第3節
「おい、どういうことだ?」
「なんでこんなタイミングで魔王軍の残党が……」
「どうする? 捜索するのか?」
「くそ! あいつらなんでこんなタイミングで……」
鳴り響いた警鐘にその場にいた全員に動揺が広がった。
狼煙を上げ、皆が揃ったこのタイミングでの魔王軍の襲撃。出来過ぎっちゃあ出来過ぎだが……。
俺は襲撃犯と誘拐犯を分けて考えていた。しかし、では魔王軍はどちらの側なのだろう? あるいは、両方とも魔王軍の残党によるものなのか?
「て、てってれえくん、どうしよう!? こめっこちゃんが……!」
「てっくんどうするのよ? 魔王軍が来てるんじゃ、そっちにいるって可能性もあるわよ?」
「てっくん!?」
そう、確かにその可能性はある。でも安易にそれを認めてしまうと、里の中でこめっこを探すという大義名分がなくなってしまうだろう。里の中に潜伏している可能性はまだ充分にあるのに……。
俺が考え込んでいると、こさみんがチラチラと視界の端に現れて、
「直感がてってれえを信じろって言ってる。ボクの幸運値を信じて」
と、頼もしいことを言った。
俺はそれにニヤリと返して、
「魔王軍の奴らは、4年前の戦いで1500匹ぐらいじゃ里を落とせないってことを知っています。しかも、ここ数年は全く攻めてもきませんでした。それでもあえてこのタイミングで攻めてきたってことは、こめっこを攫った犯人が魔王軍の仲間の可能性があるってことですよね。だとしたら、意識と人員を外に向ける陽動だとも考えられませんか? しかし、仮定ばかりの俺の推論に対して、こちらは事実です。より確実な対処が求められるでしょうし。……族長、1500の敵に対して、こちらの戦力はどれほど必要ですか?」
俺の質問に対して、ひろぽんはしばらく思案してから答えた。
「殲滅なら80人、撃退なら60人もいれば充分だな。ただし、ここ数年全く音沙汰のない魔王の娘が出て来ていたなら、また話は変わってくるが……。それだとここにいる大半を連れて行くことになってしまうが良いのか?」
「……でしたら、万全を期して70人を。残りの人員をこめっこの捜索に当ててもいいですか? 不測の事態や、こめっこが見つかった場合は狼煙の魔法を上げてください、こちらもそうしますので」
俺の提案にひろぽんは力強く頷き、ゆんゆんの肩にポンと手を置いて、
「では、捜索の指揮はゆんゆん、お前に任せる。てってれえくんは、ここで皆に指示を出してくれ」
と薄く笑いながら言った。ゆんゆんは突然の任命に慌てつつも、やがて自らを奮い立たせるように肯いた。しかし、俺は……。
「いえ、俺も捜索に出ます。皆さんが俺の指示で動いて下さるのなら、その場に俺がいた方がいいに決まってます」
俺がそう答えると、ひろぽんは眉を潜めて唸るように答えた。
「うむ、しかし君は……」
「アークウィザードじゃないし、魔法も使えない、ですか?」
言葉の先を言い当てると、ひろぽんは少し気まずそうな顔をして口ごもった。
すると、先程まで自分の役割に狼狽えていたゆんゆんが、俺を庇うように立ち塞がり、
「おっ、お父さん! 私、言ったよね? みんな、てっ、てっくんを信じてって……! 確かに、てっくんは魔法が使えないし、そのくせに一人で一撃熊にも喧嘩を売っちゃうような、ちょっと抜けてるところはあるけど……」
……おい。
ねりまきに対抗してか、さり気なく人の呼び方を変えたゆんゆんが、そんな貶してんだかフォローしてんだかよく分からないことを言い出した。
「でも、てっくんは頼りになるわ……! 強いか弱いかなんて関係ない、私達にはてっくんが必要よ!」
いつになく強気な口調で言い切ったゆんゆんに気圧されて族長は黙りこくる。
俺は、そんなゆんゆんの手首を取り一歩前に出て、
「まあそれに、『魔法も使えない子供が、囚われの女の子を救い出すために奔走する』……これって、紅魔族的にすっげーカッコよくないですか?」
