第4節

 その後、いっそこのまま帰ってやろうかと考えていたのだが、商業地区で待ち構えていた二人にまんまと捕まってお菓子屋に連れて行かされた。


 予想通りどろんぱは俺に奢らせるつもりでいたらしく、会計になって「100エリスしかない」と言いだした。財布を奪って中身を確認すると本当にそれだけしかなく、レジに立つ寝不足気味のおばちゃんの「早くしろ」という無言の圧と、こめっこの懇願するような潤んだ瞳に押し負けて奢ってしまった。

 もうここまで来たら一緒かと思い諦めて、喫茶店でも同じようにお持ち帰りのスイーツを奢った。結局、こめっこは約束通り合計6つのお菓子を選んだ。それに便乗して、自分の分も買わせようとしてきたどろんぱは頭を小突いて阻止してやった。


 喫茶店を出て、上機嫌でシュークリームを頬張るこめっこを連れて家までの道を歩き出す。何かと寄り道ばかりしたせいで、その頃にはとっくに集団下校をしている生徒達に追いつかれており、その集団の最後尾には、先程の宣言通りゆんゆんが立っていた。先頭ではなく最後尾にいるところがゆんゆんの人の良さを醸し出していた。


 俺達は3人で他愛もない話をしながらこめっこの家の前まで行き、やっぱり独りで留守番をさせられるのは寂しいのか、心なしか落ち込んでいるこめっこに「また明日」と別れを言って来た道を戻った。

 どろんぱと二人きりになってから俺は尋ねた。


「————今からぷにまるんとこ集まって、飾り付けすんの?」

「うん、そだよー。あと料理の下拵えとかもねー。ま、お店の営業もあるし、全部ってわけにもいかないんだけど」

「へー、結構本格的にするんだな、ご苦労さん」

「えっ、なんで他人事みたいに言ってんの? あんたも手伝うんだよ?」

「……は? なあ、俺って一応祝われる側だよな?」

「それはそれこれはこれ。じゃさ、逆に訊くけど、こめっこを祝ってあげようって気持ちはないんか?」

「……いや、それ自体はあるけど」

「あんじゃん。じゃ、参加決定だねー」


「……だとしても、とりあえず一旦帰らせてくれよ。じゃねーとまた、昨日みたいにねーちゃんが探しに来るかもしんないし」

「ふふんっ、昨日の今日で私が抜かると思ってんの? じゃすた達に言伝といたよ。……以上、で、反論はあるかね?」


 そこまでで、ぐうの音も出なくなったので黙って従うことにした。根回しが上手い幼馴染は、俺の沈黙を肯定と受け取って、勝ち誇るように喜んで、スキップすらして見せた。



          ※※※



「いらっしゃいませー!」

「いらっしゃい! ……あら、どろんぱとてってれえじゃないかい!」


 俺達が目的の定食屋に着くと、ぷにまるの姉と母親が出迎えてくれた。


「こんにちは」

「やっ! お姉ちゃんお母ちゃん、今日も綺麗だねー!」

 どろんぱのあからさまなお世辞に気を良くした二人が気恥ずかしそうに笑った。


「ほんと、あんたはお上手ねえ。……ぷにまるならまだ来てないけど、何か飲んで待ってるかい?」

「えっ、いいの? じゃー私はオレンジジュースで! てってれえは?」

「や、俺はそんな。申し訳無いし……」

「はあー? 何言ってんのさ」

「まったく、子供が遠慮するんじゃないよ! なんならご飯だって出すわよ!」

「いえ、お昼は食べたので……じゃあお言葉に甘えて、お茶を頂けますか?」

「はいよ! お腹空いたらいつでも言いなよ! ……てんてん! オレンジジュースとお茶、大きいグラスで持って来てやって!」


 ぷにまるの姉———てんてんは母親に大きな声で返事をして飲み物を入れに厨房へ行った。


 昼下がりということもあり、食事をしている客はまばらにしかいなかった。

 広々とした店内には二人掛けのテーブル席が4つ、四人掛けが5つあり、それに加えて厨房の前に、かなり手狭に思えるカウンター席が10席設けてあった。俺達は入って右の窓際の四人掛けのテーブル席に向かい合う形で座った。


 席に着くと、早速てんてんが飲み物を持ってきてくれた。そのグラスが、酒屋で偶に見る———たしか大ジョッキとかいう———とんでもなく大きいサイズだったため、俺は思わず目をひん剥いて驚いた。


