第5節

 ぷにまる達女子勢が、荷物持ちに選ばれた3人の憐れな男子達を伴って到着した後、俺達は飾り付け係と料理係に分かれて、明日の誕生日会の準備に取り掛かった。


 料理係には、料理が得意などろんぱを筆頭に、じゃすた、ぷにまる、こさみん、そしてどろんぱの強い推薦で俺が選ばれた。他の男子達は気の強いに命令されて、飾り付け係としてこき使われていた。



「———こっちもう終わるんだけど、玉ねぎ終わった?」

「そこに置いてる。肉も切り終わったし、一緒に置いとくからあと頼んだ。ジャガイモ茹で終わったか?」

「おっけー、……あと数分ってとこだね。ボウルのキュウリ、いい頃合いだと思うし塩もみしといてよー」

「おう分かった。肉の大きさ、こんなもんで良かったか?」

「んー、ま、いい感じだねー。そこ置いといて、ローストビーフと一緒にやっちゃうから。……あっ、ニンジン蒸し終わりそうだから急いでねー」

「ん、塩と胡椒で良いんだよな?」

「だねー。そこに置いといたから、出来たら味見するし声掛けてねー」

「りょーかい」


「「「…………」」」



 定食屋の厨房を借りている俺達は、時間が限られていることもあり、無駄話をほとんどせずにせっせと調理をしていた。と言っても、誕生日会に作り置きの料理ばかりというのは味気ないため、今日作るのは保存がきくものや調理に時間が掛かるもの、また下味を付けて寝かせておけるものなどに限られている。今取り掛かっているのはポテトサラダ、ローストビーフ、ウサギ肉や鶏肉の唐揚げの下味付けで、この後は揚げ物やピザ生地、ハンバーグ、その他の料理に使う様々な食品の下拵えをする予定だった。


 俺は味付けに自信がないため包丁などを使う作業に従事し、どろんぱは逆に味付けを確かめなければならない作業に当たっていた。


 そもそも定食屋で催すのだから、ぷにまるの両親や姉に任せてしまっても良いと思うのだが……。

 聞いたところによると、「友達の誕生日なんだし、自分達で出来ることは極力自分達でやろうよ」とどろんぱが言い出し、その心意気をあの気立ての良い母娘がいたく気に入ったらしい。

 そういう事情があって、いつもなら夕方まで営業している定食屋の暖簾を今日は昼で下ろし、俺達のためにそのスペースを貸してくれているのだ。



「……ねえ、一応確認するけど、ここってあんたのとこの店なんだよね?」

「ちょっと! 今軽くショック受けてるから、そういうこと言うのやめてよね」

「ぷにまるお役御免」

「こさみん? ほんと、結構ダメージ食らってるんだからね?」

「どろんぱが料理出来ることは知ってたんだけど……。まさか、てってれえもそっち側だったとはね……」


 厨房の隅に他の調理係が団子になって、引きつった顔で暇そうに突っ立っていた。


 と、そこにどろんぱが声を張り上げて、

「ねー! あんたら暇そうにしてないで、手伝ってよ!」

 と声を掛けた。


「いや、これあたしらいらなくない? ねえ、てってれえ、なんであんた無駄に料理属性付いてんのよ?」

「訳分かんねーこと言ってないでさ、手空いているならジャガイモ上げて潰しといてくんない?」

「わかった、ボクがやる」


 こめっこに負けず劣らず小柄なこさみんがトタトタと歩いて近付いてきたので、俺はジャガイモを鍋から取り出す手順を丁寧に説明し、それに必要な道具を手渡した。こさみんが力強く肯くと、その姿がどうにもこめっこに重なって見え、心配になり、「火傷しないように」ともう一度念を押してから鍋の側へ送り出した。


「まー、昔からよく二人でお菓子作りとかしたもんね。てってれえって体が弱かったから、あんまり外で遊んだり出来なかったんだよー」

「あんま覚えてないんだけどな」


「……それは知ってるけど、まさか料理が出来るとは……。ちょっと意外だったわ」

「どうしよう、……なんかあたし、涙出てきたんですけど。……これって玉ねぎのせい? 玉ねぎのせいよね?」

「現実を見な。あんた今、定食屋の娘として形無しよ。はっきり言ってかなりダサいわ」

「なあ、馬鹿言ってねーで手伝ってくれよ。野菜切るぐらいなら定食屋の無能な娘でも出来るだろ?」

「……ねえ、じゃすた、なんでだろ。……ひどいこと言われてるのに、怒るどころか、むしろ感心してるの」


「「「ドMじゃん」」」

 俺以外の女子が口を揃えて言った。


 俺は蒸し上がったニンジンを取り出して切るように二人に指示を出し、塩もみを終えたキュウリをボウルに入れてテーブルに置く。

 その時、背後から———


「あっ、落ちた」


 こさみんが茹で上がったジャガイモを盛大にぶち撒けた音が聞こえてきた。


「こさみん!? ……だから言ったろ、重たいから少しずつ出せって!」

「めんどかった」

「めんどかったって……火傷してないか?」

「いぇい」


 ピースをしたこさみんの手を取って、火傷していないことを確認し溜め息を吐く。


「はあ……、流しにぶち撒けただけだから、拾ってザルに入れて、軽く水を掛けといてくれ。皮むきは一緒にやろう」

「優男、ありがとう」

「どういたしまして。熱いから、くれぐれも気を付けてな」

「やー、過保護だねー」


 そんなどろんぱの軽口を聞き流し、ジャガイモを入れるための大きめのボウルを取りに棚の方へ、———


「痛ったぁい! 待って、指切った! 血出てるんですけどー!」


 行こうとした時、ニンジンを切っていた定食屋の無能娘が指を切って叫んだ。


「あははっ、なんであんたが切ってんのー?」

「うわっ、すっごい血出てるじゃん!」

「ちょ、止まんない! ねえ、これ止まんないんだけど!?」


 血がだらだらと流れる指を興奮して見つめているぷにまるをよそに、手近にある綺麗な布巾を流し台で水洗いしてしっかりと絞る。


「ほら、とりあえずこれで血拭いて。洗うから、ちょっとこっち来い」

 ぷにまるの手を取って、こさみんの隣の流し台に向かう。切れているのは左手の人差し指の第二関節辺りで、傷口をよく見てみると、思いの外深いことが分かった。


「あー、パックリ行ってんな。とりあえず、傷口洗うぞ」

 蛇口を捻り、「痛い」と文句を言い続けるぷにまるの手を水で洗う。

 ひとしきり洗い終えた後、さっき手渡した布巾を返してもらい、指先で傷口を押さえるようにして圧迫する。


「イタタッ! 痛いんだけど! 血止まんないし、押さえられるとめっちゃ痛いんだけどっ!!」

「はあ、だから今、止めようとしてんだよ。あーもう、しばらく黙ってろ」


 ついさっきまで興奮していたぷにまるは俺の言葉を聞いた瞬間、しゅんと肩を落として俯いた。

 怒ったつもりは微塵もなくて、どろんぱに対する時と同じような口調で言ったのだが、同級生の女の子に対する言い方としては語気が強過ぎたのかもしれない。


 俺は言い過ぎたと反省しすぐさま謝ろうと思い、ぷにまるの顔を覗き込むように首を傾げて————


「……そ、そんなこと言ったって、痛いもんは痛いし……! ……でも、なんでだろ。痛くされてるのに、なんだかドキドキするんだけど……。やだわ、あたし、てってれえに惚れそう……」



「「「「ドMじゃん」」」」


 今度ばかりは、俺も口を揃えて言った。

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