と、得意げな笑みを浮かべて言った。ひろぽんは俺の言葉を聞いてフンと一度鼻を鳴らし、やがてニヤリと口の端を上げてみせた。やっぱり、紅魔族的にそういう展開は嫌いじゃないらしい。口には出さないが、「分かっているじゃないか」と顔に書いてあった。
ところで、さっきから俺に手首を握られているゆんゆんが隣でうるさい。単純に目の前にあって邪魔だったから、叩く訳にもいかず握っただけで他意はないのだけど。
ひろぽんはバサリと大袈裟にマントを翻して振り返り、俺達に背を向けて、
「ふっ、どうやら俺の里の未来は明るいようだ。てってれえくん、……いや、てってれえ、そしてゆんゆん。こめっこちゃんを、里の皆を、俺達の未来を頼んだぞ。この戦いが終わったら、二人で族長として里を守ってくれ」
と、流れに任せてとんでもないことを言い出した。ふと見てみると、隣の行き遅れぼっちはそんな父親のキザったらしいセリフに何やら感銘を受けているようで……。
「おっ、お父さん……!」
「お断りです」
「「あれ!?」」
作戦会議が終わった俺達は、討伐隊と捜索隊に分かれて行動を開始した。
※※※
「てってれえ!」
討伐隊が定食屋の店先から出発する前に、その中にいた母親が駆け寄ってきて唐突にみんなの前で抱きついてきた。
「ちょっ、かーさんやめろって! みんな見てるから!」
「見せつけてるのよ。それよりも、見てたわよ? 大人達相手に堂々と、立派だったわ。ちょっと前までほんの子供だったのに、私の息子はいつの間にこんなに大きくなっちゃったのかしら」
「あーもう分かったから!」
母親の腕の中でジタバタともがいていると、そこに姉までもが現れて、
「あんた、捜索隊に志願したってほんと!? バカ言ってないで、家でじっとしてなさいよ! ほんとに魔王軍が攻めて来たのよ!?」
「ゆんゆんもいるし大丈夫だよ! それより、かーさん剥がすの手伝ってくれ! ……あんたなんでそんな力強ぇんだ!」
「ふふっ、子を思う愛の力はステータスを凌駕するのよ。あなたの恋人を思う愛の力と同じね」
「ちっげーから! 時間もねーし遊んでる暇ないっての!」
駆け付けてきた姉と二人がかりでようやく母親を引き剥がすと、姉は先程おざなりになった話題を蒸し返した。
「あんたわかってんの? こないだのと違って、ほんとに魔王軍が来てるのよ!? あんたが行って何が出来るって言うのよ!」
「それでも駆け付けずにはいられない……! そんなあなたの恋路、お母さんは応援するわよ?」
「話がややこしくなるからお母さんは黙ってて!」
「あらあら、弟に嫉妬してるの? だからあなたは駄目なのよ……ぺっ!」
地面に唾を吐いた母親を無視して、姉は俺の目を見据えて問い詰める。ものの数十秒でとてつもない疲れを感じた俺は、制服のネクタイを緩めひとつ息を吐いてから答えた。
「言われなくても分かってるって。気を付けるよ」
「気を付けるって、あんたバカじゃないの? あんたが行く必要なんてないじゃない!」
「捜索隊の指示は俺が出すんだから、行く必要はあるって……」
「ないわよ! 家でじっとしてなさい!」
聞き分けの悪い姉に俺が焦れてくると、さっきまで愛だの恋だの宣っていた母親が、
「ふにふら、あなたが弟を思う気持ちはあなたの勝手。それと同じで、この子がこめっこちゃんを思う気持ちはこの子の勝手。あなたが勝手に弟を止めるように、弟には勝手に助けに行く権利があるのよ」
と、真面目な顔をして姉を諭した。それを受け、姉はキッと母親を睨みつけた。
「お母さんは、この子に何かあっても良いって言うの!? 心配じゃないの!?」
姉の取り乱した言葉に、しかし母親は冷静に話す。
「そんな訳ないわ。言ったでしょう? 子を思う気持ちはステータスをも凌駕するって。てってれえ、ふにふら、私の大切な子供達。あなた達を守るためなら、私はたった一人でも1500匹を相手にしてやるわ」
そこで母親は一息入れ、優しく微笑んで俺を見つめた。
