第4節
「……じゃあてにすけは?」
「てにすけは家庭的っぽいよね」
「たしか自分でお弁当作っているって言っていたねえ」
「えっ、毎朝? すごいですね……」
「だよね、あたしなんてほとんど料理したことないわ」
「どろんぱとどっちが上手?」
「それはさすがにどろんぱなんじゃない? ……てかあんたって無駄に多芸だよね。裁縫とかも出来るんでしょ?」
「んー、まあねー。姉さんが行き遅れてるからね」
学校を出たわたし達はそのまま喫茶店に来ていた。
お昼時ということもあって店内はかなりの混み合いを見せており、6人が固まって座るのは無理がありそうだったので、わたし達は先に注文を済ませてテラス席に陣取り歓談していた。
友人達の話を聞き流しながらゆんゆんが持たせてくれたサンドイッチを食べていると、お盆に飲み物を載せクッキーやドーナツなどの軽食の大皿を片手に持った、いつものマスターではない、たぶん昼時だけのパートなのだろう店員が店内から現れ、わたし達の座るテーブルにそれらをまとめて置いて忙しそうな店内へと立ち去っていく。
わたし達はそれぞれ自分が注文した飲み物を手に取り、クッキーなどを摘みながら雑談を続ける。
「……族長が言っていたね。せっかく人口が回復したのに、私達の上の世代に独り身が多すぎて5年後には結局少子化に逆戻りになりそうだとか……」
「族長の娘……ゆんゆん? も独り身」
「里の中では、新しい出会いとかないですもんね……」
「うちのアニキもいい歳して独り身だわ……。あたしらもやばいかもね」
「この中で彼氏持ち1人だしねー。……てか、最近とんとんとはどうなんよ、ねるねる?」
「ほえっ……いっ、いや、別にどうもなにも…………」
「キスした?」
「しっ、してないですよ!」
「このドーナツ食べてもいい?」
「えー、してないの? まだなんにもー?」
「奥手か! ……もう1ヶ月でしょ? 付き合ってるのに何もしないってどうなのよ」
「え、い、いや、その…………こっ、こないだ、手を、繋ぎ、ました……」
「ピュアだね」
「ピュア」
「ピュアッピュアだねー」
「ピュア過ぎか!」
少子化の話からさらりと恋バナに移って盛り上がる友人達をよそに、サンドイッチを食べ終わった私は大皿のドーナツに手を付ける。
話を聞いてる感じ、どうやらねるねるととんとんは1か月前から付き合っているようで、おまけに誰も驚いていないのでそれは周知の事実らしい。私は全然気が付かなかったけど。
「あー、でもいいなー。あたし卒業したら里を出ようかな。……そんでもってどこかの貴族の御曹司に見初められてさ。2人は恋に落ちるんだけど、身分違いの交際に周囲からは反対されるの。それでも愛し合う2人は、ついに駆け落ちして逃避行を始める……。するとそこに貴族の親が追手を差し向けてきて、2人で追手を相手にドンパーティ―繰り広げ……なんて——————」
「お花畑」
「うわ、ひどい!」
「どっかの物語みたいだねえ」
「まず、なーんで貴族の御曹司に見初められると思ってんの? 里でもモテないのに」
「あはは……、みなさん辛辣ですね……」
「もう一個食べてもいい?」
「あんたらだってモテてないでしょうが!」
「私達はモテないのじゃないよ。……ただ、そういうのに興味がないだけなんだ。彼氏なんて、作ろうと思えば今すぐにでも作れるんだよ」
「うん、興味がないだけ」
「ねー。ま、私はモテてるけどー」
「でた、モテないやつの言い訳! 興味がないって便利な言葉だよね!」
友人達がすっかりお喋りに夢中になっている隙にもう一個のドーナツに手を伸ばす。チョコレートのかかったそれは表面がサクサクとしていて、わたしはその食感とチョコレートのほのかな苦みを楽しみながらパクパクパクと三口で一気に頬張った。
