第5節
2時間に渡るガールズトークを終えたわたし達は、まるでこの前のてってれえとの寄り道をなぞるかのように服屋を訪れていた。
なんでもわたしの為に、明後日の誕生日会に着ていく私服をプレゼントしてくれるらしい。
「あんた普段から制服ばっかりだし。ちょっと早いけどあたしらがプレゼントするから、好きなの選びなさいよ」
どうやら今日の女子会の主目的はこれだったようだ。わたしはみんなに「ありがとう!」と丁寧にお礼を言い、一着一着試着して見せて、似合うかどうか意見を伺いながらじっくり小一時間ほどかけて服を選んだ。
服を買い終えた後、どろんぱと店主がなにやら話があるとのことで店の奥に消えていったため、わたし達はどろんぱを待つ間、陳列されている商品を見て回り時間を潰していた。
「ふふふっ、どう?」
「わっ、似合ってます!」
「ちょっと待ちたまえ。……こさみんのように小柄な体より、私の成熟してスラリとした体のほうが眼帯は似合うはずだ」
「どんな理屈」
見覚えのあるそんなやり取りを横目に、わたしも一緒になって小物のコーナーを見る。
先週から特に品揃えが変わっている訳ではないため真新しさもないが、あの時とは一緒にいるメンバーが違うためそれはそれでまた楽しく思えた。
…………そういえば、この前はてってれえがヘアピンを選んでくれたんだっけ。
ほんの6日前のことなのになんだか懐かしい気がして、わたしはてってれえが選んでくれた三つ星のヘアピンを探す。
しかし、いくら探してもそれは見当たらなかった。
売れてしまったのだろうか。他の商品は変わっていないのに、あのヘアピンだけが運悪くなくなっている。
べつに欲しかったわけではないのだけれど、なぜか得も言われぬ寂しさを少し感じたわたしは、肩を落として小物コーナーを去り、様々な色のローブが掛けてある棚をなんとなく物色する。といっても、お金もないので買うわけではないけど。
10分程そうして時間を潰していると、店主との話を終えたどろんぱが店の奥からわたし達の元に駆け寄ってきた。
「や、ごめんねー。お待たせー」
どろんぱも合流したわたし達は、店主に一言礼を告げて店を後にする。
一番に店を出た私は、店先に面している通りで後ろを振り返り、もう一度みんなに「ありがとう」と笑顔で感謝を伝えた。反応はそれぞれ違ったけど、みんな一様に照れ臭かったらしい。みみっとが少し赤くなっている頬を掻きながら、気恥ずかしそうに「喜んでもらえて良かったよ」と答えた。
「これからどうする? まだ早いけど」
全員が大通りに出るなり出し抜けにどろんぱが尋ねた。
「あたしはそろそろ帰ろうかな。テストもあったしちょっと眠たい……」
「ボクも」
「えー。みみっととねるねるは?」
どろんぱが不満気に頬を膨らませてそう尋ねると、二人も同様に少し疲れたらしく、一言断りを入れてから「帰るよ」と答えた。どろんぱは少しごねたもののすぐに観念し、わたしを家まで送っていく旨を4人に伝え、ざっと挨拶をして歩き出した。
わたしは4人と手を振り合って「ばいばい」と別れの挨拶をし、先を行くどろんぱの後を駆け足で追いかけた。
※※※
「んー? あれ誰だろ?」
わたし達が並んで雑談しながら家までの道のりを歩いていると、大衆浴場の方から、日傘を差した不審な女性がなにやらきょろきょろと周りを警戒しながら商業地区……わたし達の方に向かって歩いてきていた。
その女性は遠目に見ても端正な顔立ちをしていた。
「観光客? 紅魔族じゃないよね」
「うん、冒険者かも」
紅魔の里では珍しい観光客を見つけたどろんぱはニヤリと悪戯な笑みを浮かべ、全く物怖じする様子も見せず、手を挙げてそそくさと女性の方に駆け寄っていく。
「お姉さーん! 観光ー?」
突然声を掛けられたことにその女性は驚きつつも、駆け寄ってきたどろんぱに不思議と魅入ってしまう柔らかい笑みを浮かべて答えた。
「えっ、ええ、今日着いたのだけど……。里のことがよくわからなくて、どこに行こうかと困っていたのよ……」
心地の良いおっとりとした口調でそう答えた女性に近付いたどろんぱは、唐突にばっと決めポーズを取って紅魔族恒例の名乗りを上げる。
紅魔の里では、初めて里を訪れた観光客には必ず名乗りをすることになっており、それがある種の歓迎の意を表していた。わたしも遅れじと二人に駆け寄り、どろんぱと並んで決めポーズを取る。
「我が名はどろんぱ! アークウィザードにして…………うーん……紅魔族随一の魔性の妹!」
「我が名はこめっこ! 最強のアークウィザードを姉に持つ、紅魔族随一の魔性の妹! …………どろんぱ! 真似しないでって言ったよね!」
わたしは頬を膨らませてどろんぱを咎める。
あれだけ真似しないでって言ったのに、この女は……この女は!!
