第11節

「———では、我らがレッドプリズンの首席こめっこと!」


 どろんぱが代表として立ち上がり、


「一応、てってれえの誕生日を祝して———!」


 グラスを掲げ、大きな声で音頭を取る。



「乾杯―っ!!」



「「「「かんぱーい!!」」」」



 こうしてこめっこと、あと一応俺の誕生日の祝宴が幕を開けた……!


 乾杯が終わると同時に、食ったり飲んだりのどんちゃん騒ぎが始まる。

 店内では、四人掛けのテーブルを二卓ずつ用いて、店の入口から見て逆さの「ハ」の形に並べ、その左側に男子が、右側に女子がそれぞれ固まって座っていた。こめっこと俺は一応主役ということもあって、「ハ」の入口に近い手前の角席に、背中を向かい合わせるようにして席が用意されていた。


 俺達が上機嫌のこめっこを連れて店に入った時には、既に店内はこの形になっており、テーブルには子供の誕生日会にしてはあまりに豪勢すぎる料理の品々が並べられ、クラスメイト達はとっくに席に着いて俺達を待ちわびていた。

 もちろん、こめっこが料理を前に待つなんてことが出来る筈もなく、今にも齧り付こうとするこめっこをなびたんが羽交い絞めにしてなんとか抑えつけている間に、どろんぱが乾杯の音頭を取ったのである。ここまで、俺達が店に到着してものの数十秒の出来事であった。


 ふと、後ろのこめっこを尻目に見ると、服や化粧の心配をする周囲の声を振り切って、それはもう誰よりも一心不乱に料理を食べていた。いや、貪っていたの方が正しいかもしれない。

 しかしこめっこばかりではなく、他の友人達もみな一様に、見たこともないほど豪華な料理の数々に興奮を隠しきれていない様子だった。作るのを手伝っていた俺ですら、並べるとこんなにも豪勢なのかと驚いたのだから、友人達が昂るのも無理はない話だった。


 男子連中は、やれこれが美味しいだの、やれ準備に疲れただの言って騒ぎつつも、全体的にほのぼのとした空気で楽しみながら食事をしていた。

 それに対して女子は、明らかに口に入りきらない量を手に持ち暴走するこめっこを、隣に座るどろんぱが笑ってばかりで止めようともしないため、わざわざ向かいの席のなびたんが回り込んで面倒を見てやり、その様子を眺めている周囲の者は、ある者は苦笑いを浮かべ、またある者はこめっこに負けじと食い意地を張っていたりした。


 男子の方が落ち着いているのは良いことなんだろうか……なんて考えつつ、俺も友人達との食事を楽しんだ。


 遠い位置にある料理を取るためだったり、また他の友人と話すためだったりで、時折席を立つ者が現れ、30分も経った頃にはほとんどが初めとは違う席に座っていた。わざわざ椅子を持ってきて、男子の中に混ざっている女子もいたし、その反対もまたいた。ねるねるととんとんが楽しそうにお喋りしながら食事をする姿が目に入った。


 しかし、俺は初めの席から動かないでいた。別にこういう宴会が嫌いな訳ではないし、話しかける友人がいない訳でもない。ただ、一応ではあるが誕生日の人の席として設けられた所から移動するのはなんだか気が引けたからだ。少なくとも、背後にいるこめっこが移動するまでは動かないつもりでいた。

 当のこめっこは、その小さい体のどこに入っているのか気になるほど、この30分ひたすら料理を食べており、遠くの料理は誰かしらに頼んで取ってもらっていた。

 その姿を見て、こめっこが移動するのを待つというのは良くない期待かもしれないと悟った。


 すると後ろから、どろんぱが椅子を持参して隣に座ってきた。

「んー、なに、楽しくないの?」

「……まあ、一応の身分だしな」

「うわっ、もしかして引きずってたー? めんどくさっ!」

 食事をしている俺の肩にどろんぱが手を回し、甘えるように頭を預けてくっついてきた。


「お前、酒飲んでんの?」

「はー? 飲んでないよー」

「……そっか、シラフでもウザいもんな」

「わっ、ひどい! 泣いちゃうかもー!」

 どろんぱは体を離して、わざとらしく目元に手を当てて泣いたフリをしてみせた。


「たはっ、泣いてみせろよ」

「あっ、盗ったね! 真似しぃーだ!」

「真似しぃー?」

「うん、真似しぃー」

「真似するやつってこと?」

「だねー、南部の方言らしいよ。なびたんがよく言ってる」

「へー」


「……で、楽しんでる?」

 どろんぱが顔を覗き込ませながら言った。

「おう、もちろん」俺は真っ直ぐ目を見据えながら答えた。


「そっか……、じゃあ良かったー!」

 安心したように笑顔でそう言い残して、どろんぱは元の位置に戻っていった。


 もしかすると、「こめっこが移動するまで俺もしない」と変な意地を張っていたせいで気を揉ませてしまったのかもしれない。

 自己表現が苦手な幼馴染の行動を、あいつなりの気遣いだと断定することにして、俺は飲み物を手に仲の良い友人達の下に向かった。



          ※※※



「これはおばちゃんたちからのお祝いだよ! たあんと食べな!」

 

