第10節

「まず、———」


 玄関のドアを開いて一足先に俺達の前に現れたなびたんが、勿体付けるようにそう前置きして、


「これだけは先に言っておくわ。髪はうちの仕事で、メイクはこさみんだから!」


 その言葉に、俺は訝しげに眉をひそめて答えた。


「なに、どっちかが酷いのか? それともどっちも酷いから、より酷いのがどっちなのか決めろってことか?」

「はあ!? なんでそうなんの? うちらの仕事に感謝しろってことだよ!!」


 はあ? の時だけ少し低い声になったなびたんが、心外だと、顔をひどく歪めながら叫んだ。

 すると、いつの間にかなびたんの背後に隠れていたこさみんがひょこっと出てきて、

「てってれえ、感謝しろ、完璧だ」と付け足した。


「はあ、それは分かったんだけど……」

「ま、早いとこお披露目しちゃってよー。楽しみでそわそわしてんだからさ」


 俺は「そんなことねーわ」と否定しようとしてどろんぱに目をやる。それと同時に、薄く笑みを浮かべたなびたんが道を開けるように脇へと退がって、


「ではではご照覧! こめっこ姫のおな―りー!!」

 と、仰々しいセリフを叫んだ。


 それを聞いて、俺は視線をドアへ戻し—————



「——!?」



 ———こめっこの姿を見て息をのんだ。



 自己主張の激しい赤いシャツに、腹のところがコルセットのようにキュッと引き締まった膝下丈の緩やかな黒いスカート。そのスカートの上部から両肩へ向けてサスペンダーが伸びており、下が引き締まっていることと相まって殊更膨らみを強調している。

 シャツの首元は———たしかループタイとかいう———紐の付いたブローチで止められ、反対に足元は茶褐色のブーツを履いていた。

 普段とは打って変わって、髪には毛先までサラリとした滑らかさがあり、星形のピンの付いていない片側には編み込みまでしてあった。またいつもより透明感がある顔には、たぶん口紅が塗られているからか、垢抜けた印象があり、普段からくりくりっとしている目は、より際立って存在感を増しているように思った。


 まあ、とにもかくにも—————。


「おー! めちゃ可愛いねー!」


 俺の驚きをどろんぱが一言で表してした。


「んー、でもなんか反応薄くね?」

 黙りこくっている俺を見たなびたんが、不満そうに口にした。


「やー、これはね——————」

 どろんぱが何か言おうとした瞬間、ぴょんと跳ねるようにこめっこが俺の前に来て、


「どう?」

 と短く一言だけ、小首を傾げながら言った。


 急に近づかれたことと、それと同時に来た良い匂いに驚いて俺は返答に詰まる。


「息を呑む可愛さって感じだねー」

 そんな心情をまたしても端的にどろんぱが言い表した。

 すると、再びこめっこが俺の顔を見上げ、


「可愛い?」

 と訊いてきた。


 俺は今度は少し戸惑いながらも、「うん」と肯いて答えた。

 その短い返答に、しかしこめっこは満足したのか、ぱあっと満面の笑みを浮かべて「そっか」と呟く。


「えー、もっと大げさに、咽び泣いて喜ぶかと思ったのにー!」

「微妙な反応」

 続けざまに不満を口にする二人に、どろんぱがフォローを入れる。


「ま、これはこれでらしいでしょ、ピュアだかんねー」

「ピュア」

「ピュア過ぎてキモい」


 辛辣な感想を浴びせる女子たちと少し離れた所で、新しい服に満足してか、こめっこはローブの時のようにわざと回ってみたり、裾を翻してみたりしていた。


「ま、ピュアな童貞くんはほっといてさ。みんな待ってるし行こーよ!」

「意気地なし童貞」

「童貞過ぎてキモい」

「……お前ら、さっきからほんっと口悪いな」


 ようやく口を開いた俺に、女子達は目を見合わせて忍び笑いをし、

「ほらこめっこ! 暴れたら汚れるでしょ!」

 なびたんが動き回るこめっこを𠮟りつけ、首根っこを掴んで定食屋へと向けて歩き出す。


 こさみんが二人の背を追いかけて駆け出すと、隣に立つどろんぱがにんまりとして、


「ね、騙されて良かったでしょー?」


 と言い捨てて歩き出した。

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