第3節
「そこまで! ……じゃあ答案用紙回収するから、前にまわしてこい」
担任の言葉と同時に、最後まで足掻いていた数人の生徒が勢いよくペンを置く音が聞こえる。
緊張がほぐれたクラスメイト達は答案用紙をそれぞれ前に送りながら会話を始め、やがてクラス中がざわざわと騒がしくなった。
「ようやく終わったー!」
「疲れたあ」
「やばい、全然解けなかったんだけど」
「ね、なんか難しかったよね」
背後から肩を叩かれて振り向いたわたしは、後ろの席のてにすけから答案を受け取り、自分のものをその上に重ねて同じように前のあらおに送る。
なんだかんだでわたしも気を張っていたのだろう、答案を手放すと同時に思わずふうと吐息が漏れ出た。
担任が一番前の席の生徒達から答案を回収していると、わたしの左斜め前のじゃすたが答案を手渡しながら不平を言った。
「先生、今回明らかに難しくなかったですか?」
気怠げに頬杖を突いているじゃすたをチラッと一瞥した担任は、コホンとひとつ咳払いをして少し意地の悪い顔で答えた。
「今回のテストは満点を取らせないようにしているからな。当然誰も解けなさそうな問題がいくつかあったはずだ。……まあ、部分点もやるからそう気を落とすな」
「誰も解けない問題って、教師としてどうなの?」
変わらずそんな不満を漏らすじゃすたに、反論は受け付けないという確固たる態度で担任は引き続き答案の回収をする。
たしかに今回のテストはいつも以上に難しいと感じたし、じゃすたの不満もあながち不当とは言えないと思う。全く習っていないという訳ではないが、それにしても嫌らしいというか……。教科書の隅っこのわりとどうでもいいようなことが問われているものや、明らかな時間稼ぎのためにあえて複雑化されているように思える問題がいくつもある気がした。担任は部分点があると言うが、首席のわたしですら解けなかった問題をいったいどれほどの生徒が解けたと言うのか。
ふと左隣に座る学年次席に目をやると、テストが終わって今までの疲れがどっと押し寄せて来たのだろう、泥どころかほとんど死体のように机に突っ伏して眠りこけていた。
……本当は難しかった問題をどれぐらい解けたか聞きたかったのだけど、今回のテスト期間はいつも以上にやつれていたし仕方がない。
と、突っ伏しているてってれえの背中ごしに、又隣のどろんぱと目が合う。
どろんぱは口元を緩めながら労いの言葉をかけて、姉のように優しい手つきでそっとてってれえの頭を撫でていた。普段ならそういうのを嫌がるてってれえも、さすがにこれだけ疲れて眠っているからか全く抵抗する様子を見せない。
…………。
「お疲れさまだねー。3日間ほとんど寝てないって言ってたけど、終わった瞬間すぐ寝ちゃうって……なんでそんなに頑張るんだろうね」
「……なんでてってれえはそんなに頑張るの?」
「…………さあ? なんでだろ」
一瞬だけ、きっとした目でわたしを見たような気がしたどろんぱは、飄々とした態度でてってれえの頭を撫でながら苦笑いをこぼした。わたしもどろんぱの真似っ子をして、「お疲れさま」と声をかけながらてってれえの頭をひと撫でする。少し硬い黒い髪が、私の手のひらをチクチクと刺激した。
「そんなに頑張らなくても、てってれえならずっと2番に入れそうなのに……」
「きっと誰かさんに似て、とてつもない負けず嫌いなんだろうね……」
ニマニマしながら、わたしの方を横目で見てそんなことを言ったどろんぱに、わたしは少し頬を膨らませて反論した。
「……わたしは負けず嫌いじゃないもん」
「えー、それは無理あるよ。……だって、こめっこもあんまり寝れてないでしょ?」
そう言って、てってれえの頭から手を離し、どろんぱは自分の目の下を指差す。
特に変わったところのない顔をしているどろんぱをまじまじと見て、少しだけどういうことだろうと考えた後、はっと気がついて手のひらで目元をゴシゴシと拭う。今朝、鏡で確認した時は分からなかったけれど、たぶんわたしの目の下にクマが出来ているということなのだろう。
するとどろんぱは、わたしの仕草を見て体を捻って笑い出した。
「あはは、擦っても取れないって」
わたしは膨れっ面をして見せて、笑いこけるどろんぱに非難の目を向ける。この失礼な友人は淡白な雰囲気をしているくせに、それでいて普段からよく人のことを見ている。この3日間わたしがテスト勉強をしていたことも、きっと見抜いているのだろう。
おりしも、答案用紙の枚数の確認を終えた担任が顔を上げ、ざわざわと騒がしい生徒達に向けて教卓から大きな声で帰りの挨拶をした。
「よし、では皆気を付けて帰るように。テスト結果は来週発表だ。……寝不足のやつは早く帰って、しっかり寝るんだぞ!」
そう言い残し片手を挙げて教室を立ち去る担任を見送って、クラスメイト達はめいめい荷物を手に席を立つ。
クラスのみんなに混じって、どろんぱも軽そうなカバンに筆記用具をしまい込み、仲の良い数名の女子生徒の名前を呼んで立ち上がった。
「よし、じゃあ今日はテストお疲れ様会でもしよっか。こめっこも、ほら行くよ!」
「でも、てってれえは?」
「んー、ほっといても勝手に起きて帰るでしょ。今日は女子会!」
そのままどろんぱは友人達に紛れ込んでドアへと向かい、他の女子を見つけるなり女子会への参加を誘い始めた。なにかと面倒くさがりでデリカシーも生まれる前にその大半を削ぎ落としてきたどろんぱだが、意外と面倒見が良く、女子が集まって何かするときは必ず中心になっている。
良い女。ああいうのを姉御肌とでも言うのだろうか。
机に突っ伏しているてってれえに目をやり、少しの間起こすかどうか悩む。どろんぱの言うように、きっと目が覚めたら勝手に帰るだろうけれど、こんなにも疲れ切った姿を見ると放っておくのは忍びない気がする。
……それに、よくわからないけれど。たぶん……少し話したい……? のかもしれない。
どうしたものかとわたしが悩んでいると、横合いから、普段からよくつるんでいるらしい男子生徒達が寄ってきたので、わたしは起こすのを諦めてサンドイッチの袋を手に取ってどろんぱの後を追う。
合流した時には女子全員がそこにいたけれど、結局女子会に参加することになったのはねるねる、みみっと、こさみん、じゃすたの計6人で、あとの2人は途中まで一緒に帰るものの、眠たいから女子会には不参加とのことらしい。
「じゃ、行こー」
わたし達は先導するどろんぱに従って教室を後にする。
友人達に激しく肩を揺さぶられながらも、頑として眠りこけるてってれえをそっと尻目に見ながら。
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