第2話 僕ってバカなの?:ハスキード視点
僕は次代の国王として幼少期からたくさんのことを学んできた。おかげで剣術はどの騎士にも負けないし、馬術やダンスも僕より上手な人を探すのは難しいと思う。年頃の令嬢たちの反応は僕が美男子なのを自覚させる。以前は王宮に来る貴族たちに嫌われていたように思うが成長するにつれ、皆気さくに話しかけてくれるようになった。
劇的に貴族たちの対応が変わったのは初めて国政会議に出た後からだった気がする。あの時は訳の分からないことを言い出す貴族にも驚いたが議場の皆が突然笑いだし苦しみだしたので毒でも盛られたかと心配になった。医師が問題ないと診断したので安心したけど。
何はともあれ、あれ以降僕の資質をとやかく言う人間も減ったし良かった。父上からは王となるにはカーリー嬢が必須だと言われていた。それはつまり国王になれる人間でないとカーリーと結婚できないということだろう。僕は絶対カーリーと結婚したい。
そう、カーリー。僕の可愛いカーリー。
初めて出会った時から本当に可愛かった。
栗毛の巻き毛をふわふわと風に揺らして。
ヘーゼルの瞳は宝石の粉を散らしたように輝いて。
僕の手を取る彼女の手は細く白く。
頬を少し赤らめて僕を見上げて。
彼女は僕の知らないことをたくさん知っていた。彼女と話すのが楽しすぎて一緒にいる時間はいつもあっという間に過ぎてしまった。もっと彼女の声を聞いていたい。もっと彼女といたい。
彼女と王城内の散策をしていると貴族たちの話を小耳にはさむことがあった。
「殿下はやはり知識に不足があるようで」
「あの素養だと中等教育が限界だろうと」
「国政など到底…」
「愚かな王に仕えるなど…」
十歳ころまではこんな言葉も大して気にしていなかった。だけどカーリーと過ごす時間が増えるにしたがってある疑念が浮かんできた。そしてその疑念は成長とともに確信に変わっていった。
僕は------ひょっとしてバカなのでは?
数日悩んだ僕は思い切ってカーリーに聞いてみることにした。
「カーリー、聞きたいことがあるんだ」
「はい、なんでしょう」
「もしかして僕ってバカなの?」
あの時のカーリーの顔は忘れられない。数秒間、驚いたような悲しんでいるようなひどく狼狽えた様子だった。僅かばかり逡巡するといつもの優しい微笑みに戻ったけど。
「どなたかが殿下にそう言ったのですか?」
「直接言われたわけじゃないよ。でも皆がそういう内容の話をしているのをよく耳にするんだ」
「…そうですか。時に殿下はどのような人がバカだと思われますか?」
「そうだな…頭の悪い人?」
「ふむ。では頭の悪い人と言うのは具体的にどのような人でしょうか?」
「うーん、知識が足りない人?」
「殿下は知識の足りない人をバカと定義しているのですね」
「うん」
「では、騎士団長をバカだとお考えですか?」
「そんなことないよ!」
「では、歴史の教師をバカだとお考えですか?」
「ありえないよ!」
「そうですね。ですが、騎士団長は歴史教師より歴史について知りませんし、数学教師に比べれば歴史教師の数学知識は不足していますよね」
「うん」
「それでも彼らはバカではないと?」
「うん…あ、そうか、全部を知っている人はいないから皆バカってことかな!」
「フフ、そうですね。誰でも何かしらバカなのです」
「うんうん!」
「人には得手不得手があります。一つのことに秀でているからと言って他者を蔑ろ…バカにする理由にはなりません。全知の存在がいない以上皆が皆、殿下の言うところのバカなのです。が、皆がバカならば皆同じと言うことになります。結局のところ誰も誰かをバカにはできないでしょう?」
「なんとなく分かった気がする」
「人は一人では完璧な存在になることはできません。ですから足りない部分は他の人と助け合うんです」
「じゃあ僕の足りないところはカーリーに助けてもらう!」
「!、フフ、そうですね。私も私の足りない部分は殿下に助けて頂きたいです」
「僕もカーリーの力になりたい!」
「ありがとうございます。殿下、大切なのは自分に足りないものを把握しておくことです。足りないことは悪いことではありませんから」
こうして僕の悩みはカーリーがすぐに解決してくれた。カーリーに聞いたら僕は彼女に足りていない部分をすべて持っているらしい。カーリーがいれば悩みも問題もあっという間に解決する。可愛くて賢くて優しいカーリー。そんな彼女に必要とされる自分が誇らしくて、たとえ僕がバカでもきっと大丈夫だと思った。足りないものを把握する、つまり自分がバカだって知っておけばいいんだ。
僕は何でもカーリーに相談した。幸いにも彼女と過ごす時間はたくさんあったし、彼女は僕の話を何でも聞いてくれた。初めて会った日の庭園に植わっていた木のように静かに聞いては、初めて会った日の庭園で舞っていた蝶のように軽やかに優しく話すカーリー。いつからか僕は花びらのような彼女の唇に堪らなく触れたくなっていった。
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