1:4 紅魔の里の動乱

第1節

「えっ? 嘘でしょ? こめっこが攫われたって、どういう—————」



「てってれえっ!!」



 急いで店を飛び出そうとした俺の腰に、どろんぱが後ろから抱きついてきた。

 俺はそれを振り払おうと……!


「みんな! 止めてっ!! 私一人じゃ無理! 早く! 急いで!! 早く!!」


 言うが早いか、近くにいたじゃすたとみみっと、ねるねるがどろんぱと同様に俺の体に飛び付く。

 きっとどろんぱの必死の形相で、瞬時に事態を理解したのだろう。


「……クソッ!! この、放せバカ! 助けに行くんだよ!! お前らこめっこが心配じゃねーのか!!」

 俺は腰に抱きついているどろんぱの腕を振り払いながら、


「バカはあんたっ! うちらも動揺してるし心配なの!! でも———」

「今行きゃ間に合うかもしんねーだろ! 俺の足なら間に合うかもしんねーだろ! 分かったら放せ!!」

「でも! それでも! 事情も知らないあんた一人飛び出してどうなんの! 分かったら落ち着いて、せめて事情ぐらい聞いて行きなさいこのバカ!!」


 どろんぱに諭されて、俺はこめっこが誰に、どのように、なぜ攫われたのか何も知らないのだと思い出した。そうして少し落ち着いて、ドアの外で怯えからか震えながら尻餅をついているなびたんと目が合った。どうやら俺は全員を引きずったままドアの前まで来ていたらしい。

 ふと気がつくと、てにすけととんとんも俺の体のどこかしらにしがみついており、前からはぶら下がるようにぷにまるが抱きついていた。


「ったく、この筋力バカ。お前一人止めんのに何人必要なんだよ……!」

「…………今見た感じ、7人?」

「ははっ、7人でも引きずられるかと思ったよ」

「……分かった、もう落ち着いたから。悪かったよ」


 そう答えると、しがみついていた連中は安心したように大きく息を吐きながら、俺の体から手を放した。

 しかし、どろんぱだけは…………。


「も、絶対に飛び出したりしないって約束しなさい! 今!」


「……分かった、しないよ」

 どろんぱはもたれ掛かったまま、潤んだ紅い目でじっと俺の目を見据えて念を押してきた。


「約束するよ。俺が約束破ったことあったか?」 

「何回もある!」 

「あれっ、そうだっけ……? やべ、自信ねーわ」

「けど今回は絶対に破らないで!」

「分かりました、お手上げー。ね、頼むから離れてくんない?」


 そう言って芝居じみて手を上げてみせると、どろんぱはようやく俺を放し、ローブの袖で目を拭いながら立ち上がって、小さく頷いてみせた。

 しかし、俺がなびたんを起こしてやろうと、外へと歩みだすと、


「あっ!」


 俺が逃げると勘違いしたどろんぱは再び飛び付いてきて、

「また破った!!」

「ちっげーから! 起き上がるのに手を貸そうと思ったんだよ!」


 俺は尻餅をついているなびたんに、しいて笑みを浮かべて手を差し出す。なびたんは相変わらず少し怯えていたが、おずおずと差し出された手を取って立ち上がった。

 そうして俺達は……、未だに抱きつかれている俺と抱きついているどろんぱ、そしてなびたんは明るい店内へと入った。


「……ちょっ、いい加減離してくんない? 嫁入り前の、いい歳した女子がそれどうなの?」

「……じゃー、責任取って」

「は? やだよ」


 どろんぱは俺のローブで埋めた顔を拭き、ようやく手を離した。

 そうして、ずずっと鼻をすすってから、

「あんた賢いくせに、たまにバカになるから困る! 昔っからだー! 反省しろー!」

 と泣き笑いしながら怒った。その言い草に、いつもなら少しイラッとするところなのだが、この時ばかりは俺も笑顔で返した。


 すると、いつの間にか起き上がっていたこさみんが「てってれえ」と名前を呼びながら、チョイチョイと手招きをした。そうして俺が歩み寄るとここに座れとばかりに隣の椅子を叩いたので、素直に言うことを聞いて席に着いた。こさみんは俺の顔を見上げながら、ポンと頭の上に手を置いてきた。