「てってれえ、あなたが行くのはあなたの勝手、お母さんは止めません。でも、これだけは忘れないで。あなたがこめっこちゃんを思うように、あなたを思っている人がここにいます。ここまで言えば、出来の良いあなたならもう分かるでしょう?」
温和な母に、俺も微笑み返し、
「分かってるよ、ちゃんとこめっこを連れて帰るから」
俺の返答に母は満足したようで、もう何も言うことはないというように目を細めた。
しかし、出来の良くない姉はさらに食い下がった。
「そ、そうは言っても……もし、もしこの子に、何かあったらあたし……」
すると、いつの間にか外に出てきていたらしいどろんぱが、ひょこっと俺の後ろから顔を覗かせて、
「かーさんもねーちゃんも心配しないで! てってれえが暴走しないように、私がちゃんと見張っとくからさー」
「やだわこの子ったら。こめっこちゃんといい、ゆんゆんといい、ハーレムでも作るつもりなの? この国では認められていないわよ?」
「そこに、てんてんとぷにまるとこさみんも追加していいよー。あっ、あとさっきなびたん相手にもフラグ立てようとしてた!」
「7人も!? いったい何人の孫を作ってくれるの?」
「立てようとしてねーわ! かーさんも、外で孫とか言うのやめてくんない?」
盛り上がっている俺達をよそに、姉は未だにうじうじとしていた。どろんぱはそんな姉の様子に気が付いて、
「……ねーちゃんも入れたら8人だねー」
「えっ、いや、確かにこの子は行き遅れているけど……。さすがに姉弟ではまずくないかしら?」
「でもさ、他の子とは違って祖母が一人だから、孫独占だよー?」
「孫独占!? あなた達、さすがに姉弟の情事は目にしたくないから、屋外でヤるのよ?」
「おっ、親以外に目にされるじゃない……! じゃなくて! そういうんじゃないからー!」
バカなことを言い出した二人にツッコミを入れる姉は、少しいつもの調子に戻っていた。
俺は過保護な姉にこれ以上心配させまいと笑いかけて、
「それに、お守りもあるしな。『迷わず首を刺せ』だろ? だからきっと大丈夫だよ」
と、剣帯のダガーの柄にポンと手を置いて言った。それを見た姉は、かつての自分の発言を思い出したのか、クシャッとした奇妙な思い出し笑いをしてみせた。
「じゃあ、私達は行くわね。二人とも頑張るのよ、ほら、ふにふらも」
「うっ、……どろんぱ、頼んだわよ。この子意外とバカだから。ついこないだも一撃熊に喧嘩吹っ掛けちゃったぐらいのバカだから……! だから、バカしないように見張っておいてね、頼んだわよ」
「あはは、しつこいなー。分かった、任せなさーい!」
そこで姉は俺へと向き直り、
「無茶すんじゃないわよ! ケガすんじゃないわよ! お腹冷やすんじゃないわよ! ……あ、あと……!」
「なっげーよ。最後の関係ねーじゃねーか!」
少しどもりながら姉は続けて、
「ち、ちゃんと、こめっこを助けてきなさい! それだけ!」
吐き捨てるようにそう言い残し、つかつかと討伐隊の下へと去って行った。手を振りながら姉を追いかけていった母親を見送り、俺達は捜索隊の下へと向かう。
「で、お前もくんの?」
「まーねー。こさみんが、『ボクの幸運値はここでも良い。でも、どろんぱの知力はてってれえのために使って』だってさー。短い間に、随分と仲良くなったね? ま、それに、探しに行かないとまたどっかの誰かさんに、『お前はこめっこが心配じゃないんだー!』とか失礼なこと言われそうだしー」
「……もう言わねーよ。てか、なびたんは? あっちはいいのか?」
「みんなに任せてきた。あんたも、よく覚えときなよ。一人で出来ないことは、みんなでやるの。分かったかこの分からず屋ー!」
どろんぱの軽口にふっと薄い笑いで返し、俺達はこめっこの捜索に取り掛かった。
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