第4節

 その場にいた里の大人たちから討伐隊の70人を差し引いて残った捜索隊は19人。俺とどろんぱがそこに加わって21人。いくら紅魔の里が小さい集落とはいえ、たったこれだけの人数で里全域を捜索することは出来ない。


「当たりを付けます。つい1時間ほど前、巡回が行われていた地域はどこですか?」


 俺が訊ねると、どうやらこちらに残ったらしいニートのぶっころりーが答えた。


「1時間前は主に集落の近くを巡回していたよ。襲撃犯が現れたと言っても、死傷者がいなかったこともあってみんな警戒していなかったから人手が足りなかったんだ。商業地区にも一応2人いたんだけど、その二人が騒ぎを聞きつけた時にはとっくに連れ去られた後だったらしいよ」


 だとしたら、集落には寄り付かないかもしれない。そもそも軍勢を呼び寄せたのなら、人が多い集落の近くは騒がしくなることも覚悟しているはず。


「では思い切って、集落は捜索を省くことにします。ただ、こちらの現状を伝えておく必要もあるため、通信魔法で連絡し可能なら集落内を捜索するように要請してください。商業地区にはその為の連絡係に1名、捜索に5名置いていきます。その5名の方々は商業地区を捜索次第、里の外周を左回りするように動いて頂いて、モンスターとの戦闘の痕跡を探してください。戦闘の痕跡、またはこめっこが見つかった場合は狼煙を、それ以外の連絡は通信魔法で連絡係の方へお願いします。ですので、連絡係の方にはその情報の深刻度に応じて臨機応変に動いて頂く必要があります。

 それともう1名、こめっこの自宅へと向かって頂きます。庭の安楽少女に何か変わったことがないか訊いてきて頂きたいのです。あとの方々は学校へと向かい、そこで再び指示を出します」


 皆さんよろしくお願いしますと添えて締め括ると、早速7人が選ばれてそれぞれ動き出した。

 俺は残った13人を引き連れて学校へと急いで向かった。その道すがら、先頭を走る俺に追いついてきたゆんゆんが話しかけてきた。走りながら話す余裕があるなんて、流石冒険者をやっていただけある。


「ねえ、て、てっくん、そもそも誘拐犯の目的は何なのかな……?」

 すると、俺に代わってどろんぱがそれに答えた。


「決まってんじゃん、魔王軍とこめっこの接点なんて、一つしかないっしょー」

 ね? と俺の顔を見たどろんぱに俺は肯いて返した。ゆんゆんはすぐに気が付いたようで、か細い声で独り言のように呟いた。


「ま、まさか……めぐみん!? めぐみんを誘き出すために、誘拐したってこと……?」

「ま、普通に考えたらそうだよねー」

「犯人はこめっこが無防備になるタイミングを見計らっていたんだから、誘拐することにこだわっていたのは明らかですよ。だから俺も、危険な森には出ないだろうと信じたんです。こめっこを生かしたまま連れ去って、姉に対する切り札にするつもりなんですよ。でも……」

「ん、なんか気になることがあるの?」


 どろんぱの問いに、俺は視線を少し落として考えながら答えた。


「いや、確か魔王城攻略って、ゆんゆんも参加してましたよね? でも、なんで犯人はこめっこの姉貴にこだわったんだろ。ただでさえあれから残党の数も減ってるだろうに、はっきり言って今回の1500は捨て鉢の数だろ? どうせ一矢報いるなら、遠くにいる人じゃなくても、ここにいるゆんゆんでいい気がするんだけど……」


 俺が素朴な疑問を述べると、ゆんゆんは何か思い当たる節でもあるかのように、一瞬、唸り声を出して押し黙った。どろんぱは呆れたとでも言いたげに肩をすくめてみせてから言った。


「えー、あんた知らない? この4年間、魔王城が何百回めぐみんの爆裂魔法で吹き飛ばされたと思ってんの? 魔王軍からしてみれば、勇者なんかよりよっぽどめぐみんの方が目の上のたんこぶなんだよー」


 …………。


「まっ、まさかこんなことになるなんて、私達も思ってなかったのよ……! めぐみんも爆裂魔法が打てるし、ついでに残党の力も削げるかなって思って……」

「身から出た錆じゃねーか! おい! この件が終わったらそのめぐみんとやら呼んで来い! 一発ぶん殴ってやる!」 

「ちなみに、そのめぐみんを毎回律儀に魔王城まで連れて行ってたのが、何を隠そうめぐみんの親友で我らが次期族長のゆんゆんだよー」

「はあ!? あんたもか! 頭出せこら!」

「ごっ、ごめんなさいっ!」


 言うが早いか、身の危険を感じたゆんゆんは最後尾へと逃げてしまった。

 このいざこざが終わったら、はた迷惑なめぐみんとやらを絶対に殴ってやろうと心に決めた。



          ※※※



「では、俺達2人はここで学校を探します。残りの皆さんは神社側と聖剣側の通りに6名ずつ分かれ、そこからさらに二手に分かれて出来るだけ広範囲の捜索をお願いします。もしも商業地区班からの狼煙が上がった場合、一度ここへ集合してください!」


