第7節
———翌日、こめっこの誕生日である5月5日。
念には念をと、昨日に引き続いて今日も授業は午前中で終わり、俺達は昼食を摂った後、集団下校をした。
ただし昨日とは違って、こめっこを送り届ける役は俺とどろんぱではなくこさみんとなびたんが務めることになった。「せっかくの誕生日なんだから、とびっきりのおめかししないとね!」とのことである。
ということで、俺も生徒達の列に混ざって一旦家に帰ることになった。用心深いことにゆんゆんは今日も付き添いに立っていたので、集落までの道を俺達は仲良く話しながら歩いた。
自宅に到着して姉や祖母と二言三言交わし、着替えるかどうか悩んでいると、どろんぱが迎えに来た。
「あれ、お前制服で行くの?」
「まーねー。今日はうちら脇役だし、こめっこに花持たせてやんないと。てってれえは着替えてもいいよー」
「……いや、お前出てってくんないと着替えるもんも着替られねんだけど」
「え、なに、恥ずかしいのー? 昔はよく一緒にお風呂入った仲じゃん。あの頃のてっくん可愛かったなー」
「お前、そういうこと絶対他のやつに言うなよ」
着替えても良いと言う割に一向に部屋を出て行かないので、まあ騒いで汚れるかもしれないしと思い至って制服のまま出掛けることにした。必要な物をローブのポケットに突っ込んで、二人で部屋を出た。
「んじゃね、ねーちゃん、ばーちゃん」
「……二人とも、あんまりハメ外し過ぎるんじゃないわよ」
「楽しんできな」
「了解でーす、行ってきます!」
「行ってくる」
リビングには両親の姿がなかった。父は恐らく仕事に出ているのだろうが、母はもしかするとまた里の巡回をしているのかもしれない。
どろんぱの計画では、他の友人達に先んじて定食屋に向かい、既に準備に取り掛かっているであろうぷにまるの家族を手伝うとのことらしい。玄関を出る際にダガーを持って行くか少し悩んで、結局腰のベルトに差した。
※※※
「いらっしゃい! あら、なんだい二人共、もう来たのかい?」
定食屋に着くと、例のごとくぷにまるの母親が快活に出迎えてくれた。ただし、昨日とは違って今日はまだ客がかなり入っており、母娘はその対応に忙しくしているようだ。
「ありゃ、忙しそうだねー。うちらも手伝うよ、お母ちゃん!」
「すまないねえ! ……て言っても、前の仕事はほとんど終わってるから、誕生日会の料理を作ってる父ちゃんを手伝ってくれるかい?」
「分かった! 忙しいのにありがとねー!」
ぷにまるの母親はかっかっと切れ切れに笑った。
「感謝するのはこっちさね! 頼んだよ!」
俺達は母親に勧められて上着のローブを脱ぎ、店のエプロンを付けて厨房へと入る。
母親が言っていたように、ぷにまるの父親は誕生日会の料理を、サラダやスープなどの温度管理がし易いものから作り始めており、俺達は指示に従って作業に取り掛かった。
あの母娘とは違い、どうにも父親は寡黙な職人気質らしい。どろんぱに話しかけられても「ああ」とか「おう」と短くしか答えず、調理の説明以外ではほとんど口も開かずに手を動かしていた。
もしこの父親と二人だけならばそうとうに気まずかっただろうが、どろんぱが手と同様によく口も動かして場を和ませていた。昨日友人達がいた時はほとんど黙々と調理していたことを俺は思い出して、ぷにまるの母娘が言った通り、本当に出来る女なのかもしれないと感心しながら忙しく動いた。
1時間程そうして調理をしていたところで、客席側が片付いたらしい、母娘が厨房へと入ってきて俺達に飲み物を出してくれた。
……また、あの大きなグラスで。
この時にはほとんどの料理が完成間際にまで達しており、あとの加熱や盛り付けは三人がしてくれるとのことで、
「ありがとねえ! 前にみんな来てるから、あんたらも混ざってきな!」
と、母親が豪快に笑いながら言った。