ニヤニヤとしたり顔で、まあまあと宥めてくるどろんぱをなお睨みつけて責めていると、お姉さんは突然の名乗りと揉め事に驚いたらしく、おろおろと手を振って慌てふためいていた。
「え、えっと……、どろんぱちゃんに、こめっこちゃん? 喧嘩しないで……ね? 一応訊くけど、それってあだ名ではなくて本名なのよね?」
「もちのろんですよー。お姉さんはなんて言うの?」
わたしの抗議をさらりと躱したどろんぱがお姉さんに向き直って尋ねる。お姉さんは一度目を閉じて胸に手を当てながらふうと短く息を吐き、やがて意を決したかのような顔でこちらを見て口を開いた。
「わっ、我が名はバンシー! よっ、よろしくね……っ」
「「おおー!」」
綺麗な見た目に反して思いの外ノリの良いお姉さんに、わたし達は二人そろって拍手を送る。お姉さんはそれでさらに恥ずかしさがこみ上げたらしく、耳まで赤くした顔を両手で隠してわたし達から背けた。
近くで見るとお姉さん……バンシーは、より一層整った顔立ちをしているのが分かった。二十代前半ぐらいだろうか。スラリとした体型だが出るとこはそれなりに出ており、服の間から見える肌はまるで新雪のように滑らかで白く、処女雪のようにシミ一つない。紅魔族と同じ赤い瞳は陽の光の下でところどころに金箔を散りばめたかのような輝きを放ち、見る者をみな惹きつける不思議な魅力を持っていた。腰程まで伸びた女神エリスを思わせる銀髪をリボンで縛って首の横から垂らしており、その毛先がサラサラと風になびくたびに肌の白さと相まって雪煙を思わせた。真っ白なシャツと白い日傘に対して、下半身は翡翠色のスカートを履いていた。それがアクセントとなってバンシーの美しさを際立たせており、全体像を捉えるとまるで壮麗な雪山のような印象を覚えさせた。
「ねね、バンシーさん、里のこと分からないって言ったよね? 私らちょうど暇してるし、良ければ案内してあげようか?」
未だに顔を背けるバンシーにそう言いつつ、どろんぱは目でいいよねとわたしに同意を求めてくる。
さっきの名乗りのこと許したわけじゃないし、何よりここ数日テスト勉強でかなり寝不足だったので、正直なところ早く帰って寝たいと思っていたんだけど……。
でも、せっかくの観光客だし、まあ仕方がないかと思い至り、どろんぱにアイコンタクトで同意すると伝える。
「良いの? ごめんねっ、ありがとう。どろんぱちゃん、こめっこちゃん」
「いえいえー。ノリも良くてこんなに綺麗なお姉さんを案内するのは紅魔族として当然だよー」
「あ、待ってどろんぱ。わたし服置きに帰りたい」
「んー、じゃあこめっこの家から学校までの道使う? バンジーさん、ちょっとした獣道通るけど、大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ。お気遣いどうもありがとう、よろしくね」
同性をも思わずドキッとさせるような麗しい笑顔を浮かべたバンシーが、丁寧に礼を述べながら小さく頭を下げる。
わたし達はバンシーの両サイドを固めて立ち、3人で並んで家までの道を歩きだした。
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