王子の知性はちょっと控えめ
ミスミソウ
第1話 少しおバカな殿下
「カーリー、テリア嬢が妃になりたいんだって。いいよね?」
結婚を半年後に控えた私に、自分の婚約者が他の令嬢との婚約を相談するという前代未聞の事案が発生した。
サイベリアン王国第一王子ハスキード殿下とレトリバー伯爵家長女である私との婚約が決まったのは八歳の時だった。
まだ涼しさが残る初夏の午後、王城にある庭園で「未来の旦那様だよ」と紹介されたハスキード殿下に私は一瞬で恋に落ちた。
淡いブルーグレーの瞳にシルバーグレーの髪が日差しを浴びてキラキラ輝いていた。同じ年とは思えない鼻筋の取った凛々しい顔立ちと立派な体躯は神殿にある彫像のようで息を忘れるほどだった。「よろしくね、カーリー」と手を差し出した彼の笑顔は優しく穏やかで、容姿端麗さで他者を委縮させる初見とは真逆だった。
殿下は第一王子、順当にいけば立太子し次代の王となる。そのため私には婚約直後から厳しい妃教育が施された。多岐に渡る座学の習得には血のにじむような努力を強いられ投げ出したくなる時もあったが、定期的に殿下と過ごす時間が私の支えになった。
もちろん好きな人と過ごせる喜びも大きかったが、殿下の朗らかでちょっとだけお調子者な人柄が何よりも私を癒してくれた。殿下にも厳しい教育が施されており、学習上分からないことがあると何でも私に質問してきた。殿下には安いプライドのようなものはなく、分からないことは分からないと言える素直さがあった。殿下が理解できるように順を追って細やかに説明をすると殿下はいつも「カーリーは本当に賢い!カーリーがいれば僕は間違えないよ!」と太陽のようにまぶしく笑う。
殿下と婚約して数年が過ぎたころから「僕は絶対父上の跡を継ぐから、見ててね!」と殿下がよく言うようになった。私は殿下の人柄を慕っていたので例え殿下が平民になったとしても構わないが、殿下が王位を求めるなら全力で支持しよう。
だから私は寝る間も惜しんでたくさんのことを学んだ。
殿下がもっと笑ってくれるように。
殿下の重責を少しでも担えるように。
殿下の進む道を照らせるように。
私が聡明であることは周囲からの圧力もあった。
幼いころには気付かなかったが殿下と過ごす時間を重ね、大人になるにつれ、それは明らかな事実として、だが公然の秘密として人の知るところとなっていった。
殿下は------バカ、だったのだ。
殿下がバカなことに早い段階で気付いた国王陛下は何が何でも賢い娘を嫁として据えなければとあらゆる情報網と伝手を駆使した。
そして代々文官として王城に努め、『知識は力なり』を家訓とするレトリバー家に目を付けた。レトリバー家の人間は例外なく博識で、私も早くから神童と言われていたため、殿下との婚約は王命として賜ったのだ。
一言でバカと言ってしまうと語弊がある。一般的な知性は持ち合わせているのだが、凡そ国政を担うには足りてないと言わざるを得ない。ならば王位継承から除外すれば、との話も出た。だが、不足してる頭脳以外は完璧な王族だ。
体を使うような剣術などは騎士団長さえ太刀打ちできない強さとセンスがあり、一目見れば夢に出てくるほど美しい外見、明るく友好的で飾らない性格は国民からも慕われ、血筋など言わずもがな、である。
それでも体裁を気にする貴族たち、とくに古参の貴族たちは資質に問題ありと長年声高に訴えていた。が、十五歳になった殿下が議会に出始めるとそんな話も聞こえてこなくなった。
後に聞いた話だが、殿下が初めて国政会議に参席した時、ある貴族が「殿下は知力に難があると伺う。次代の王としてこれは不安の種。王位継承権を放棄されては?」と発言したそうだ。
殿下はそれに対して「完璧な人間などいないだろう。王だって知らないこと間違えることはある。それを補うために宰相や事務官や君たちがいるんだろう。君はそんなことも知らずに会議に出ているのか?大丈夫か?」と心底不思議そうな顔で言ったそうだ。バカにした相手からバカにし返される、しかも相手はバカにし返したつもりは一切なく、本心から心配しているのだ。第一王子擁護派の貴族たちは必死に笑いをこらえ、発言した貴族は顔を真っ赤にして歯ぎしりしたそうだ。
笑いをこらえるあまり般若の形相になった当時の議長が「殿下のおっしゃる通り、完璧な人間がいるとしたらそれは神でしょう。それはもはや人間ではありませんな」と場を締めくくった直後に「フグッブフォォォッアッハハハハッ」吹き出したため、咳払いでごまかしていた貴族たちもつられて爆笑の渦が起こった。排除派の半数以上の人たちも殿下のとぼけた顔(それでも美男子)ととぼけた質問(図らずも的を射ている)に戦意喪失して笑いの渦に巻き込まれ、実に出席者の八割以上が笑いすぎて呼吸困難になるという異常事態で会議は急遽閉会となったそうだ。ちなみに殿下は呼吸困難になっている貴族たちを心配し、「全員帰宅前に医師の診断を受けるように」と厳命したところまでが笑い種として語られている。
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