第8話 僕は頭がちょっと足りないんだ

 私はラッセル公爵に殿下とテリア様の間に生じた誤解や認識の違いを説明していった。あくまで私の推察だったため、一つ一つ殿下に確認しながらだが、殿下は全てに首肯していった。説明が終わると殿下はすっきりした顔で「やっぱりカーリーは賢い」と喜んでいたがラッセル公爵とテリア様は顔面蒼白になっていた。


「それでは全てわたくしの勘違いだったと…?」

「テリア…殿下の妃になるにはお前では力不足なのだよ。カーリー嬢がいなければ殿下と意思の疎通さえままならないと分かっただろう?」

「力不足?いままでの努力を棒に振れと!?いやですわ!そもそもハスキード様が曖昧な態度をなさったのが原因ではありませんか!このような衆人環視でわたくしに恥をかかせたのですから責任をとってわたくしを妃にお迎えくださいませ!」

「テ、テリア!?何を言っているんだ!?」


 言っていることがめちゃくちゃである。だがテリア様は実際努力されたのだろう。そして恐らく殿下を好いている。だからこのようなめちゃくちゃを言ってでも殿下と結婚したいのだろう。

 殿下はとても慈悲深くもある。時に冷酷であれと教育されてはきたが全く学んでいない。二人の誤解が解け安心していたが懇願されてやはり私との婚約を解消し、責任を取る形でテリア様と婚約してしまうかもと再び不安が沸き上がってきた。


「テリア嬢。すまないが君は僕の妃にはなれないよ」

「なぜですの!」

「僕の妃はカーリーと昔から決まっているからね」

「ですが家柄も容姿も何もかもハスキード様に不釣り合いですわ!それにハスキード様もカーリー様とは正反対とおっしゃっていたじゃありませんか」

「正反対であっても不釣り合いではないよ」

「それでもカーリー様には色々と不足がありますわ」

「はぁ…テリア嬢。君がカーリーに不満があるのは分かった。でもカーリーでなければ僕の妃は務まらなんだよ」

「いいえ、いいえ、完璧なハスキード様に釣り合うのは完璧なわたくしのみ!」

「完璧なって…フフ。僕は完璧なんかじゃない。知ってる者も多いのだけど、僕は頭がちょっと足りないんだよ」

「えっ?」


 唐突な爆弾発言に周囲からヒュッと息を飲む音が聞こえてくる。同時にこれまで凝視していた観衆が上下左右に視線を逸らす。


「僕ね、剣も得意だし外見も悪くない。だけどバカなんだ。不敬罪があるからみんな言わないけどね。フフ。そんな僕にとってカーリーは必要な存在なんだ。僕がバカだからって説明もなしに法案を通せっていう貴族がたくさんいる。バカだから分からないだろうと説明もしない。そして理解できないだろうからって勝手に処理しようとする。でもそんな僕が理解できるまで根気強く説明してくれるのがカーリーなんだ。カーリーはただ賢いだけじゃないんだよ。自分が賢いからとバカな僕を疎かにはしない。僕の意見を尊重するために僕に判断できる材料が揃うまでひたすら理解を促してくれるんだ」

「殿下…」

「カーリーが僕の足りないところを助けてくれるように、カーリーに足りないところがあるなら僕が助ければいいんだ。テリア嬢が言うような不足がカーリーにあったとしても僕には関係ないんだよね」


 サイベリアン王国の次期国王は殿下だ。その殿下の意思を尊重するのは当たり前のことだし、私は殿下を慕っているから最大限殿下の気持ちを汲みたい。その一心で殿下を支えてきたが、言葉にされたのはこれが初めてだった。苦労が報われた達成感からか、はたまた純粋に嬉しかったからか、頬に冷たいものが流れた。


 いつの間にか姿勢を正していた殿下は私に微笑みかけると私の頬を拭う。

 殿下は私に向き合い、語り掛ける。あとで思い返せば恥ずかしさでどうにかしてしまいそうだが、私も動揺を引きずっていたのだろう。


「この世界に完璧な存在などいないと君が教えてくれた。僕もそうだ。僕の足りていない部分を埋めてくれるのはカーリーしかいない。それに----僕は初めてカーリーに会った時から君が愛しくて仕方ないんだ。政略結婚でもいい。彼女が僕のそばにいてくれて、僕を支えてくくれるなら」

「…殿下…」


 殿下とは長い時間を過ごしてきた。辛く苦しいことも多かった。それでもこの人のそばにいたいと、いさせてほしいと願った。

 殿下は私の前に跪き手を差し出す。


「今まできちんと言ったことがなかったね。カーリー・レトリバー嬢、僕の最愛の人…。僕と結婚してくれますか」

「…はい…はい、殿下…お慕いしております」


 思えば私も殿下に気持ちを伝えたことなどなかった。殿下の手を取り涙が溢れた私を殿下が優しく抱きしめる。


「ああ!カーリー!頭の悪い僕に君はもったいないけど、絶対幸せにするからね!」


 殿下は私を抱き上げるとくるくると回って見せた。眼前にはキラキラしい殿下の満面の笑顔、背景には安堵の息を吐き膝を付く観衆やグラスを高く掲げ乾杯する観衆。侍従や騎士に支えられながらヨボヨボと近づいてくる国王陛下。そして呆然自失となり焦点の合わないテリア様とラッセル公爵。


 国王陛下は私たち二人を抱き寄せると「幸せになるのだぞ」とだけ囁き、体を離した。その後騎士たちにラッセル親子の回収を指示すると会場の全員に宴会の再開告げ退席した。



 騒動から数週間経ってもテリア様が社交界に顔を出すことはなかった。数か月後には公の場に出ることもなくウルシダー王国に嫁いでいった。黒歴史を作りサイベリアン王国では二度と日の目を見ないであろう娘を慮り、ラッセル公爵自ら申し出たそうだ。

 半年後、たくさんの国民から祝われながら殿下と私は予定通り結婚した。結婚式で久しぶりに会ったラッセル公爵からはテリア様がウルシダー王国で存外幸せに過ごしていると聞かされ、少しほっとした。

 


 いつか外交で彼女に再会することもあるだろう。

 願わくばどうか互いにわだかまりなく双方の国の安寧を語れる仲になれますように。


 テリア様の言動に振り回されたのは事実だが、テリア様のおかげで殿下との距離が縮まったのも事実だ。だからどうか彼女も幸せでありますように。

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