第13節

「それじゃ、次はあたしら女子の番ね!」


 ぷにまるが勇んでそう言うと、なにやらどろんぱが店の奥の方へと急いで駆けて行った。

 

 ———自分の家とはいえ盗んできたポーションなんて貰えるかと俺はそれらを突っ返したのだが、「盗んだ時点で怒られることは決まっているので、それは貰ってくれないと困る。だいいち、こめっこのマントで全員が金欠だから今更他のものなんて用意できない」とてにすけに泣き付かれて、帰ったらちゃんと親御さんに謝って怒られること、もし返せと言われたらすぐに返すと伝えること、仮にくれると言ったのなら俺が非常に感謝していたと伝えることを条件に、俺は渋々それを受け取ることにした。いくら悪行とは言え実際貴重な物だし、こいつが怒られるだけで済むのなら、俺も出来る事なら貰いたいというのもまた本心だった。



 奥へと駆けて行ったどろんぱは、左手に包装された棒状のもの、右手にはさっきこめっこが貰った小包と同じような物を持って戻ってきた。どうやら今度は幾分マシなものらしいと、俺はほっと胸を撫で下ろした。


「うちらからは……まず、こめっこには新しいワンドをプレゼントだー!」

 はにかみながらワンドを手渡したどろんぱに、こめっこはぱあっと満面の笑みを浮かべた。


「えっ! いいの!? みんなありがとう!」

 大きな声で感謝の言葉を述べられて、


「ふんっ、良いってことよ!」

「まあ、そんだけ喜んでくれたらねっ……」

「捻出した甲斐があるってもんだよね!」

「あと2ポイントで魔法を習得出来るんだろう? それを使ってくれるのが楽しみだよ」

「ワクワク」

「喜んでくれたみたいで良かったです!」

 女子達は皆一様に照れ隠しでもするように口を開いた。


 例のごとく、早速こめっこは包装を剥がしてワンドを取り出した。長さはほんの4~50センチ程のもので、先端にはアメジストのような石の装飾が付いており、黒い持ち手は————


「ちょ、それ、マナタイト製じゃねーのか?」

「おー、さすが魔法武器職人の息子。目ざといねー!」

「マナタイト? それってすごいの?」


 その価値がよく分かっていないこめっこが、ワンドを手に首を傾げながら訊いてきた。


 ———マナタイトは王国内に採掘できる鉱山が1つしか存在しない超が付く希少金属だ。

 魔法使いの杖に素材として混ぜると、その含有量に応じて魔法の威力が向上する性質がある。そしてそれを加工できる者も限られており、魔法使いが多く需要があるこの里でも、俺が知る限り2人しか扱える職人はいないはずだった。

 金属自体の希少さ、使用した時の効果、加工できる者の珍しさの三つの要素が相まって、当然その価値は跳ね上がる。



「すげーなんてもんじゃねーぞ! しかもこれ、ざっと見た感じ含有率15%超えの一級品じゃねーか! 熟練冒険者でも手に出来るかどうかの代物だぞ!」


 俺がその価値に興奮して解説していると、隣に立つどろんぱが無い胸を張って、

「ふふんっ、すごいでしょー。……いやー、運が良かったよ。たまたま里の仲の良い魔法武器職人に、たまたまマナタイトの加工が出来る人がいてさー。もう値切りに値切って、なんとか手に入れたんだよねー。おやっさんは泣いてたけど」

 と泣かせることを…………。


「……ちょ、待て。里の仲が良い魔法武器職人? この里でマナタイトの加工が出来るのって」


 ……紅魔の里でマナタイトが加工できるほどの腕を持つ職人は、鍛冶屋の店主と———


「……」

「ちゃんとお互いの合意の上でだよー? 『将来の娘のために……!』っておやっさん張り切り過ぎて泣いてたね」


 ……なにやってんだあの親父。


 母親が大量の赤飯を用意していた間に、父親は父親でこれを作っていたらしい。

 両親の頑張りに俺が引きつった笑いを浮かべていると、こめっこは先程貰ったマントを翻しながらワンドを振ってみたりして喜びを表していた。

 他の友人達はそんなこめっこの姿を見て微笑ましそうにしながら、


「こめっこもついに魔法使いって感じだな!」

「あんなに小さかった俺達のこめっこが……」

「こめっこは今でも小さいですよ。でも大人っぽいです!」

「……ねるねる、ボクに喧嘩売ってる?」

「それ、伸縮も出来るらしいわよ! ちょっと縮めてみなさいよ!」


 などと褒めそやしていた。つられてこめっこを見てみると、確かに一端の魔法使いのようにも思えるが、マントの下がおしゃれ着なせいもあってか、やっぱり可愛らしい女の子という印象を覚えて、俺はついつい笑みをこぼした。


