第15節

「—————これだあああああああっ!!」


 ケーキを取りに行った4人を待つ間、俺が女子達に混じって貰った剣帯を早速巻いてみせていると、唐突にてにすけが大きな声で叫んだ。

 そのあまりに大声に俺達はみな驚いて、てにすけを訝しげな目で見つめた。


「急にどした? 体調が悪いんならケツにネギ刺して治してあげるけどさー、頭悪いのは治んないよ?」

「ちっがうわこのふしだら女! 帰れ! 親父の睾丸に帰れ!」

「たはっ、お前が還れよ、土に」


 そんなどろんぱの返しをスルーしたてにすけは、先程俺に渡した盗品のポーションが入った箱から白い小瓶を取り出して、


「これだよこれ! 『一生分の性欲を三日で使い切るポーション』! なんでも三日間は不眠不休で元気になるらしいんだけどさ……!」

 と相変わらず大声で話しながら、今度は俺の方へとやってきて、


「そんでもってこの避妊薬を使えば、三日間絶倫になったとしても犯罪も起こらずに済むだろ? これしかねえよこのポーションの使い方は!」

 などと宣った。


 ……何言ってんだこいつ。

 俺はこの愛すべきバカが何を言っているのかよく分からなかったのだが……。


「「「おおー!!」」」


 どうやら、他の同種のバカには伝わるものがあったらしい。


「おいてにすけ、お前天才だな!」

「誰も思い浮かばねえよそんな妙案!」

「ふっ、よせやい。急に降りて来たんだよ、女神エリス様の思し召しがな!」


 果ては女神エリスまで巻き込み始めたてにすけをよそに、俺は一度女子達と視線を交わしてから、


「……で、その三日が終わった後は? その後はどうなるんだ?」


 と引き気味にてにすけに訊ねた。てにすけは心底理解しがたいという顔をして、肩をすくめながら答えた。


「どうなるもクソも、一生分の性欲を使い切るんだぞ? もう二度と使いものにならなくなるだけだろ」

「……お前ホントにバカだな」


 神職でもない人間が機能不全になるのを覚悟の上でなんでそんなもん使いたがるんだ、それも避妊薬を使用して無意味な行いにしてまで。そもそも避妊すれば何しても良いわけじゃねんだぞ、と、喉まで出かかった数々の言葉をその一言に集約して、てにすけを無視して剣帯に意識を戻した。



          ※※※



「にしても、なかなか似合ってんじゃん!」

「らしいよねー! やっぱ黒にして良かったかも!」

「強そうに見えます!」

「馬子にも衣裳だねー」

「あはは、ありがとな。……おい、どろんぱ。お前その言葉があんまりいい意味じゃねーの知ってんだろ」

「たはっ、私万年3位だから分かんなーい!」


 ニマニマと笑うどろんぱに一瞬冷たい目を向けつつも、気を取り直して、ついさっきまで雑に差していたダガーを剣帯に固定して佩いてみる。ちゃんとした剣ならもっと格好付くのだろうとは考えつつも、なんだかんだでやはり気分は高揚した。

 意図せず喜びが顔に出ていたのであろう俺を見て、女子達も嬉しそうに微笑んだ。


「……因みに、後ろにポーションを収納出来る、ちょっとしたポッケがあるんだよねー」


 どろんぱに言われて左手で腰の後ろ辺りを探ってみると、なるほど、右手で剣を扱いながら素早くポーションも使えるようにと、左後ろの位置に数個ポーションを差しておけるポッケが着いていた。

