第9節

「紅魔の里って、本当におかしな所ばかりだったのね……」


 わたしの家に向かう獣道で、疲れた顔のバンシーが突然そんな事を呟いた。


 ———謎施設を見て回った後、わたし達はついでにと帰り道にある『願いの泉』に立ち寄った。バンシーはその静謐な雰囲気が気に入ったようで、しばらくは木陰にポツンと佇む泉の側で祈りを捧げて安らいでいたのだけど、例によってどろんぱが願いの泉についての逸話を丁寧に説明すると、急に興が冷めたという顔になって立ち上がり、ズカズカと先を歩きだしてしまったのだ。


「ね、言った通りだったでしょ? ……まあ他にも、丘の上で告白して結ばれたカップルが、一生別れられない呪いにかかる『魔神の丘』とか。あと山の頂上にある、『そこに行けばいつでも魔王の娘の着替えが覗けます』が売りの展望台とかがあるかなー」

「…………貴女達はそれで良いの?」


 ドン引きしているバンシーが生気のなくなった目でどろんぱを見つめる。


「だから言ったじゃん。この里、ほんとすごいところとか無いんだって!」

 どろんぱはよそからきた観光客に、里がすごくないということを誇らしげに語って胸を張った。


「…………ところで、たしかその展望台って、数年前、魔王軍に里が占領された時に破壊されたって聞いたのだけど……?」

 意外と里についてしっかり下調べをしていたバンシーがそんなことを尋ねた。


「ん? よく知ってんね。たしかに、何年か前に魔王軍に里が占領された時、魔道具ごと破壊されたらしいんだけど。なんかそのあとすぐに建て直したらしいよー」


 ねっと後ろを振り向いたどろんぱにわたしは肯く。

「うん。わたしの家がボンッてなって無くなった時だね」

「あー、確かそうだったね。そんで家、綺麗になったんだよねー。……てか、あれってなんで攻めてきたのか覚えてる?」


「……たしか、展望台の秘密がバレたんだよ。それで魔王の娘が怒ってたんじゃなかった?」

 どろんぱが器用に指を鳴らして答える。

「それだ! で、里を占領したうえに、壊してくぐらい魔王の娘っ子が気にしてるんなら、逆にいつまでも残し続けてやろーってすぐに建て直したんだ」



「…………貴女達怖いわ」

 と、わたしの後ろを歩くバンシーが震えた声で言った。



          ※※※



 そうしてしばらく歩いていると獣道が終わり、わたしの家のすぐ前の道に繋がった。


「じゃ、こめっこ、また明日学校でねー。私は家あっちだし、バンシーさん宿まで送ってから帰るよ」

「うん、ありがとう、気を付けてね! ……バンシーさんも今日はありがとうございました、楽しかったです」


 わたしはどろんぱに向けて手を挙げた後、バンシーの方へ向き直り丁寧にお辞儀をした。

 バンシーは相変わらず疲れたような顔をしていたものの、頭を下げたわたしを見て出会った時と同じように柔らかい笑みを浮かべた。


「こちらこそ、本当にありがとう。色々と貴重な経験をさせてもらって楽しかったわ……本当に、色々と…………」

 なんだか含みがありそうな言い方をするバンシー。


「ねっ、楽しかったでしょ? 魔性の妹達のガイドはどうでしたかー?」

「ええ、もう。こめっこちゃんとどろんぱちゃんのことは、絶対に忘れられないわよ。これから里のことを思い出す度に、貴女達の顔が浮かんでくると思うわ……」


 困ったように微笑みながらバンシーは答える。

 それを聞いてにししと嬉しそうにはにかむどろんぱをわたしはじっと見つめて警告した。


「……どろんぱ、次はないよ」

「たはっ、あんたほんとしつこいねー」

「お前が言うな」


 わたしの非難を笑いながら聞き流し、「じゃーねー」と言い残してどろんぱは商業地区の方へと歩き出す。

 別れ際に軽くお辞儀をしたバンシーにわたしは大きく手を振って返し、二人に背を向けて自宅へと続く道を歩き出した。



          ※※※



「あら、おかえりなさい。遅かったわね?」


 自宅の玄関の前に着くと、庭のカリフラワーがわたしに気付いて声を掛けてきた。


「ただいま! カリフラワー、大きくなった?」

「えっ!? え、ええ、もちろん大きくなったわよ。明日も頑張って大きくなるわね!」


 苦笑いで体を広げてみせたカリフラワーに元気よく「うん!」と頷き、ローブのポケットからカギを取り出して、扉の鍵穴に差し込む。


「あ、こめっこ。もう二人、帰ってきてたわよ」

