第2節

 大人達がぞろぞろと集まりだし、その中にゆんゆんもいることを確認して、俺は可能な限り大きな声で、なびたんから聞いた事情を掻い摘んで説明した。

 それを聞いて、大人達は代表を選出し少数で作戦を練ることに決めた。メンバーは次期族長ゆんゆん、現族長ひろぽん、自警団からは靴屋のニート、レッドプリズンからは校長、そして商業地区からはそけっと、ねりまきの計6人だった。


「そけっと、君の占いでなんとか出来ないものか?」


 ひろぽんに訊かれたそけっとは、困ったように溜め息を一つ吐いて答えた。


「ええ、もちろんわかりますが……、本人に縁のある物が必要です。それでも、正確な場所を見るのに数時間は掛かるんですが……」

「ふむ、それでは間に合わんかもしれんな」

 さて、どうしたものかと代表達が頭を抱えていると、


「そもそも、まだ里にいるのだろうか? 調査の結果、襲撃犯はテレポートが使えるということが分かったんだ。わざわざ里に留まる必要もないんじゃないか?」


 と、靴屋のクソニートがみんなのやる気を削いで怠惰にさせようと画策しやがった。

 クソニートの一言で、それまで頭を抱えていた代表達の間にも、そうかもしれないという思考がチラつき始める。


 ……これだからニートは!


 俺が怒りでわなわなと震えていると、再びこさみんがクイクイとローブの裾を引っ張ってきた。振り向いて見ると、何か考えがあるのなら言えと顔に書いてあった。

 俺は一度深呼吸をして、手を少し挙げながら代表たちに向かって発言した。


「あのー、ちょっといいですか? 確かに、テレポートで逃げた可能性はあります。でも、その可能性は一旦置いといて、相手はテレポートを使えない前提にしてもいいと思うんですよ。……理由は3つです。まず現実的に、テレポートで相手が逃げたとしてしまうなら、こんなふうに大挙する必要もないですよね? 探すだけ無駄ですし、家に帰って寝てる方がよっぽど有意義じゃないですか。どこぞ靴屋のニートみたいに……」

「あ、あれ!? 俺君に何かしたかな!?」


 慌てだすニートをよそに、俺は仕返しが出来たことに胸がスッとして、そこで一息ついて話を続けた。


「次に、これは希望的観測です。なびたん……俺の友人はこう言ったんです。『こめっこを担いで走り去るのを見た』って。おかしくないですか? テレポートが使えるなら、詠唱を先に済ませておいて、担いだ時点で使えば確実なんですよ。……つまり、スキルは持っているかもしれないが、今現在、何らかの理由で相手はテレポートを使えない可能性があるってことです。

 そして三つ目なんですけど、これは皆さんも恐らくまだ知らないことなのですが……、こめっこはこの三日間、何者かに狙われ、監視されていた可能性があるんです。もし、こめっこの誘拐が目的でテレポートがあるのであれば、監視という行為は無意味なんですよ。さっきも言ったように、いきなり現れてすぐに去れるんですから。

 以上のことから、俺は誘拐犯がテレポートを使えないと考えても良い、ひいては、今回の誘拐犯は転送屋の襲撃犯とは別人の可能性があると考えても良いのではと思うのですが、どうでしょうか?」


 俺の推論を聞いて、代表達はもう一度考え始める。

 気がつくと、いつの間にか俺の近くに移動してきていたゆんゆんが、なにやら興奮した様子でフンフンと首を縦に激しく振っていた。


 ……この人が次期族長で本当に大丈夫なのだろうか。


 と、またしても靴屋のニートが俺に食って掛かってきた。


「確かに、てってれえの言うことは筋が通っているね。恐れ入ったよ、まだ若いのになんて推理力だ……。でも、テレポートが使えないにしても、とっくに里を出てしまっていたら、追いかけても間に合わないんじゃないか? 現に里の外へ走っていったんだろう?」


 俺は怒りを噛み殺し、努めて笑みを浮かべて答えた。


「……ありがとうございます。里の自警団の代表にお褒め頂けるなんて、この上ない名誉です」

 わざと仰々しく丁寧な感謝を述べると、靴屋のニートは途端に照れ臭そうな顔をした。しばらくはそうさせておいて、俺はすかさず反撃を始めた。


「……でも、ところでこの『でも』という言葉は難しいですよね。『彼は上級魔法が使える靴屋の倅だ。でも、ニートだ』。このように、前に褒め言葉を述べていても、たった一つの単語でそれが無意味になってしまうのですから……」

