第11節

 その後もなんだかんだとこめっこの悪趣味なショーを半笑いで鑑賞している内に、約束の1時間はあっという間に過ぎ去っていった。


「いやあ、待たせたねえ! 出来たよ!」


 店主から受け取ったローブを羽織り、最終確認を終えたこめっこが店を出て行くのを確認してから、お会計に向かう。

 2100エリスを支払い、プレゼント用のラッピングという店主の余計な心配りを丁重にお断りして店を出る。


 空の片側は既に茜色に染まっており、東の鋸歯状の峰々の先に広がる夕闇では、気が早い星がいくつか煌々と輝いていた。

 この分では、帰宅する時には既に日が落ちているなと考えつつ、こめっこに声を掛けて家路に就かせる。


 唐突な注文であったにもかかわらず、店主のちぇけらはしっかりと仕事をしてくれたらしい。つい1時間前まではズルズルと引きずって解れていたこめっこのマントの裾は、下ろしたてのような綺麗な仕上がりをしている。袖を詰めていないため、ダボダボな印象には変わりないが、それでも多少なりともマシになっただろう。それまで気にもしていなかったこめっこも、まるで新品の服を身に着けているかのように、さっきからクルクルと回ってみたり、裾のところを大袈裟に翻してみたりして、その仕上がりに喜んでいた。


「今日は色々とありがとう、楽しかった!」

「どういたしまして、俺も楽しかったよ」


 夜が更ける前の涼しい風を受けながら、こめっこの家へと続く大通りを2人で歩いて行く。

 商業地区を抜け、お年寄り達で賑わいを見せる大衆浴場、《混浴温泉》の前を通り抜ける。

 大通りはここまでで、そこからこめっこの家までの道は、馬が2頭分歩ける程の幅しかない、ところどころに背の高い雑草が生い茂った砂利道になっていた。


「そういえば、なんで今日、急に一緒に帰ろうなんて言い出したんだ?」

 えらく上機嫌なこめっこに、思ったことを素直に訊いてみる。


「図書館でそけっとが『てってれえが、こめっこと一緒に帰りたいけど、ヘタレで困ってる。だから、こめっこから誘ってあげてね』って」


 ……どうやら俺がしれっと帰ろうとしていたところまでお見通しだったらしい。

 そけっとの目利きは思っていた以上の代物なのかもしれない。


「あと、朝、話があるって言ってたから、なんだろうって思って」


……ああ、そっか。それもあったな。

 すっかり忘れていた話題を持ち出され、陰鬱な気持ちになる。

 どうせなら、喫茶店や服屋で流れに任せて言っていれば良かった。

 改まって、誕生日会の話をするのには勇気がいる。


「……そ、それは。おにぎりのことだろ?」

「おにぎりはいっつもくれるもん。だから、たぶんはぐらかした」

「え、いや、別にそういうわけじゃ」


「ヘタレだ!!」


 スポンジのように、周りの言葉を吸収するこめっこ。

 返答に困り、黙って歩を進めていると……。

 夕暮れ時の山麓の薄闇の先にぽつんと建っている、いつ見てもこの里では場違いに思える大きな新築の一戸建てが姿を表す。

 どうしてこんなに立派な家なのか、以前誰かしらに聞いたところによると、元々はこぢんまりとした掘っ立て小屋のような家だったのを、5年前に魔王軍が攻めてきた際に倒壊したため大枚はたいてリフォームしたとのことだった。

 そんな立派な我が家を見たこめっこが突然駆け出し、玄関から漏れ出す光を受けてこちらへ振り返る。


「ヘタレ!」


 三度、俺を罵ったこめっこは、しかし玄関に入ろうとはせずに俺が来るのを待っていた。

 ゆっくりとした足取りで、こめっこのもとに近づく。


「ヘタレヘタレ言うな」

「それで、話ってなに」

 仁王立ちして、ほとんど詰問のような調子で言う。

 胸に手を当てて深呼吸をし、少し荒くなった息を整えて言葉を吐き出す。


「…………来週、金曜日、5日、5月の。こめっこの誕生日だろ? それでどろんぱ達が、ぷにまるんとこの店で誕生日会をしようって言ってて。それで……こめっこ、来てくれるか?」


 呆気にとられたかのように、こめっこは目をひん剥いてじっーとこちらを凝視し……。


「なーんだ、そんなことか」

 と、ドアノブに指を掛けた。


「それって、ご飯たべれるの?」

「ああ、もちろん。たぶん、いっぱい食べれるぞ」

「てってれえは来るの?」

「まあ一応、俺の誕生日も兼ねてるらしいし」

「わかった、じゃあ行く」


 ドアノブを捻り力いっぱいこじ開け、片足を玄関口に入れたところで向き直り、こめっこは大きく手を振る。


「おやすみ! また明日!」

「おう、また明日な」


 手を振り返し、こめっこが玄関に入るのを見届けてから踵を返す。

 静まり返った山の麓だからか、背後では帰宅したこめっこが元気に家族と話している声が響いていた。


「ただいま! 晩ごはんなに?」

「おかえ……さい。きょ……は……と、……から……送られてきました!」

「カニ!? 美味しいの!?」

「それは……、とてつも…………ですよ」

「……、……は取っておいてくれよ! ……甲羅酒にするんだから!」

「……じゅるっ」


 ———団らんとした雰囲気が目に浮かぶ、そんな温かいやり取りを背に受けながら、肌寒くなってきた夜風に吹かれて家路を急ぐ。



 …………あいつ、まだ食うんだなあ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る