「てってれえ、『せいては事を』……? 『急がば』」

「『急いては事を仕損ずる』、『急がば回れ』だな。……でも言いたいことは伝わったよ」

「流石、優男。やっぱりてってれえは賢い。落ち着いて、よく考えたらもっと賢い」

「ありがとう、こさみんは優女だな」

「もち。ボク達は優コンビ」


 真顔のまま、もう片方の手でピースしてそんな事を言ったこさみんに俺が思わず笑いかけると、じゃすたが疲れた声で、


「ねえ、これどうなの? あたしら7人掛かりでようやく止めたってのに、こさみんだったら、一人で良いっぽいんだけど……」

「……あたしなんて、さっき軽くお腹蹴られたんだからね。……まだちょっと疼いてるもん」

「ぷにまるは本当に、どんな時でもドMなんですね」

「あははっ、……ま、てってれえの中ではこめっことこさみんだけは別枠だからねー」


 どろんぱがそう言うと、俺とこさみん以外の友人達は一度お互いの顔を見合わせた後、すっと目を細めて口を揃え……



「「「「やっぱりロリコンか」」」」




          ※※※



「何があったの!? みんな無事!?」


 失礼なことを吐かす友人達をよそに、俺がこさみんの小さな手のひらの感触を堪能していると、騒ぎを聞きつけたぷにまるの両親と姉が真っ先にテレポートで店に戻って来た。

 それを機に、俺達は未だに慌てているなびたんに深呼吸をして落ち着くように促してから、何があったのかを訊いた。


 まず前提として、ケーキ屋は商業地区の外れにあり、それに対して定食屋は里の内側にあった。というのも、定食屋は俺が生まれるより前から里にあったのだが、ケーキ屋は出戻りの紅魔族が数年前新たに構えたばかりで、里の内側に建てられる土地がなかったからである。だから同じ商業地区内でも、歩いて10分はかかる距離であった。


 4人はその距離を歩いて行き、ケーキ屋に着くとなびたんが命じてしっぺりんとあらおだけが店内にケーキを取りに入り、こめっことなびたんの二人は店の外で話をしながら待っていたらしい。そうしてしばらく待っていたのだが、一向に出てこない二人に痺れを切らしたなびたんが店内に入ろうとこめっこからほんの少しの離れた瞬間、こめっこの短く驚いた声が聞こえ、振り向いた時には犯人はこめっこを担いで走り去って行ったらしい。


 その後なびたんは突然のことに焦りつつも、急いでケーキ屋の店主にこめっこが誘拐された旨を伝えて狼煙となる魔法を打ち上げてもらい、店主の指示でしっぺりんとあらおは走って族長の家へと向かい、その道すがらになびたんをここに連れて来たという顛末であった。


 あまりにも急なことであったため、なびたんは犯人の顔も当然見ておらず、背恰好もだいたいでしか分からないとのことだった。分かっていることは、足が速かったこと、こめっこを担いで走れる程度には筋力もあること、暗い色のローブを着ていたこと、そして……、


「……剣?」


「う、うん。多分だけど……、ほら、ちょうどあんたの剣帯にぶら下げるみたいにして、白い長いのが見えたから……。でもごめん、剣かどうかは分かんない。でも、魔法使いの杖はそういうふうには持たんでしょ? ごめん、うちがちゃんと見てたら、ほんとにごめん……!」

「なーに、言ってんのさ。そんなん誰がいても同じだったって! ……あんたはよく頑張った。すぐにケーキ屋の人に伝えたんでしょ? 普通なら腰抜かしちゃって、そんな判断出来ないよ。……だから、あんたはよく頑張ったの、何も悪くなんてないんだよ、ありがとね」


