第3話 まさか婚約解消?


 人柄の良さと善良さ、足りない知性さえカリスマ性に変換して殿下は多くの臣下を知らずのうちに味方につけ、十六歳で正式に社交界に足を踏み入れた。殿下の隣に立つ私は国随一の頭脳として既に知られていたが、美しい殿下の隣に立つには正直なところ凡庸である。


 頭脳以外の全てを持つ殿下と、頭脳以外秀でることのない私。年かさの貴族たちはお似合いのお若いカップル、と暖かい目で私たちを見る。が、若い貴族令嬢たちは彼女より自分の方が美しい、彼女より自分の方が魅力的だ、彼女の家より自分の家の方が高位だ、と聞えよがしに囁いている。年頃の令息たちも同じようなもので、王妃になるには華がない、従順そうだが可愛げがない、抱き心地が悪そうな貧相な体、などとあられもないことを言っている。


 親世代の貴族たちはたとえ家族間であれど「殿下は頭が残念」とは言えない。「素直な方」「少年のような方」「国民目線の方」「支え甲斐のある方」とやんわりと表現するに留めているため、殿下の知能がすこしばかり疎かだというのを若い貴族たちは知らないのだ。

 つまり国政に関わらない若者世代にとって殿下は完璧超人の憧れの人であり、そんな殿下の隣にちょっとだけ頭がいい平凡な伯爵令嬢というのは汚点なのである。完璧殿下には容姿も家柄も優れた完璧令嬢がお似合いのはずだ、と。

 


 だが外野が何を言おうと幼少の頃より殿下と私はともに成長してきた。殿下は分からないことがあれば私に説明を求め、困りごとがあれば私に相談し、迷ったときは私の進言を素直に聞き入れてきた。殿下とは確かな信頼関係を築いてきたと確信ていたし、殿下に必要とされていると自負してきた。

 社交界デビューから数年経つと、家督を継ぐ立場になってきた若い貴族世代も見識を広めはじめ殿下のおつむ事情を察すると私への心ない言葉も減っていった。




 だからこそ、今、目の前にいる殿下が何を言っているのか、理解できなかった。


「カーリー、テリア嬢が妃になりたいんだって。いいよね?」

「…殿下?何を…おっしゃって…」

「ハスキード様ったら、そんなに急がれなくてもわたくしは逃げませんわ」

「逃がさないよ。サイベリアン王国にとって大切な人になるんだからね」

「まあ!大切な人だなんて…恥ずかしいですわ。ですが妃になれるのならば今までの努力が報われますわ」

「君は公爵令嬢だから王家に嫁ぐにも不足はないしね」


 舞踏会の最中、テリア嬢を伴って私のところへ来た殿下はテリア嬢を妃にする許可を私に求めてきた。つまり私との婚約はなかったことにするということ?半年後には結婚式なのに?公衆の面前で?華々しい舞踏会で?いや、そもそも婚約者に相談することではないのでは?


 殿下が望むのであれば否は言えない。だが殿下が王座に就くには私が必要だ。頭が…アレだから。殿下が平民になったとしても側にいたい。でも殿下は私を必要としていない?突然のことで考えがまとまらない。

 あちこちからカシャーンパリーンと何かが割れる音がする。グラスだろうか。誰かが手を滑らせて落とした?国王陛下が座していた方からはガタゴトと鈍い音。「王妃様お気を確かに!」と聞こえてくる。王妃殿下が倒れた?

 視界も思考も定めることができない。ひどく静かに感じられるのにいろいろな音が耳に届く。自分の鼓動で体が揺れている感覚すらする。私は今自分の足できちんと立てている?

 

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