「ほんと? じゃあ晩御飯出来てるかな。ありがと!」


 優しく手を振るカリフラワーに手を振り返し、鍵穴からカギを抜き取ってもとのローブのポケットへと戻してから玄関に入る。


「ただいまー!」

「おー! こめっこ! 遅かったじゃないか!」


 わたしの帰宅にいち早く反応したお父さんが、リビングから顔を覗かせて出迎えた。


「お父さんただいま! ご飯なに?」

 急いでローファーを脱ぎ、ドタドタと長い廊下を駆けてリビングへと向かう。

 台所ではエプロンを着けたお母さんがフライパンで何かを焼いており、その香ばしい匂いがわたしの鼻腔をくすぐった。


「おかえりなさい、こめっこ。なんと今日は、ちょっとだけお肉が入ったハンバーグです!」

「え!? お肉が入ってるの!? いつものパサパサのじゃなくて、ちゃんと脂が入ってるやつ!?」

「ちゃんと肉汁が出てくるやつよ。一昨日にまよまよさんから頂いた大量の御赤飯がまだ余っているし、たくさん食べていいからね」

「たくさん!? いいの!?」

「ええ、もちろんよ」


 そんなわたし達のやり取りを側で見ていたお父さんが、訝しげな顔で腕を組み、「しかし、なんでまよまよさんはいきなり御赤飯なんて持ってきたのだろうな。それも、あんなに大量に……」と独り言のように言った。


「あらあらあなた、そんなもの決まっているじゃないですか。まよまよさんとこのてってれえくんとこめっこが、そういう仲ということでしょう?」

「なっ、なにを言うか母さん!? たとえどれほどの食料と金を積まれようと、絶対にこめっこはやらんぞ!」

「嫌だわあなた、いい加減娘離れしてくださいな。こめっこももうそういう年頃になったのですよ」

「認めん! 絶対にワシは認めんぞ!! ……こめっこ! まよまよさんの息子さんとはどういう関係なんだ?」


 ちゃんとお肉も入ったハンバーグが焼かれる様をお母さんの隣でワクワクしながら眺めていると、いきなりお父さんが食卓の方からずいっと顔を覗かせて訊いてきた。


「ん? なにが?」

「まよまよさんの息子さん、てってれえくんとは、どういう関係なんだ? そんなに仲が良いのか?」


 お父さんの質問に、わたしは少し考えてから答える。


「うーん、……席も隣だし、たぶんどろんぱと同じくらい仲が良いよ」

「どろんぱと言えば、たまに家に来るまるたけさんとこの娘さんだな? もしかして、クラスの中で一番仲が良いのか?」

「……うん、そうだね。あと毎朝おにぎりくれるし、このローブも綺麗にしてくれたんだよ!」


 お母さんから少し距離を置き、わざとらしくクルリと回ってみせると、てってれえに綺麗にしてもらった上着の裾がヒラリと膨らんだ。なぜかはわからないけれど、お父さんはそれが気に入らなかったようで拳を握りしめながらギリリと歯ぎしりをした。


「ぐぬぬ、おのれ。親子そろって餌付けという訳か! ……こめっこ! お父さんはそんなやつとの付き合いは絶対に認めんぞ! 今後、学校でも外でも話してはならん!!」

「いや」

「あなたったら、何を言うんですかまったく。……こめっこ、気にしなくていいから、てってれえくんともっと仲良くなるのよ。めぐみんが思ったより遅いから、お母さんはあなたに期待してるからね。早く孫の顔を見せてちょうだい」

「かっ、母さん!?」


 なにやら二人で盛り上がり始めた両親をよそに、わたしはもうすぐ焼けそうなお肉の入ってるハンバーグを入れるためのお皿を食器棚から取り出す。


「だいたい、娘の恋路を邪魔するなんて、父親としてどうなのです? 恥ずかしくないのですか?」

「もちろん恥ずかしくないとも! ……いいかこめっこ、あの男とは今後仲良くするんじゃないぞ!」


 取り出したお皿を調理しているお母さんの側に置き、何度も何度もしつこいお父さんにわたしは少しイラッとして怒りを露わにした。


「いや! お父さんネチっこい! うるさいっ!」

「ねっ、ネチっこい!?」



 そう言い残して、未だに何かを叫ぶ父を尻目に、上着のローブを脱ぐために2階の自室へと向かう。

 ローブをハンガーに掛けてシワを伸ばしていると、階下からお母さんが大きな声で「ご飯ができたわよー!」と叫んだ。

 わたしも同様に大きな声で返事をし、机の上に置いてあるブラシでローブの毛玉を取って表面を整えてから、駆け足で階段をおりていった。

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