そうしてドーナツを咀嚼していると、夢見がちなじゃすたのなにやら物言いたげな目がこちらを捉える。「なに?」とわたしが尋ねると、しばらくの間じっとわたしを見ていたじゃすたは、やがて大きなため息を吐きながら肩をすくめてみせた。
「はあ……。なんで食べてるだけなのに、あんたはモテるんだか」
モテるって言われても、わたしも彼氏なんていないんだけど……。と、思いながらも、わたしは率直に思い浮かんだ意見を述べた。
「…………顔?」
「あんた喧嘩売ってる?」
上等だと言わんばかりに、臨戦態勢に入ったじゃすたはローブの袖を捲り上げてこちらを睨みつける。そんなじゃすたをねるねるが苦笑いしながら宥め、代わりにみみっとが場を繋ぐかのように話を続けた。
「こめっこは好きな人とかいないのかい?」
……そういえば、こないだてってれえと来た時にもそんな話をしたな。
あの後少し考えてはみたんだけど、やはり前と変わらない答えをわたしは返す。
「よくわかんない!」
そんな曖昧な返答のどこが面白かったのか、全員がニマニマと奇妙な笑みを浮かべながら、なにやらお互いに目配せをし始めた。
「…………てってれえは?」
「ん? てってれえ?」
「だから……てってれえのことはどう思ってるのってことよ!」
「それ、私も気になります! てってれえくんとこめっこ仲良いですよね……」
「ま、本人はライバルだって言い張ってるけどねー。……で、こめっこの方はどう思ってんの?」
小首をかしげて考えるわたしに、この場にいる全員の視線が集まる。
どう思っているのかと訊かれても…………どうなんだろう? てってれえのことは、毎朝おにぎりをくれるし、姉ちゃんから貰ったローブを綺麗にしてくれたし、いっつも優しくしてくれている気がするので好きだ。でも、そういう好きは恋愛の好きとは違うんだと思う。だってもしそうなら、おんなじぐらい好きだと思うどろんぱやみんなのことだって恋愛として好きってことになってしまうから。
……だから、やっぱりよく分からない。
「ほら、こう……一緒にいるとドキドキするとか、お風呂入ってるときとか夜寝る前につい考えちゃうとか、そういうのはないわけ?」
長いことわたしが黙ったままだったので、焦れたじゃすたが補足して尋ねてきたけれど、相変わらずわたしはすぐに答えが出せないまま、静かに大皿に載ったドーナツに手を伸ばし頬張る。
「…………ない! 寝る前は朝ご飯のこと考えてる」
「……あんた、食い気しかないわけ?」
「……まあ、こめっこらしいですね」
わたしの返答を聞いたみんながクスクスと笑い出す。
失礼なと思いむっとむくれてみせ、ドーナツを今度は二口で食べてクッキーに手を付ける。
と、どろんぱが急に思い出したかのように、わざとらしくはたと手を打って「そういえば」と会話を繋いだ。
「てってれえ、もうすぐ里を出るんだってさー」
どろんぱとわたし以外は知らなかったのだろう、他の4人は目を剥いて驚き、次々とどろんぱに質問を投げかける。
「え、まじ? いつ?」
「さあ、いつかは知らなーい。本人は14になったらって言ってたから、近い内になんじゃない?」
「魔法は? アークウィザードになったのかい?」
「いやーなってないでしょ。……こないだもダガー片手に森に入って、なかなか危なかったらしいよ」
「知ってる知ってる。うちの店にゆんゆんと一撃熊の肝売りに来たとき、怪我してたってお母さんが言ってたわ」
「い、一撃熊!? そう言えば一昨日、顔にガーゼしてましたね……。でも、じゃあ卒業は?」
「しないんじゃない? 卒業にこだわる必要も特にないしねー。まー、私も詳しくは聞いてないんだけど」
友人達がてってれえの噂話でガヤガヤと盛り上がっている間に、わたしはクッキーを平らげて、パサパサになった口にミックスジュースを流し込んで喉を潤す。
「魔法が使えない紅魔族の冒険者?」