 そんな俺の心の内を盗み見たようにどろんぱが、

「でも、やっぱりこめっこは可愛いよね」

 と俺の耳元で囁いて、振り向いた俺に悪戯っぽく笑ってみせた。



          ※※※



「じゃー、気を取り直して、次はてってれえのプレゼントだねー!」


 ひとしきり見せびらかした後、短く折り畳んだワンドをこめっこがマントの内にある留め具に仕舞い込むと、どろんぱがみんなに聞こえるように大きな声で言った。

 俺はというと、正直なところ期待でソワソワしていた。さっきの男子達のポーションが何一つまともじゃなかったこともあるし、どろんぱの持つ小包からして、服屋で買った物であることは明白だったからだ。


 ……マントだろうか、ローブだろうか。

 そんなことを考えていると、こさみんが唐突にすっと立ち上がって俺の前まで歩いてきた。


「……誕生日おめでとう、秘蔵の一品」

 と、小さな瓶に入ったポーションを差し出した俺の手のひらの上に置いた。


「ん? あ、ありがとう……。今度はなんのポーションなんだ?」

「避妊薬」

「…………は?」


 謎の贈り物に戸惑ってポカンと口を開けている俺に、こさみんが続けて何かの小さな紙きれを渡してきた。


「両親から貰って来たこれも」

 紙に書かれた文字を読んでみると、そこには「ペア宿泊券一週間分」と書かれていた。


「えっと、ごめん。……どういうこと?」

 俺がおずおずと訊ねると、こさみんは一度ふんと鼻を鳴らしてみせてから、


「アルカンレティアの宿泊施設の券、いらなくなったのを貰って来た。二人で行って来ると良い。……でも相手の年齢的に犯罪だから、避妊薬」

 と補足説明をした。


 すっかり他の何かを貰うと思っていた俺は、戸惑いつつも、

「……あ、ありがとな。避妊薬はよくわかんねーけど、まあ楽しんでくるよ」

 と伝えて、しいて笑ってみせた。こさみんは満足げに一つ頷いてから、元の席に戻っていった。


 するとどろんぱを含む数人の女子が唐突に笑い出した。


「あははっ、いやー、こさみんが相手なら何しても怒らないでしょって思ってたけど、まさかここまでとはねー!」

「ポカンとしてた! あははっ! ポカンとしてた!」

「……お前らさっきから俺で落とさないと気が済まねーのか!」


 俺が怒鳴りつけてもなお、腹を抱えて笑うどろんぱは、しばらくそうした後深呼吸を一つして、

「や、冗談だよ冗談。ほんとのプレゼントはこっちー」

 と手に持っていた小包を渡してきた。俺は少し不満気に「ありがとう」と伝えて、思いの外ずっしりとして硬いそれを受け取って開いてみた。



 中から出てきたのは腰に巻くタイプの剣帯だった。

 —————それも、黒い色の……。


「……やー、プレゼント何が良いかなーって思ってたんだけどさー」

「ほら、あんたいっつも雑にカバンにダガー突っ込んでんじゃん?」

「そうそう、それで剣帯なんてどうかなって話になったのよ!」

「そしたら次は色で悩んでな」

「黒か赤か」

「どろんぱなんて、一週間も悩んでいたからねえ」

「ちょっ、あー、それは言わないでよー!」

「ふふっ、でもそけっとさんに相談して良かったですね」

「だね! で、どうよ? どろんぱ、この顔は喜んでんのか鑑定しな」



 再び、今度は俺の表情を覗いて鑑定してようとするどろんぱを手で遮って、


「鑑定なんてするまでもねーよ」


 俺は心からの笑顔を浮かべて、


「ありがとう」


 友人達に感謝を伝えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る