第7節

「そう言えば—————」


 元・女神が封じられた地をわたし達が通り過ぎた頃、急に思い出したのだろう出し抜けにどろんぱが尋ねた。

「バンシーさん、うちらと会った時、不審者かーってぐらいキョドってたよね? なんで?」


 ついさっきまで故郷の話を根掘り葉掘り訊かれていたバンシーは、どろんぱの思い付きによる突然の話題の変化に驚いて目を見開いた。


「あっ、いや、その…………実はね……。この里に着いてから、誰もいなくてもずっと誰かの視線を感じていて………ね。そんなはずないって思っても、気になっちゃって…………」


 そんな奇妙な回答を聞いたわたし達はしばらく考えた後、たぶん、同じ結論にたどり着いてお互いの顔を見合った。


「やー、バンシーさん綺麗だしねー……」

 それとこれと何の関係があるのか分からないバンシーはきょとんとして首を傾げ、訳知り顔のどろんぱを見つめる。どろんぱは丁寧に順を追って説明を続けた。


「この里にもね、少子化ってのが起こってるんだよー。なんせ小さい集落だから、近くにいる異性なんて物心ついた時から知ってる顔ばっかでしょ? んなもんで、里の中で恋愛しようなんて人も少なくなっててね、男も女も独り身が増えてるんだなー」

「……ええっと、そうなの? この里も大変なのね……」

「そ。……だ、か、ら。バンシーさんみたいに綺麗で、おまけに家柄も良さそうな外の女の人っていうのは、そういう里の男からすれば絶好のターゲットなわけよ」


 バンシーは腑に落ちていない様子のまま話に耳を傾けている。

「でも、閉鎖的なこの里にいるチェリーどもが、いきなり外から来た女の人…………それも、身の丈に合っていないような人を口説くなんて、出来るわけないよねー」

「…………えっと、だから遠巻きに私を見ていた……ってことかしら? でも、周りを見ても誰もいなかったんだけど……」


「光の屈折魔法です」


 相変わらず話が飲み込めていないバンシーにわたしが答える。どろんぱはやっぱり同じ結論を出していたようで、うんうんと首を振りながらわたしの発言を引き取って続けた。


「いきなり口説くことは出来ない。けど、話すきっかけが欲しい童貞共が、バンシーさんの周りに待機してたんだろうねー。光の屈折魔法なんてうちらの里では出来て当たり前だし、ひとりふたりじゃなかったでしょーなー」

「…………光の屈折魔法で、姿を消して私を見ていた、ということかしら……?」


 にわかには信じられないという声音のバンシーは、わたし達が二人そろって頷いているのを見てようやく納得したようで、引きつった顔でドン引きしていた。

「罪作りな女性ですなー」

「魔性の女ですね」


 声をそろえて言うわたし達の真ん中で、バンシーは目線を落として困ったように溜息を吐く。


「やっぱり、気のせいではなかったのね……。今までもそういう、……旅先で男性から声を掛けられることはあったのだけれど…………ここまで陰湿なことは無かったわ…………」


 肩を落とすバンシーの背中をわたし達は慰めるように擦る。バンシーはわたし達の気遣いに小さく「ありがとう」と呟いてみせた。


「…………その、滞在中ずっと見られるのもなんだか嫌なのだけれど……。どこか、里の人があまり近付かないような、落ち着いた場所とかはないのかしら?」

「落ち着いた場所かー。……どこもかしこも、だいたい里のニートの散歩スポットだしなー」


「…………謎施設なら、あんまり人が寄り付かないかも」

 私がそう言うと、どろんぱはそれだとばかりに大げさに指を鳴らし、落ち込んでいるバンシーの腕を取る。


「今から行く観光名所なら、里の人も滅多に近寄らないし落ち着けると思うよ!」

「……え、本当? 今度は詐欺じゃない……?」


 ほんの少し嬉しそうな表情を浮かべたものの、ついさっき聖剣の岩で騙されたことを思い出したバンシーは少し警戒してわたし達を見つめる。どろんぱは苦笑いを浮かべて「違う違う」と否定してから、これからわたし達が行く観光施設である《謎施設》の説明を始めた。


「謎施設ってのはね、とにかく謎の施設なんだよー。何のために建てられたのかも、いつ頃からあるのかも全くわかんないの。今は特に危険とか無いんだけど、謎過ぎて不気味だから紅魔族はあんまり近付きたがんないんだよねー」


 そんな全く何一つ明らかになっていない謎施設についての詳細な説明を、バンシーは警戒したように訝しげな表情で聞いていた。

 まあ謎だから謎施設なわけで、こればっかりは誰が説明したとしてもきっとどろんぱと同じようなことしか言えないだろう。


「ま、百聞は一見に如かずだよ。日も暮れてきたし、ちょっと急いで行こ!」


 腕を引くどろんぱにつられてバンシーも駆け出す。

 少し歩き疲れたわたしはあくびを一つして、重たくなってきたまぶたを手の甲でゴシゴシと擦り、二人の背中を追いかけて走り出した。

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