第4話 殿下と私は正反対
テリア・ラッセル公爵令嬢。王家に次ぐ権威を持つ公爵家の令嬢で、その美貌は殿下と並んでも遜色ない。外交官を務める父親の影響で外国語に長けていると聞く。
数か月前から殿下と並んで庭園を歩く姿や茶会をしている姿を目撃されていた。それでも殿下は以前と変わらず私との時間も大切にしてくれていた。
若い令息令嬢が殿下と私は不釣り合いだと言っているのは知っていた。テリア様の方が相応しいと話しているのも知っていたし、テリア様本人も満更でないことも知っていた。それでも殿下と私の関係は揺るぎないと信じていた。
---だから杞憂だと思っていた。
殿下の知性は確かに控えめだが、人としての性質は横暴ではない。突拍子もないことを言い出すことはこれまでもあったが、殿下なりに意味や筋があった。殿下の知能に過疎地帯があるため、意図が伝わらずに誤解を与えることも多々あったがその都度私が助力してきた。
今回も殿下なりに意図があるのでは?それならばまずは殿下のお考えを詳しく聞くのが私の役目だ。私は数回深呼吸をすると静かに殿下に微笑みかけた。照れるように笑う殿下に何ら悪意は感じられない。
「殿下、詳しくお話を伺っても?」
「うん。テリア嬢は公爵令嬢でね、王家に嫁いでも大丈夫な家柄だと皆が言っているんだ。それにテリア嬢本人も王家に嫁ぐために努力してきたんだって。王族の一員になることが彼女の夢で、周囲からも王家以外の嫁ぎ先はあり得ないってずっと言われてきたそうだよ」
確かに家柄はそうだ。
「そうなんですね。ですが婚姻は家柄だけで決められるものではありません。特に王族との婚姻となれば猶更です。夫となる方を支えられる素養が求められます」
「その点なら心配いらないよ。テリア嬢は公爵家で十分な教育を受けているし、何より語学が堪能で三か国語をマスターしているから」
外交官の父親に連れられ幼少期から他国に滞在経験があるのだから三か国語くらい話せて当たり前なのだが…
「殿下…語学だけでは王族に嫁ぐには不十分です」
「カーリー様。ご心配なさらなくてもわたくしは公爵家で十分な妃教育を受けてまいりましたの。他国に滞在していた時にはその国の妃教育も受けましたのよ」
「ほら!テリア嬢はすごいだろう!まさに妃として最適だよ」
他国の王妃教育など普通受けられるはずがない。が、外交官の立場と公爵家の財力、主に金の力で家庭教師を付けたのだろう。金の力すごい。だがそれは我が国の金が他国の王族関係者に個人的な理由で流れたということだ。う~ん、これは一歩間違えれば外患誘致…。妃に最適とか喜んでいいことじゃない。
「殿下。妃教育を受けたからと言って妃になれるものではありません」
「そうなのか?カーリーも妃教育を受けていたから妃になるのではないか?」
「殿下、順番が逆です。私は殿下との婚約が決まったため妃教育を受けていたのです」
「ん?それはつまり僕と結婚するために妃教育を受けていたということか?」
「ぅ…ええ…そう…ですね」
『殿下と結婚するため』という言葉に些か頬が熱くなる。頭脳を買われた政略結婚としての婚約だったが私は最初から殿下に惚れてしまったのだ。
「ハスキード様。カーリー様は殿下との政略結婚のために妃教育を受けていたのですよ」
「僕との政略結婚?」
「それは違います!いえ、違わない?…のですが…」
「伯爵家のご令嬢には妃教育が厳しすぎたのでしょうね、こんなにも辛気臭くなられてしまって」
ひどい言われようである。確かに私は華々しい令嬢ではないが、それは妃教育のせいではなく平凡な容姿のせいだ。辛気臭いのではなく平凡なだけだ。
「カーリーは落ち着いているだけで、辛気臭くはないよ。いろんなことが僕と正反対だけどね」
殿下はその人柄のせいか誰かを悪く言うことは滅多にない。それは婚約を解消しようとする私に対してもそうなのだ。正反対、か。確かに殿下と私は様々な面で対局にいた。
例えば容姿。殿下は容姿端麗、私は平凡。
例えば知能。殿下は平凡、私は有智高才。
例えば身体能力。殿下は一雁高空、私は平凡。
例えば性格。殿下は自由闊達、私は泰然自若。
殿下が太陽ならば私は月なのだろう。
「ええ、ええ、ハスキード様とカーリー様は正反対ですわ」
「そうだろう?」
「ええ、そうですとも。その点わたくしは容姿も家柄もハスキード様に次いでおりますもの。ハスキード様のお隣に並ぶに相応しいですわよね」
「ん?」
「ささ、ハスキード様。このような場所でカーリー様もいたたまれませんわ。手早く婚約解消の手続きをなさいませ」
「んん?」
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