾倉を確認して弾がまだあるのを見たらポーチから新しいものを取り出し、それを左手で持ったらそのまま、銃の弾倉付近に左手を添える。

走る前に右手でお母さんの手を握って、笑顔で行ってくるねと伝えてから駆け出す。



車から体を出したらすぐに数回眩い光が見えて車や地面に弾丸が当たる音がした。

こちらも負けじと、走りながら惜しみなく弾丸をプレゼント。



弾が切れるのが不安だったので途中で新品の物と交換し、絶え間なく撃ち続ける。

林の手前に差し掛かった時、相手の光が途絶え弾切れなのだと察し、こちらも撃つのをやめて走ることへ専念。

そして何とか、林の中にたどり着いた。



林中の木に隠れて少し経った頃に右足に痛みを感じ、ジーパンへ視線を下ろすと右太ももの外側が赤く滲んでいる。

あまり見たくないが、肉がほんの少しばかり抉れている、しかし直接当たったわけではない。

この程度の痛みなら耐えられるし、出血も多くないから放っておいても大丈夫だろう。



木陰から相手がいた場所の方向を覗き込むと、小さな緑色の光が動いているのが見え、不気味だと思った。

多分、撃ってきた相手のはずだけど....。



音を立てないようしゃがんで慎重に木々の間を移動して、光の主まで約15m位に差し迫ったが、その主はこちらにはまだ気づいていない様子。



伏せて相手をじっくり観察する。

4つ目のゴーグルをしていて、長髪で背丈はそこまで高くない。

黒いライダースーツ風の服を纏った上に、ベストを着けて銃を持っている。

そして細身でシルエットから察するに女性.....かな?



耳を澄ませると、話し声が聞こえて来た。



「目標...確.....どうしますか?わか.....では....」



誰かと話しているようだけど、声が高いからきっと女性で間違いない。

そして話している言語が日本語。



酷く、困惑する。

今、私の目の前にいるのはどこからどう見ても日本人の女性にしか見えない。

到底、未知の存在的なものには見えないのだ。

本当、一体どうなっているのか......。



好奇心が抑えられなくてじっと見つめていると、熱烈な視線を感じとったのか彼女がこちらの方向へ顔を向けた。

気づかれたと思い、心臓の鼓動が速まる。



彼女は3〜5秒眺めていたが、すぐに別の方向へ視線を移した。

結果としては気付かれずに済んだから良かったけど、肝を冷やした...変な汗をかいたせいで体が気持ち悪い。



とりあえず、伏せた状態でもう少し近づこう。

15m位から当てられるか分からないから、せめてもう5〜8mは進みたい。

ゆっくり音が出ないように、伏せたまま移動し10m位まで近づく事が出来たが、移動途中に銃が木に当たった音が出た時は呼吸が止まるかと思った。



これだけ近づけば外さないよね?と何故か自分に問いを投げてしまったが、本当に大丈夫だろうか....不安だ。

銃の弾倉部分を地面に置いて支点にし、肩当てを当ててしっかり照準を合わせる。



緊張しているせいで手が震えたり、心臓が躍る様に脈打つのが狙いの妨げになって困る。

外せば相手に見つけられてきっと私は撃たれる、こんな状況で緊張するなと言うのは非常に難しい。



手の震えは直に収まったが心拍数は上がったままだ。

確実性を求めたいから下がるまで、もうしばらく待ちたい。



待つ間、余裕があるせいか嫌なことばかり頭に浮かんでしまう。

これから人らしき存在を撃つわけだが非常時とはいえ、本当に人ならこれは殺人に当たるのでは...?

人でなくとも生物を殺すということ自体、良いことではないけど....。



殺す必要はないのでは、と林に入る前の決意が鈍る。

でも倒さないと、自身とお母さんの生命に危険が及ぶ。

だからといって相手の命を蔑ろにしてもいいのだろうか......。




ならば、何なら殺してもいいのだろうか?




命を狙うもの?犯罪を犯したもの?気に入らないもの?間違ったもの?自分と違うもの?




分からなくなってきた、どの殺しなら正しいのか。





私には難しすぎる。





物思いに耽っていては駄目だ、目の前のことに集中しないと。

射撃体勢を整え直そうとして足を動かしたときに小枝を踏んでしまい、小気味良い音が林中を巡った。



視線を彼女に合わせると体をいつの間にかこちらに向けて、銃を構えている。



まずい、見つかった。



相手の指が引き金に吸い寄せられて行くのが見える。

死を覚悟し、顔を下に向けてギュッと目を閉じた。



ごめんなさい、お母さん。

失敗しちゃった、でも怒らないでね。

それと大切にしてくれてありがとう。

私、お母さんのこと世界の何よりも大切だよ。



心の中で懺悔と感謝と愛を伝えた。

届くといいなぁ....。



しかし、どれだけ待てど撃たれないので既に私は撃たれ、死んだのかと思った。

勇気を出して目を開けると、彼女はまだ引き金を引く最中で、動く指がかなりゆっくりに見える。

これは確か....死の直前は体感時間がスローになるとネットの記事で読んだことがある、多分それだろう。



急速に恐怖心が抑制され、思考が巡る。

このまま伏せているだけだと確実に死が待っているが、この状態なら反応出来るのではなかろうか?

殺されるならせめて、相手に怪我でもさせてお母さんの所に行けなくしてから死んでやる。




私は迷わず引き金に指を乗せ、引いた。



林に2つの銃声が木霊する。




覚悟はしたけど流石に死の恐怖は払拭出来ず、射撃をした後は目を瞑っていたが、右肩に熱い痛みが走ったことで生きているのだと実感できた。

目を開けて前を見ると、先程まで立っていた場所には4つ目の人が倒れていた。



撃たれた肩に目を向けると、服が朱色に侵食され始めている。

かなり痛い...太ももの怪我とは大違いだ、力も入れにくい。

けど...生きていて良かった、肩を撃たれた程度で済んだのだから僥倖だ。



静かに立ち上がり相手の生死を確認するために移動するが、痛みで顔と視界が歪む....。

けど頑張って確認しなければ....。



相手の側に警戒しながら近づき、向かって右隣に膝を下ろしてどこに弾が当たったのかを調べると、胸のベスト中央に弾痕が付いていた。

脈があるか測ったが止まっている、呼吸もしていない....。




殺してしまった....何も知らないまま.....。




何かこの人に関する情報はないか、手持ちの物を漁ってみたが身分を証明する物とかは持っていなかった。



自分のしたことを理解して、罪悪感で心が潰れそうになる前に林からゆらゆらと立ち去った。

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