第2節

「さっき下級生の子に聞いたんだけど、魔王軍の残党の仕業らしいよ」

「え、そうなの? 俺は爆殺魔人もぐにんにんが復活したって聞いたんだけど」

「爆殺魔人もぐにんにんは里には危害加えない」

「それもそうだな……。でも、魔王軍の残党だとしたらかなり危険じゃね?」

「大人達が夜通し捜索したが、足取りは全く掴めなかったらしいね」

 


 ————テストの翌日、レッドプリズンはどこもかしこもそんな噂で持ち切りだった。


 なんでも、昨晩、里の転送屋が何者かの襲撃を受けたらしい。

 里中に襲撃を告げる鐘の音がけたたましく鳴り響き、里のニート達もとい、自警団と有志の大人達による大掛かりな山狩りが行われたらしいが、犯人は捕まっていないとのことだった。


 クラスメイトの大半は鐘の音で叩き起こされて、犯人の捜索に出る親族を見送ったとのことで事情を把握しているらしいが、俺はというと、テスト期間の疲れもあって昨晩はかなり熟睡していた。よって、警報のことも知らなかったし、家族が捜索に駆り出されていたことも朝食時に母親達の口から聞いて初めて知った。


 もっとも、そんな話を聞いても「へえ」ぐらいの感想しか思い浮かばなかった。あとはひどく疲れた様子の姉にお茶を淹れてあげて、「お疲れ様」と労ってやったぐらいだ。

 というのも、出戻り組の子供たちは知らないだろうが、魔王軍がまだ健在だった頃はこんなことは日常茶飯事で、一度は里が魔王の娘にすっかり占領されてしまい、避難生活を余儀なくされたことすらもあったからだ。

 確かに久しぶりではあるが、その当時を知っている子供達からすれば、里の転送屋が爆撃されたぐらいのことは特段驚くほどでもなかった。おかげで午後の授業がなくなり、昼食を食べ終えたら帰れるとのことでむしろラッキーぐらいに思っていた。



「……こめっこはうちらで送ってくからさ、みんなは取り敢えず一旦帰って、また後で集合しよー」

「ああ、そうしようか」

「ついでに飾りとか色々持ってくよ! 結構多くて困ってたんだよね」

「そんなん男子に持たせればいいでしょ」

「ナイスアイデア」


 教室で昼食を摂っていると、固まっている女子のグループからそんな内容の会話が聞こえてきた。

 さも当然のように男子を使うと言っているが、もちろんその輪に男子は一人もいない。

 俺は下手に会話に割り込んでその不幸な男子とやらに選ばれないように、黙って昼食を食べ続けた。ふと周りの男子達の顔を盗み見ると、どうやらみんな同じ考えであったらしいことが分かった。


「わたしも行きたい!」

 こめっこが不満げに口を尖らせて言った。


「だめよ、あんた主役なんだから。明日のお楽しみね」

「もういくつ寝ると、ってやつだね」

「ワクワク」

「ううっ……こ、こめっこ。……かわいそうですけど、こればっかりは駄目なんです」

「うちらでしっかり用意しといてやるから、今日は家で楽しみにしてなさいな!」


「……まあそれに、せっかく料理の下拵えしても、あんた全部つまみ食いするでしょ」

「しないよ」


「「「嘘つけ」」」


 満場一致で否定されたこめっこは、寂しそうにしゅんと俯いた。

 すると、こめっこの隣でおろおろしているねるねるの弁当箱から、どろんぱが箸の先でひょいっとフルーツをひと切れ奪ってこめっこの口元へと運ぶ。

 こめっこは相変わらず俯いていたが、それでも口元に現れたフルーツをパクっと一口で頬張った。


「こめっこー。帰りお菓子屋か喫茶店寄ろっか、ご馳走したげるよー」

「えっ、いいの!?」

「うん、いいよー。その代わり、今日は大人しく家にいること。今日お菓子を食べて、明日にはとびっきりのご馳走を食べる……どうよ?」

「いいと思います」


 お菓子という単語に反応したこめっこは、椅子に座り直してどろんぱの話をうんうんと聞いていた。

 と、その様子を眺めていたじゃすたが頬杖を突きながら不満そうに、


「なんであんた次女のくせに、こめっこの扱い上手いのよ、ムカつくわ」

「たはっ、じゃすたぶっ殺すよー?」


 取っ組み合いを始めた二人をよそに、すっかり機嫌を直したこめっこは満面の笑みを浮かべて、涙目のねるねるが口元に運んでくるフルーツを次々と頬張る。


「なんてったって、大親友だからねー。こめっこ、いつもはお菓子2つまでだけど、今日は特別に6つ選んでいいよー」

「6つも!?」

「ま、私の奢りじゃないし。前祝いだ! 持ってけ泥棒ー!」

「大親友かっけえ!」


 両手を挙げて喜ぶこめっこを盗み見ていると、その右隣に座ってニヤニヤ笑うどろんぱと目が合った。


 …………今あいつなんて言った?


 それだけのことで、どろんぱの大盤振る舞いの理由を理解した俺はふいっと目を逸らし、食べ終わったら急いで帰ろうと心に決めた。

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