 動揺してか責任を感じてか、うずくまって泣き出してしまったなびたんを、どろんぱが抱きしめて頭を撫でてやりながら宥めた。すると、話を聞いていたぷにまるの母親もどろんぱごと覆いかぶさるようになびたんを抱きしめて、


「本当にすまないねえ! おばちゃん達がもう少し長いこと残ってさえいれば、こんなことには……! あんたは悪くないんだ! おばちゃん達が悪かった!」


 と、どろんぱと一緒になって宥め始めた。俺はこの分ならなびたんは大丈夫だろうと思い、残っていた男子の内3人に族長の家へと向かった二人を追いかけるように指示をして送り出した。


「ねえ、こ、この後はどうすんの? みんなここに、来てくれるのかな?」

「狼煙はケーキ屋で上がったんだから、必ずみんなこの近くを通るはず……。てんてんさん、すみませんがもう一度ここで狼煙を上げてもらってもいいですか?」

「はっ、はいよ! すぐ上げてくるわ!」


 そう答えて魔法の詠唱を始めたてんてんが、店の前で狼煙を上げた。

 これで取り敢えず、近くまで来ている里のニー……自警団や、有志の大人達もここへと駆けつけて来るだろう。次は……。


「ねっ、ねえ、てってれえ。あたしらどうしたら良い?」

「い、いや、でも、あ、あたしら魔法なんて使えないし……」

「で、でも、俺達も、探しに行くことぐらいは出来るだろ……」

「ふむ……、その前に、ここに来る里のニー……自警団に事態を説明する必要もあるだろうねえ」

「どっ、どうしましょう……。わ、私は上手く説明出来る自信なんてありませんし……」


 普段勝ち気ななびたんが泣き崩れてしまったせいもあってか、他の子供達の間にも不安が伝染し、皆一様におろおろと声が震えていた。もっとも、その発言からしてみみっとはまだ余裕が有りそうだったが……。


 みみっとの言った通り、誰かが事態の説明をしなければならない。順当に考えれば、それは現場を見てきたなびたんの役目なのだが……。

 チラリとなびたんを一瞥すると、二人に宥められて多少は落ち着いたものの、依然として座り込んだままポロポロと涙を流していた。この状態の女の子にそれを押し付けるのは酷というものだろう。


 そうして俺がどうしようかと腕を組んで考えていると、いつの間にか立ち上がって隣に来ていたらしいこさみんが、クイクイとローブの裾を引っ張った。


「次の手は?」

「……まだ分かってないことが多すぎる。それに、探すにしても、ここにいる人数じゃどう考えても数が足りない」

「待つしかない」

「ああ、けど、その前に……」

 俺はわざとらしく咳払いをして全員の意識をこちらに向け、努めて笑みを作った。


「あー、里の大人達への説明は俺が代表してするよ。……で、みんなは取り敢えず、ここで待っててくれねーかな? こさみん、みみっと、お前らは俺について来て、説明するのを手伝ってくれねーか?」


 そう訊ねると、名前を呼ばれたこさみんとみみっとは力強く肯いてみせた。


「ふっ、遂に万年4位の私の国語力が試される時が来たんだねえ!」

「あいあいさー」


 俺は二人に短く「よし」と返事をし、座り込んでいるなびたんに歩み寄った。俺が近づくと、二人に抱きしめられているなびたんが、目から涙をこぼしながら顔を上げた。俺はしゃがみ込んで目線を同じ高さにし、

「悪い、もう一つ訊いてもいいか?」

 と声を掛け、なびたんが頷くまでしばらく待った。


「誘拐犯がさ、どこに向かって走ってったか。覚えてたらで良いんだけど……分かりそうか?」

 俺が訊ねると、なびたんは再び目に涙を溜めて答えた。


「わかんない。うち、焦っててちゃんと見えてなかったから! でも、たぶんこっち側ではない!」


 なびたんの言葉に俺は優しく「ありがとう」と返して立ち上がり、少しずつ大人が集まりだした店の前へと出て行った。

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