 学校までの短い距離を走っただけで、もう息を切らしているだらしない大人たちに向けて俺は号令を掛けた。

 アークウィザードとは言え、この体力のなさはどうなんだろう。


「……て、てっくん、ちょっとだけ休ませてあげても……!」

「なーにバカ言ってんですか。ほら、さっさと行ってください」

「……というか、なんで二人はそんなに元気なの……?」


 自分も大して疲れていなさそうなゆんゆんが、まるでモンスターでも見るかのような目つきで言ってきた。

 まあ、俺は足の遅い大人連中に合わせていたので、そもそも疲れるはずがないのだが……。


「さあ? 若さじゃない?」


 大人達と同じアークウィザードで、レベルもそんなに高くないはずのどろんぱもケロリとした顔をしていた。


「……俺もお前の体力はおかしいと思う」

「えっ、それって褒めてる?」

「いや、単純に怖い」


 そこで会話を打ち切って、膝に手をついて休んでいる大人達の尻を叩くと、ぶっころりーが肩で息をしながら近づいてきた。


「……はあ、はあ、ゆ、ゆんゆん、はあ、はあ……」

「うーわ、このニートはあはあ言ってんだけど……、こわーい」

「ちょ、そういう反応は、はあ、傷つくから……!」


 どろんぱは顔を引きつらせながら俺の背中に隠れた。年頃の女の子の反応に傷つきつつも、ぶっころりーは先を続けた。


「ゆっ、ゆんゆんは、二人と一緒にいてくれ。……この子たちのことは、君にしか任せられない……!」

「ぶっ、ぶっころりーさん……」

「はあはあ言ってなかったらマシだったねー」

「どろんぱ、彼はそういう病気なんだ、やめて差し上げろ」

「二人とも、俺に対して当たりきつくないか!? 今度、ご飯でもご馳走するから、機嫌直してくれよ……」

「いえ、そこまで困窮してないから結構でーす」


 どろんぱは普段より低い声で、俺の背中越しに申し出を断った。


「まあ、冗談は置いといて。でも、ゆんゆんが行かなくてもそっちは大丈夫なんですか?」

「て、てっくんの言う通りですよ……、それに、一応お父さんにも指揮を取れって言われてるし……」

「ま、さっきからよっぽど、て・てっくんの方がリーダーっぽいよねー」

「誰だよそいつ」


 そうしてすぐに話を脱線させるどろんぱの口を力ずくで塞ぎぶっころりーの返事を待つ。ぶっころりーは数度深呼吸を繰り返して息を整えてから、


「その制服を着ている限り、君達も守られるべき立場なんだ。だから、頼りないかもしれないけど俺達に守らせてくれ。……神社側の指揮は誰かに頼んでおくよ。だからゆんゆんは俺達大人の代表として、この子達を守ってあげてくれないか?」


 そんな、ニートに似つかわしくないことをキメ顔で言ったぶっころりー。

 と、ゆんゆんはそのキザったらしいセリフに感銘を受けて息を呑んでいた。

 ……父親の時と言い、なんだかんだでこの人も変な感性をしているのかもしれない。


「……分かりました! 私が責任持って、てっくんとどろんぱちゃんを守ります……! 皆さんもどうかお気をつけて!」


 ゆんゆんの言葉を最後に、ふっと小さく笑ったぶっころりーは大人達を連れて学校を出発して行った。


 残った俺達も早速校舎内の捜索を開始する。ゆんゆんには西側の外階段を使って三階から見てもらい、俺達は昇降口を入って一階から見て回ることになった。

 そうしてゆんゆんと別れた俺達は、昇降口へと向かい……。


「……そっかー。みんな『アンロック』使えるもんねー」


 ……ドアの前で早速つまずいた。


 どうしよう、鍵が無い。

 こうなったらもうドアを壊すしか手はないじゃないか。

 俺は後で怒られることを覚悟して一つ息を吐き、手頃な石を探しに……。


「はい、これでい?」


 こっちの思考を先読みしていたどろんぱが既に石を拾ってきていた。

 俺はそれを受け取ってどろんぱに離れるように言い、ドアの鍵付近のガラス目掛けて全力で石を投げた……!

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