第7話 ウルシダー王国

 ウルシダー王家、隣国を挟んで更に向こうにある軍事国家。国民総軍人と呼ばれる国で、軍事力を提供する対価に厳しい冬を超えるための物資を近隣国に提供させている。


 数か月前、隣国からウルシダー王太子に嫁げる令嬢がいないかと打診を受けた旨が議題に上がった。現ウルシダー国王の妃は隣国から嫁いでおり、その王太子の嫁となると現王妃の姉妹しか適齢期の令嬢がいないのだとか。姉妹が親子に嫁ぐのは体裁が悪すぎるとなり、同盟国の我が国に話が回ってきた。隣接しているわけではないが、サイベリアン王国としても軍事国家ウルシダーと提携できるのは心強い。なにせ次期国王がちょっとポンコツなのだから。


 しかし言語の問題があった。サイベリアン王国と隣国は共通語があるがウルシダー王国とは共通語がない。隣国の母国語とウルシダー王国語はかなり似通っており、隣国の言語が扱えるならばウルシダー王国語も難しくないそうだが、結婚適齢期で隣国の言語に精通しそれなりの家柄の令嬢となると候補はいないのでは、と保留になっていたのだ。

 打診を受けた時、外交官であるラッセル公爵は即座に自分の娘が適任だと気付いただろうが、娘の語学力を秘匿していたのである。娘を遠方に手放したくない親心か、あるいはハスキード殿下に嫁がせサイベリアン王家を掌握したい野心からか。いずれにせよ自分の語学力が優秀だとテリア様本人がひけらかしてしまったが。


 ともあれ、殿下とテリア様、そして私の誤解はほぼ解けたように思う。


「な!ウルシダー王国!?なぜそのような何もない国にわたくしが嫁がなければいけませんの!?」

「だって我が国のために尽力したいって言ったじゃないか」

「それは…」

「それに涼しいところが好きだとも言ってたじゃないか」

「それは、避暑地にある離宮の話ですわ!わたくしはサイベリアン王家に、ハスキード様に嫁ぐためのお話をしていましたのよ!」

「僕と結婚したいなんて一言も言ってなかったじゃないか」

「当たり前ですわ!わたくしから求婚するなどどはしたない真似できませんでしょう!?」


 ははーん。話が見えてきた。テリア様は自分が軸となって略奪婚をするのははしたないと思い、殿下に言外に迫ったのだろう。だが殿下は含意を汲むことは得意ではない。

 さらにテリア様は妃に相応しい優秀さをアピールするつもりで語学力をひけらかした。そして殿下は『語学堪能』『王家に嫁入り』『公爵令嬢』『妃教育』などの単語だけを拾って閃いてしまったのだ。議題に上がっていたウルシダー王国の打診をテリア様に受けさせることを。


 ことの顛末を察した私は胸をなでおろした。びっくりしたけど勘違いでよかったと安堵したがこのまま帰宅できるわけもない。冷静さを完全に取り戻した私はなんだかんだと言い合いをしている殿下とテリア様を放置して現状を把握する。

 国王陛下は椅子から立ち上がった中途半端な中腰のまま固まり、口をぱくぱくさせながら数人の侍従に支えられている。国王夫妻が座っていた椅子は二脚ともひっくり返り、王妃殿下は担ぎ出されたのか姿が見えない。

 舞踏会に参加していた観衆は固唾をのんで見守るものがほとんどだが、サイベリアン王国の将来を案じたのか数人が気絶して床に転がっている。その観衆をかき分け近づいてくる男性がいた。騒ぎを聞きつけたのだろうテリア様の父、ラッセル公爵その人だ。


「テリア、これは一体何事だ」

「お父様!お聞きください!ハスキード様はわたくしを妃に迎えるとおっしゃっていたのに、今になって言い訳をなさいますのよ!」

「僕はテリア嬢を妃に迎えるとは言ってないよ!王家の嫁にって言っただけだよ!」

「公爵閣下。差し出がましいようですが、私が説明いたします」

「カーリー嬢…すまないが、頼む」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る