第3節

「—————最上級生らしく、しっかり下級生を導いてやるのだぞ! 以上!」


 昼食を食べ終え、逃げるように教室を出た俺は、ばったり出くわした担任に首根っこを掴まれてそのまま教室に逆戻りさせられた。

 教員たちの協議の結果、今日は集団下校ということになったらしい。担任は校庭に集合し、下級生を連れて帰るようにと言い残して教室を去って行った。


 レッドプリズンには、全4学年で生徒は40人弱いる。ざっくりとした計算だが、1人につき2、3人の下級生を責任持って家まで送り届けなければならない。


 クラスメイト達は不満を口にしつつも、荷物を持って校庭に向かう。その場にいる人数からして下級生達はすでに大半が集まっていることが分かった。

 同じ学校には通っていても、このように学年が違う生徒達が一堂に会する機会は滅多になかったため俺は壮観さすら覚えた。


「じゃ、うちらはこめっこ送ってくから、また後でねー」


 どろんぱはクラスメイト達にそう言って手を振り、俺の右腕を取って一足先に校門へと歩き出した。その後ろから、パタパタと小さい歩幅で跳ねるようにこめっこが付いてきた。


 こめっこを除く学校の子供達はみな里の集落に自宅がある。それではこめっこだけ独りで下校することになるため、どろんぱが担任に申し出て付き添いをすることになり、そのどろんぱが帰りに独りにならないようにと、さらに俺が付き添いに選ばれた。そのため、俺達は校庭に集まる全校生徒達には混じらずにそのまま下校することが許されていた。


 校門を出て、どろんぱはこめっこの家までの近道を行かずに、お菓子を買い与えるという約束を守るために商業地区へと向かった。俺は後ろから付いてくるこめっこを定期的に振り返って見ながら歩いた。

 途中で俺の視線に気がついたこめっこは、何を思ったのか、俺の左腕に掴まってきて、どろんぱの反対から腕を引き始めた。俺は投げ遣りな態度で二人に腕を引かれるままに歩いた。


 族長の家の前に差し掛かった時、急にこめっこが腕を引くのを止めて走り出した。俺達は顔を見合わせ、首を傾げながらこめっこの方に目をやると、軒下にゆんゆんがいるのがわかった。


「ゆんゆん、お腹空いた! ご飯ちょうだい!」

「こ、こめっこちゃん……!? べ、別に何か持ってきてもいいけど…………。その制服来てると、ほんとにめぐみんに似てるわね……」


 急に距離を詰められてご飯をねだられたゆんゆんは困り顔をしながら屋内に戻っていった。そわそわと待ち切れない様子のこめっこの傍らに立ち、数分程待っていると、ゆんゆんが袋に入れたパンを数切れ手に持って玄関から出てきた。