 どろんぱは未だに馬鹿騒ぎしている男子達を無視して、小さな箱の中から紫色の唯一価値あるポーションを取り出し、「こんなふうにねー」と言いながら実際に差してみせた。


「へー、便利なんだな。……なんだか悪いな、大事に使わせてもらうよ」

 俺は気恥ずかしさを紛らわすように、ちょっと大袈裟にさっき脱いだローブをその上から羽織った。




 その後俺達が談笑していると、こさみんが出し抜けに唸りながら椅子に寝転がった。

 少し顔色の悪いこさみんを心配して、じゃすたとみみっとが介抱に向かう。


「こさみん、どうしたのよ?」

「うっ、……食べ過ぎた。気分悪い」

「あんた……、だから言ったじゃん。いくら大きくなりたいからって、こめっこに対抗するのはやめときなって!」

「こさみん、急いで下から出すんだ。上から出したら意味がなくなるが、下からなら吸収された後だからいくら出しても構わないんだよ」

 と、みみっとが背中を擦ってやりながら、助言なのかよく分からない言葉を掛けた。


 ……まあ、男連中ですらこめっこと同じ量を食べている奴はいなかったのに、ましてや小柄な女の子があんなに食えば、常人ならそりゃあ気分も悪くなるだろう。


 しかし、こさみんは苦しそうな顔をしながらも、ポケットをまさぐって冒険者カードを取り出し、

「ふっ、でもカモネギでレベルが1上がった。これでまた大きくなる」

 とブイサインをしてみせた。


「あっ、ほんとだ。……ねえこさみん、あんた体力のステータスあたしの半分だけど、これ大丈夫なの?」

「魔法使いに体力は必要ない」

「まあそうだね。でも、こめっこは多そうだけどねえ」

「!?」

「ちょっ、あんた……!」


 何気ないみみっとの言葉に、こさみんが再び対抗心を燃やして苦しみながら起き上がり始めた。みみっととじゃすたが急いで体を抑えつけようとするも、どこからそんな力が湧いているのか、こさみんは二人の腕を振り払って起き上がろうとした。

 

 俺はしばらくその様子を笑いながら見守っていたのだが、助力してやろうと思いこさみんに近づいて、

「こさみん、ほら、『寝る子は育つ』って言うだろ? だからいっぱい食った後は、寝てた方がきっと大きくなるよ」

 と声を掛けた。すると、こさみんは体を起こすのを諦めてふっと脱力し椅子の座面に背中を預けた。


「……ねえ、弟のくせになんであんたまで、子供の扱い上手いのよ、ムカつくわ」

「たはっ、じゃすたぶっ殺すぞー?」

「ボクが許可する、れ」

「わっ! てっくんほんと真似しぃーだ!」

「てっくんはやめろ!」




 そうして倒れているこさみんの側で、俺達が引き続き談笑していると、

「てってれえの剣、いつも持っているのはなんで?」

 と唐突にこさみんが訊ねてきた。もしかすると寝転がっているから、チラチラと目の前に見えて気になったのかもしれない。


「え? あー、これなあ————」

 と俺が話し始めると、どろんぱが割り込んで、


「お守りなんだよねー。入学の前に、ねーちゃんから貰ったんだよ」

 と勝手にその先を話した。小言を言うのも億劫だったので、俺は黙ってどろんぱに話させた。


「お守り?」

「そだよー。レッドプリズンに入学する前にね、ねーちゃんが『そんな女だらけの猛獣の檻に! うちの可愛い可愛いてっくんを放り込めない!』って、入学祝いと護身用にくれたんだよー。ねっ?」

「そんなことは言ってねーだろ! たしか、『これで襲われたら身を守れ。モンスターと女なら迷わず首を刺せ』じゃなかったか? ……あれっ、大して意味変わんねーな」


 それを聞いたこさみんは薄く笑みを浮かべて、

「それからずっと?」

 と訊いてきた。俺はダガーを剣帯から抜いて手に取り、鞘のところどころに付いた傷を撫でながら答えた。


「ああ、そうだな。……これでもう何体もモンスターを倒したし、俺にとっては大事なもんなんだ……」


 すると、どろんぱが「あはは」と笑いながら言った。


「でも、さすがにダガーで一撃熊は無理でしょー」

「いや、ほんとに。うちのお母さんも心配してたよ。ゆんゆんに守ってもらえなかったら、どうするつもりだったのよ」

「……まあ、たしかにあの時はやばかったんだけど。一応この剣、親父が大半を作ったやつだから、魔法が掛かってる良いやつなんだよ」


 俺がそう答えると、みみっとが興味深そうに首を傾げながら訊いてきた。

「へえ、どんな魔法なんだい?」


「なんでも、設計思想が『実力が拮抗する相手にこそ効果を発揮する武器』らしくてさ。魔力の消費はかなり多いし、威力も筋力とか器用さとか、他のステータスに依存す———」



 俺が話していると、定食屋のドアが「バンッ!」と突然開き、ひどく慌てた様子で息も絶え絶えのなびたんが入ってきた。



「ハァッ、ハァッ! こ、こめっこが、……ハァ…………!!」



「そんなに慌ててどうしたのよ? もしかして、こめっこがケーキ全部食べちゃったとか?」

 ぷにまるがそんな軽口を叩くも、依然としてなびたんは焦った顔で必死に息を吸い込んで—————。




「こ、こめっこが、……こめっこが攫われた!!」

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