ふと厨房から顔を覗かせてみると、調理に集中していて気が付かなかったらしい、クラスメイトの大半が既に集まっており、昨日やりかけだった残りの飾り付けに取り掛かっていた。みんな制服のままだったので、着替えなくて良かったと俺は胸を撫で下ろした。しっぺりん、あらお、とんとんの顔が昨日よりも嬉しそうなのは、なびたんがいないからに違いない。
俺は受け取った飲み物を「いただきます」と伝えてから飲んだ。厨房の熱で少し汗をかいていたので、冷たいお茶がありがたかった。どろんぱも同じく、「疲れたー」と言いながらグラスに口を付けていた。
エプロンを脱いで飲み物を手にみんなのところに混ざろうと思った時、寡黙な父親がタオルを手渡してきて一言、「お疲れさん」と声を掛けてくれた。俺は一人前の職人になんだか認められたような気がして、思わず「ありがとうございます」と笑みがこぼれた。
「どろんぱちゃんは相変わらずだけど、てってれえくんも、聞いていた以上に良い腕してるわね!」
てんてんがそう言うと、母親が続けて、
「ほんとにねえ! ……あんた、うちに婿に来ないかい? 今ならどっちでも好きな方を選んでってくれて構わないよ!」
と、冗談じゃなさそうな調子で言った。
娘の前で急に何言い出すんだこの人は……と、愛想笑いをしながらてんてんの反応を伺ってみると、なんだか満更でもなさそうな笑みを浮かべてこちらを見つめていた。
……この人もドMじゃないだろうな。
俺は気まずくなりふいと顔を逸らした。
……まあ、大人びていて綺麗な人だとは思うんだけど。
すると、どろんぱが隣から、
「てってれえは駄目だよ! もう心に決めちゃってる人がいるもんねー?」
と、ニマニマと俺の顔を見上げながら答えた。
「えっ! 誰、誰!? あの中の誰か?」
「何言ってんだい! どろんぱちゃんのことでしょう?」
「ぶっぶー。同級生だけど、私のことじゃないし、あの中にもいないよー」
「えー! あの中にもいないの!? えっと、じゃあ……」
てんてんはすこし考える素振りをしてから、急にすっと目を細めて…………、
「……待って。あの中にいない、3人の女の子の内の誰かなのよね? もしかして、てってれえくんって…………ロリコン……?」
まるで犯罪者でも見るような目つきで俺を睨んだ……!
「い、いや、違いますから! ロリコンじゃないですから! そんな目で見ないでもらえません!?」
「……じゃあなびたんちゃんなの?」
「えっ、いや、それは……。違いますけど……」
「……あとの二人、どっち取ってもロリコンなんだけど……」
てんてんが引き気味にそう言った。
突然の不名誉なロリコン認定に、俺の隣にいるどろんぱが吹き出してゲラゲラと笑っている。
「い、いや、じゃなくてですね———」
すると、母親があの豪快な笑いをしながら、
「あっはっはっ! そりゃあうちの娘達じゃあ満足させられないわねえ! ……まあ、誰を好きになるかは人それぞれさ! こめっこちゃんじゃなけりゃあ、結婚も出来る歳なんだし。犯罪でもなけりゃあ、問題もないさね!」
「あっ、え、えっと、……で、ですよねー! 別にロリコンじゃないですよね! 犯罪でもないし!」
俺は母親の発言に乗っかって、こさみんが好きということにした。その方が都合がいいなら、乗っかるより他にない。
しかし、俺は重要なことを忘れていた。
ここにいる幼馴染が、そんな安泰を許すはずもないことを……。
「は? 何言ってんの? あんたが好きなのって、こめっこじゃん!」
「おっ、お前なあ! だから、好きじゃないって……」
ふと、厳しい視線を感じて、親子の方を見ると……、
「「「ロリコンじゃん」」」
てんてんばかりでなく、さっきまで笑っていた母親、果ては寡黙な父親にまで口を揃えてそう言われて、俺は居たたまれなくなって、逃げるようにみんなところに駆けて行った。
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