「……これだけ?」

「き、急だったから仕方ないでしょ……! 作り置きとかもなかったし……」

「……ゆんゆんはしみったれ」

「しっ、しみったれ!?」


 ご飯を差し出したのに罵られるゆんゆん。

 そんな可哀想なゆんゆんに同情して俺は苦笑いを浮かべる。

 と、俺の隣からどろんぱがひょこっと顔を覗かせて、


「ねね、のゆんゆん! これから里の巡回?」

「ど、どろんぱちゃん……! 前にも言ったけど、その呼び方やめてよね!」

「えー、じゃー、……雷鳴! これから里の巡回?」

「えっ、そっち!?」


 意外なことに面識のあるらしい二人がそんなやり取りを始めた。もっとも、二人を知る俺の目には、ゆんゆんはどろんぱを苦手としているように映ったが……。


「……さ、里の子供達が帰るって聞いたから。その、……じっ、次期族長として、引率してあげようかなって思って……」

「あー、存在感薄いから、そんなことでもしないとすぐ忘れられちゃうもんねー」

「ねえ、二人ってもしかして私のこと嫌いなの……!?」


 自分の同級生の……それも、年の離れた妹達に罵倒され、涙目を浮かべたゆんゆんが助けを求めるように俺の方を見る。

 傷付けた当の本人達は、素知らぬ顔をしてゆんゆんが持ってきたパンを分け合っていた。

 二人のこれはいつものことなので、俺を見られても困るんだけどなあと考えつつ、


「あー、……そう言えば、昨日の犯人まだ捕まってないんですか?」

「え、あっ、う、うん……。さ、里の皆で探したけど、それらしい人はいなかったのよね……。もしかすると、テレポートで逃げて行ったのかも……」

「……自警団って名目があって許されてるのに、自警出来てなかったら、それはもうただの無職で無能な集団でしかないよねー」


「…………ね、ねえ、てってれえくん。優しいのは良いことだけど、友達はちゃんと選んだ方がいいと思うわ……」

 そんな、至極真っ当な意見を言うゆんゆん。


「テレポートって……襲撃者は魔法使いってことですか?」

「う、うん。……魔法陣の破壊に使われたのも炸裂魔法だったし、里の皆もたぶんそうなんじゃないかって睨んでるみたいよ……」

「魔法使いは魔法使いでも、炸裂魔法とテレポートが使えるんなら、アークウィザードの可能性もありますよね……」


 俺達が真面目な議論をしていると、パンを食べ終えたどろんぱが横合いからずいっと顔を覗かせて、

「やー、意外と犯人、紅魔族だったりするんじゃない?」

 と、そんな事を言った。


「えっ!? そ、それは考えもしなかったけど、……どうしてそう思うの……?」

 ゆんゆんが訊き返すと、どろんぱは得意気に貧相な胸を張って答えた。


「それはねー、今、里にちょー綺麗な人がいるからだよー」

「昨日言ってた人か? それがなんで転送屋の襲撃に繋がんの?」

「おバカ、簡単な推理でしょー。あのお姉さんは、転送屋を使って来てるんだよ? そんでもって、明日には王都に帰る予定だった。……つまり、犯人はそれをどうにかして聞き出して、バンシーさんを帰らせないようにしたんだよ、口説くために!」


「なっ、なるほど……! だとしたら、犯人は里の男の人って可能性が……っ!」

「だねー。靴屋の倅の……なんとかってニートとか特に怪しいよー。今すぐ捕まえた方がいい」

「靴屋の……ぶっころりーさん!? で、でも、あの人は……。とりあえず、事情を聞いてみるわね……!」


 どろんぱの荒唐無稽な推理を馬鹿真面目に聞き入るゆんゆん。

 たしかに、里の男達がやったかやっていないかと訊かれると、素直には否定出来ない。実際、それぐらいぶっ飛んだ奴がいてもこの里の男なら充分あり得る。しかし、それにしても……。


「……いや、それは流石に。いくらこの里の男達って言っても、相手がアイリス王女でもない限りそんな馬鹿しでかさねーだろ……。どんな絶世の美女なんだよ、その人」

「だーかーらー、昨日言ったじゃん、それはもうとんでも半端ない綺麗な人なんだって! ね、こめっこ?」

 どろんぱに訊かれて、パンを食べ終えたこめっこが会話に参加する。


「うん、すんごい綺麗な人だった。まじぱねえ」

「……だとしても、里の男達もそこまではやんないって。そんなもんやってたら、ほとんどケダモノじゃねーか」

「この里にいる男なんてそんなもんでしょー、年中発情期のケモノばっかじゃん。ねー、こめっこ」

「昔、姉ちゃんが言ってたよ、『男はみんなケダモノだ』って」

「……あの子、年の離れた妹になんてこと教えてるのよ……」


 なにやらドン引きしているゆんゆんをよそに、どろんぱはさっと胸を隠すように自分の体を抱きしめた。


「やーいやーい! てってれえもきっとケダモノなんだよー。うちらとかゆんゆんの豊満な体見て、きっと発情してるんだー!」

「はあ!? お前のまな板みたいな体になんか発情しねーわ!」

「わっ! こっち見たー! ほらこめっこ、逃げるよー!」


 どろんぱはそう言い残して、隣でぼーっと立っているこめっこの手を引いて走り出した。

 二人の背中を見送った俺が溜め息をひとつ吐きゆんゆんへと向き直ると、……ゆんゆんは頬を真っ赤にしながら、先程どろんぱがしたようにさっと胸を隠した。


 ……なにやってんだこの大人は。


「てっ、てってれえくん……。そ、その、仲良くしてくれるのは嬉しいんだけど……ま、まだそういうのは……」

「……ざけんな行き遅れ」

「いっ、行き遅れ!?」


 本日三人目の誹りを受け、再び涙目になったゆんゆんを放っておいて、俺は二人を追いかけた。

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