「わっ、悪かった! 俺が前になにかしたんなら謝るから! もう許してくれないか!?」


 俺が靴屋のニートを貶してほくそ笑んでいると、それを聞いていたゆんゆんが俺のローブの袖を指先で引っ張りながら宥めてきた。


「ねっ、ねえ、てってれえくん。……さっ、さすがに、私も言い過ぎだと思うから、もうやめてあげて……ねっ?」


 普段の俺とゆんゆんの仲を知らないからか、心なしか先程から父親のひろぽんの視線が痛い。

 ふと見てみると、そけっととねりまきは、子供にボロカスに言われてしょげている靴屋の倅を見て忍び笑いをしていた。


「まあ、ゆんゆんがそう言うなら……。すみません、話が逸れましたね。確かに、テレポートが使えないにしても、里にいない可能性もまたあります。しかし、これもまた3つの理由からその可能性を度外視出来ると思うんです。一つはさっきと同じです、そう考えるなら端から探すことに意味がなくなります。

 二つ目の理由は誘拐犯が里のことをある程度知っているからです。犯人は数日間、こめっこの家の安楽少女の領域内で監視をしていました。これはモンスターを避けるためだと考えられるのですが、それは里周辺のモンスターが強いことを知っているからではないでしょうか? そして、これもよく知られたことですが、『夜行性のモンスターほど強い』ということです。つまり、逆説的に里周辺のモンスターが強いなら、夜行性かもしれないと犯人は考えると思われます。こめっこの誘拐が目的なら、暗くなったこの時間に自衛も出来ない子供を連れて森の中へ入っていくでしょうか?

 続けて、もう一つ。これもまた希望的観測にはなってしまうのですが、一般的に、自分の領域と思っている場所で何かを盗まれた際、人は直感的にその領域の外に意識を向けます。例えば、家でお金を盗まれた時、その盗まれたお金が家の中のどこかにまだ隠されていると考えて探すでしょうか? 犯人は二日も前からこめっこを監視していた慎重で狡猾な人物です。外に逃げたと見せかけて、内に意識を向けさせない狙いと考えられませんか? 

 論拠に乏しいのは重々承知ですが、それでも、俺は里の中により多くの人員を割いて捜索することを提案します。もちろん、周辺の森なども探して頂きますが、これはこめっこをではなく、モンスターの死骸を、に徹底して頂きたいのです。逃げているのなら、きっと戦った痕跡があるでしょうし……どうでしょうか?」


 俺が訊ねると、代表達は相槌を打ちながら考えを整理していた。

 こめっこが攫われてからもう40分は経っている。もし相手が集団犯ならば、里の中にいるとしてもそろそろ外からの応援が来ているかもしれない。正直時間がない。代案があるのなら早く決めて動いてくれ。


 そう言ってやりたい気持ちに駆られつつ、奥歯を噛み、拳を強く握り締めて黙っていると、そんな俺の気持ちを汲み取ってか、隣にいたゆんゆんが勇み立ち、



「じっ、次期族長として命じます! こ、この場にいる全員、てってれえくんの指示を信じて従ってください! ……もし、てってれえくんを信じられないと言うのであれば、……わっ、私を信じてください! 私はてってれえくんを信じます……!」



 とそんな心強い言葉を、集まっている全員に向かって大声で叫んだ。

 一瞬、シンと静まり返った店先が、やがてゆんゆんをもて囃す声で沸き立つ。普段は頼りない人だが、やる時はやってくれる人なのかもしれない。俺は安心してこっちを振り向いたゆんゆんにニッと笑いかけた。


「あんた、ホントにすげー人ですよ。さすが、俺が一番尊敬してる人です! よっ! 雷鳴!」

「ちょっ、て、てってれえくん! 雷鳴はやめてよね……!」


 そんなゆんゆんの切実な言葉は、しかし今度は届かず、俺に続いて里の者たちが雷鳴コールを始める。それを聞いたゆんゆんは、恥ずかしそうに顔を赤くして萎縮してしまった。

 と、そんな俺達の前に険しい表情の族長ひろぽんが来て……。


「てってれえくん、と言ったかな……? うむ、若い二人の並び立つ姿……なかなか絵になる。うちのゆんゆんを、末永く頼んだよ……」


「おっ、お父さん!?」


「えっ、普通に嫌です」


「「即答!?」」


 嫁入りを即座に拒否されて、涙目を浮かべる似たもの親子をあしらっていると、後ろに隠れていたこさみんがまたまた裾をクイクイと引っ張って、

「やっぱり、落ち着いたらもっと賢い。外側とは言ってない。やるな、相棒」

 とニヤリと笑いながらブイサインをしてきた。


 俺はそれに不敵な笑みを浮かべて、

「黙ってりゃ同罪だ、相棒。お前のお陰だよ、ありがとな」

 と同じくブイサインで返した。


 俺は大きく息を吸って、可能な限り大声でみんなに指示を……。


「では、これから皆さんに捜索して頂きたい範囲を—————」



 —————カンカンカンカン!



『魔王軍警報、魔王軍警報。里の魔法使いは、可能な限りグリフォン像前に集合。敵は南から接近中。その数は1500匹程度と見られます』

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