 そんな俺の顔を見てニヤニヤと笑っているどろんぱがてんてんに、

「ありがとう! ようやく落ち着いたって時間にごめんねー」

 と、気さくに声を掛けた。それに続いて俺も軽く会釈をして「ありがとうございます」と言った。


「気にしなくて良いのよ、おかわりが欲しくなったら言いなさいな!」

「あははっ、そんなに飲んだらぶっ倒れるっての。でもありがと!」


 てんてんは俺達にニッコリと笑いかけて、厨房へと下がって行った。

 俺は驚いたままどろんぱの顔を見つめた。前々から人付き合い……特に、年上に対してのそれが上手いことは知っていたが、もしかして俺が思っていた以上なのかもしれない。「ぶっ倒れる」とか言っているあたり、猫を被っている訳でもなさそうなのに、どうして好かれるのか俺にはさっぱり分からなかった。そう言えば、うちの母親や姉もどろんぱに対しては娘や妹のように接しているし、こういうざっくばらんな性格が年上の人からすると、ある種の愛嬌に思えるのかもしれない。


「……なーに? そんなに見つめちゃってさ。……意外にも人付き合いが上手い私を見て惚れ直しちゃったって顔してない?」


 意外な人徳に感心していると、どろんぱがニマニマとした顔でそんな事を言った。


「や、ほんとすげーな。惚れたことは一回もないけど、お前ってただのデリカシーと礼儀のないアホの子じゃなかったんだな」

「あれれー? 後半貶されてる気しかしないけど、ま、ツンデレさんだしねー。褒め言葉だと思っとくよ」

「おう、たぶん人生で一番感心したよ」

「おっ、じゃ、今惚れちゃったか?」

「それはない」

「たはっ、即答かよ」


 どろんぱは笑いながら、とてつもなく大きいグラスのジュースを勢いよく飲む。それを見て、喉の乾きを覚えた俺も同じようにお茶を流し込んだ。


「でも、よくよく考えたら言伝とか、さっきの会話とか、……お前って言動には気遣いがないだけで、意外とちょっとした気は回るんかもなあ」

「えっ、なに、その話題続けんの?」

「なんだかんだで女子の中心にいるし、そう言えば、こめっこの扱いも上手いしな」

「……ばっか、そゆこと、面と向かって言わなくていいから……!」

「おっ、なに、照れてんのか? 惚れ直しちゃったか?」

「惚れ直さねーわ!」


 珍しくちょっと照れて赤くなっているどろんぱに、いつもの仕返しとばかりにニヤニヤとしたり顔を送る。

 どろんぱはまるで気恥ずかしさを飲み下せるかのように、大口を開けてジュースを流し込んだ。

 すると、話を聞いていたらしいぷにまるの母親が、その性格によく似合っている豪快な笑い方をしながら現れた。


「あっはっはっ! あんたらおしどり夫婦みたいだねえ!」

「いえ、夫婦じゃないです」


 俺が即答すると、ぷにまるの母親は心底意外そうな表情をして、


「あら、そうなのかい? こんなにいい女、滅多にいないよ! 口の悪さは素直さの裏返しさね。そのくせ性根は優しいときた! ……おまけに、周りをちゃあんと見てるから、よく気も回る!」

「わっ! わぁぁーっ! 聞こえない聞こえないー!」


 ぷにまるの母親に褒められて、ますます顔を赤くしたどろんぱは、耳を塞ぎながら大声で叫んだ。

 こんなにどろんぱが取り乱すだなんて面白いことは滅多にないので、俺はぷにまるの母親をけしかけてもっと褒めさせることにした。


「へー、そんなにいい女なんですかね?」

 すると、厨房にいたはずのてんてんが応援に駆けつけてきて、


「ほんとに、いいよ! 器量もいいし、勉強でも家事でも何でも御座れ! うちのぷにまるに爪の垢飲ませてやって欲しいよ……!」

「あんた知らないのかい? 服屋の店主のちぇけらなんて、『職人顔負けだ』ってこの子の作った服をいっつも褒めてんだから! 料理の腕だってそれに負けちゃいない、職人になれるレベルさね! 欠点らしい欠点なんて、おっぱいが小さいことぐらいしかおばちゃんは思い浮かばないよ。うちに息子さえいれば絶対に嫁いで貰うんだけどねえ」


「んがぁぁぁぁーっ! お母ちゃん、もういいからー!! この話題終わりー! 炸裂魔さーん! このお店吹き飛ばしちゃってくださーい!」


 羞恥心で首まで真っ赤になったどろんぱは、紅い目を光らせながらそんなことを叫んだ。母娘は言いたいことを言えたからか、満足気な笑みを浮かべてそれぞれの仕事に戻る。

 俺はいつもの意趣返しが出来てなんだかスッとした気持ちになり、いつになく大人しい幼馴染と向かい合ったまま、友人達の到着を待った。

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