 しばらくして、俺が男子側にいたこさみんの隣に座っていると、ぷにまるの母と姉が土鍋を手に現れた。そうして、一卓につき一つ、計四つの鍋がテーブルに置かれた。


「わっ! これもしかしてカモネギ!?」

「そうよ! それも養殖じゃなくて天然モノ! これだけ仕入れるの苦労したんだからね。お代わりもあるし、いっぱい食べなさいな!」

「カモネギ!? ねっ、どろんぱ、カモネギって美味しいの!?」

「も、ちょーっがつくほどの高級食材なんだよ? こんなにいっぱい食べられる機会、滅多にないかもねー。ほら、こめっこ、ちゃんとお礼は?」

「こっ、高級食材!? お姉さん、お母さん、ありがとうございます!」


 きらきらと目を輝かしたこめっこに続いて、他の者も皆口々に母娘に感謝を伝えた。母娘は恥ずかしそうに手を上げてそれに答え、厨房へと戻って行った。


 さて、正直かなり腹も膨れているし、これ以上食べるのは厳しいのだが……。

 とはいえ、せっかくの厚意を無下にするのも忍びないので、俺は気合を入れなおして箸を手に持つ。


 とその時、横にいるこさみんが、お玉を手にカモネギ鍋を自身のお椀に豪快によそった。


「ちょ、こさみん!? お前さっきからかなり食ってるけど、そんなに大丈夫か!?」

 俺が慌てて訊ねると、こさみんはブイサインをして、

「もち。こめっこが食べるならボクも食べる」

「いや、そんな対抗心燃やさなくても……」


 そんな俺の制止も聞かず、こさみんはよそったカモネギの身を、椀ごと食べる勢いで大口を開けて頬張る。

 普段の態度からは分からなかったが、こめっこに対抗心を燃やしているあたり、2歳下と同じ小さな身長なのを気にしているのかもしれない。

 勢いよく掻き込み過ぎたせいで咽せたこさみんに、心の中で「頑張れ」と呟きながら手近な飲み物を注いでやる。向かいにいるてにすけとえれおんは、そんなこさみんの勇姿を見て応援する訳でもなく、「吐くなよ」などと軽口を叩きながら苦笑いを浮かべていた。


 と、俺達の背後から—————


「ちょっ、まっ、こ、こめっこー!? それはやばいから! 鍋ごとはさすがに無理だしってか手熱くないのあんた!?」

「あはははっ、バカだ! バカがいる! あははははーっ!」

「あっ、あんた笑ってないで、隣にいるなら止めろっての!」

「待てこめっこ! さすがにそれはヤバい! ちょ、どろんぱも早く抑えろって!」

「ねえ!? あんた、アークウィザードよね!? なんでそんな腕力強いの!? ちょ、どろんぱ……!」

「ぶはははっ! あはははは———っ! ゲホッ! ゴホッ! ゴホッ! ……ごめん咽せた。あと頼むね」

「お前はなんでその席にいるんだよ!」


 そんな物騒な会話が聞こえてきた。


 振り向いてみると、テーブルに置かれた土鍋の取っ手をこめっこが素手で掴んでおり、持ち上げようとするのを近くにいるじゃすた、なびたん、あらおが何とかして抑えつけていた。そんな中、隣に陣取っているどろんぱは身体を折り曲げて咳き込みながらも、未だに笑いこけている。

 あいつ、どれだけ食い意地張ってんだと苦笑いを浮かべていると……、


「……流石こめっこ、ボクも負けない」


 と不安になることをこさみんが……!


「い、いや、こさみん!? あれは真似しなくていいから! ちょっ、誰かー! 手を貸してくれ! こさみんがご乱心だ!」

「おまっ、ちょ、やめとけ! あれはやっちゃいけないやつだ!」

「そうだぞ! お前クールなくせに偶にバカに……って熱っ! あっ、ネギ投げんな!」


 俺はこめっこに対抗して土鍋に掴みかかるこさみんを、えれおん、駆けつけてきたしっぺりん、さり気ない悪口で反感を買ったてにすけと共に抑えつけた。



 俺達の誕生日パーティーは、あっちもこっちもお祭り騒ぎだ。

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