「に、なるかもだね。……すごいよねー。前代未聞なんじゃない?」
「変わってるねえ」
会話に花を咲かせる5人を横目に残りのドーナツを口に含み、もぐもぐとしっかり咀嚼して、グラスに残っているジュースで一息に流し込む。
「でもてってれえなら、きっとすごい冒険者になると思う」
それを聞いたこさみんが、驚いて目を開き「なんで?」と聞き返してきた。
みみっととねるねるはわたしが大皿のお菓子を全て食べ切ったことに気が付いたようで、口にはしないけど明らかな非難を孕んだ目でわたしを睨んだ。
「だって、てってれえすごく賢いし、運動神経もいいもん。……それにすっごい頑張り屋さんだし、優しくて気遣いも出来るから、きっとパーティーメンバーにも恵まれると思う」
わたしの言葉を聞いて友人達は少し黙り込んだものの、やがて堰を切ったように甲高い声で矢継ぎ早に捲し立てた。
「……へえ。彼のこと、そんなふうに考えてたんだね」
「えっ、なに、惚気? べた褒めじゃん!」
「私なんだか照れくさいです! 自分のことじゃないのに……!」
「デレ期だデレ期だー!」
「ツンデレ」
「せっかくの褒め言葉なのに、てってれえに聞かせられないのが残念だよね!」
「……? 思ってること言っただけだよ」
「いやー、それがデレ期ってことなんだよー」
「ねっ、ねっ! いやあ、まさか……なんだかんだこめっこも女の子なのよね!」
「うむ、普段は学年首席を争うライバル同士……。なかなか良い展開だね」
「そう言えばこの前デートしてましたしね!」
「そそ。遠目に見てたけど、なかなかいい雰囲気だったよねー」
「てってれえは違うって言ってたけど、あれはもうデートだったよね!」
早口で盛り上がる友人達についていけず、ぼーっとして空になった大皿を見つめる。
褒めるもなにも本当にてってれえは賢いし、身体能力だけならたぶん里でもトップクラスだし……。このテスト期間なんてあんなにぶっ倒れるほど勉強してたんだから、頑張り屋さんなのも事実だ。
里を出て冒険者になっても、きっとどんなモンスターだってその豊富な知識と機転で弱点とかを見つけてなんとか出来るんだろう。それで、わたしにしてくれるみたいに、パーティーメンバーにも優しくして。だから色んな人から好かれて……………。
「でもそっか……てってれえがいなくなったら、寂しくなるね」
「ねー。……ま、私もじきに卒業なんだけど。こめっこもだよね?」
「うん」
「どろんぱが何気に優秀なのが謎」
「凡人とは違うのだよー、凡人とは!」
「でも、3人がいなくなったら寂しいです……」
「入学から4年か……。早いものだねえ……」
みみっとの言葉を最後に、さっきまでの和気あいあいとした空気が一変し、わたし達の座るテラス席がしみじみとした雰囲気に包まれる。
しかし空気を読まないことで知られているどろんぱがそんな重い雰囲気を壊すべく話題を振り、しばらくしんみりとしていた友人達も少しずついつもの調子に戻り再び噂話などに盛り上がり始めた。
でも、わたしの気はなんだか晴れない。
もうすぐ爆裂魔法を習得して、卒業して。それはすごく楽しみなんだけれど。
そうしたら、こんなふうにみんなと学校帰りに寄り道することも、今までみたいに気軽に会うことも出来なくなるのかな。
毎日顔を合わせて、なんでもない話に花を咲かせることも出来なくなるのかな。
必死になってテスト勉強することも、お昼にみんなと一緒にご飯を食べることも、授業中先生にバレないようにゲームをして遊ぶことも…………。
毎朝の密かな楽しみも、卒業したら——————。
わたしはさっきからずっと締め付けられている胸に手を当てて、盛り上がりをみせるガールズトークには混ざらず独りで黙りこくっていた。
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