第10節
「また来てくれよ!」
店主の威勢の良い声を背に、ドアベルを鳴らしながら、どんよりした気持ちで店を出る。
……結局あの後、こめっこは追加でパンケーキのおかわりとシュークリームを3つ頼んだ。
お会計は〆て7500エリス。
小遣いふた月分をゆうに超える金額の寄り道もすれば当然気分は沈む。
「美味しかった。ご馳走様です!」
そんな俺とは対照的に、お腹いっぱいになったこめっこは上機嫌で店から出てくる。
「てってれえ、ご馳走様です。ありがとう!」
「……おーう。美味しかったんなら、まあよかったよ……」
弱弱しい声でそう答え、右腕に掛けていたローブを力なく羽織る。
「こんなにたくさん食べたの初めて。この後はどうする? もう帰る?」
上機嫌なまま大通り———とは言っても、舗装もされていない言葉通りの大きい通りという意味だが———に飛び出し、ローブを引きずりながらこめっこは歩きだす。
「いや、その前にもう一軒寄って行こう」
「次はどこ行くの? ぷにまるのお店?」
「ざけんな」
……やっぱかつ丼も別腹じゃねーか。
あれほど食べた後にもかかわらず、真っ先に定食屋を候補に挙げたこめっこに思わずツッコミを入れ、俺は頭を振る。
「……次は、服屋に行こう」
「服は食べられないのに?」
さも当然のような顔で問いかけるこめっこを、右手でビシッと指差す。
「食べ物から離れろ! んで、そのローブ。前から思ってたけど、ずっと引きずってるから裾の所がボロボロになってるだろ? みっともないから、新しいの買ってやる!」
言われて、こめっこは自身のローブの裾を見る。
「いや! これは昔、姉ちゃんからもらった大事なやつだから、新しいのはいらない!」
ローブを守るためか、こめっこは自身の体に巻く形で大事そうに抱え込んだ。
「お前、姉由来のものになると、ほんと強情だな……。わかった。新しいのを買わないにしても、裾がボロボロのままじゃすぐに着れなくなるから、せめて裾上げだけでもしてもらいに行こう」
「それは困る、よろしくお願いします!」
お腹がいっぱいで聞き分けの良いこめっこを連れ、大通りを服屋に向けて歩き出した。
※※※
「おやいらっしゃい! お、なんだ。ひょいざぶろーさんとこのこめっこちゃんと、てってれえじゃねえか。今日はどうしたんだい?」
客の来店を告げるドアベルの音を聞き、何やら作業をしていたらしい店主のちぇけらさんが、店の奥の方からひょっこりと顔を覗かせる。
「ごめんください。実は、こめっこのローブの裾上げと袖直しをしてもらいたいのですけど、今からでも出来ますか?」
そう訊ねると、店主は腕を組んで厳しい表情を浮かべる。
「そうだなあ……。今からどっちもするとなると、明日受け取りに来てもらうことになりそうだが、裾直しぐらいなら、1時間もかからないと思うよ」
1時間か……。
どうせなら喫茶店に行く前に立ち寄ればよかったなと後悔しつつ、せっかく来たのだからと店主にお願いする。
「じゃあ、こめっこちゃん。採寸するから、ちょっとそこの試着室に入って、真っすぐ立っててくれるかい?」
「わかった」
こめっこは指示された試着室に入り込み、ビシッと立って店主が来るのを待つ。
しばらくすると店の奥から、針山や定規などを手に持った店主が早足で現れ、ボロボロの裾に驚いた様子を見せつつも、せっせとこめっこのローブの採寸を始めた。
「しかし珍しいこともあるんだねえ……今日は学生のお客さんが3人も来たよ」
「そうなんですか? 俺達の知ってるやつですかね?」
「知ってるも何も、幼馴染のどろんぱだよ! 前からちょくちょく来てたんだけど、色でずっと悩んでいてねえ。今日になって、とうとう決心したらしい」
そういえば、そけっとさんにそんな相談をしてたな……。
「結局、黒にしてましたか?」
「ああ、よく知ってるねえ。そうそう、黒のやつにして…………っと、採寸終わったよ。じゃあ急いで裾上げするから、近くで待っててくれるかい?」
こめっこのローブを受け取ると、店主はそそくさと店の奥に引っ込み、裾上げの作業に取り掛かった。
さて、1時間どうやって過ごそうか。
特段、服飾品には興味がないため、いっそ鍛冶屋にでも行こうかと考えていると、目の前をこめっこがパタパタと歩いて通り過ぎ、アクセサリーなどの小物を置いている商品棚を前屈みになって覗き込んだ。
「アクセサリーに興味あるのか?」
なんだかんだ女の子らしいところもあるんだな、なんて思いながら後を追うと、何かを手に取って顔に付けたこめっこが、バッとこちらへ向き直る。
「どう? かっこいい?」
……うわあ。
問いかけるこめっこの左目に、趣味の悪い髑髏柄の眼帯。
「あー、うん。…………似合ってるんじゃないか?」
心の中でははっきりダサいと思ったのだが、またさっきのようにデリカシー云々言われるのも嫌だったので、テキトーな社交辞令を返す。
それで気を良くしたこめっこは、他にも不自然に指のところだけ切り取られた手袋や、なんで服屋にあるんだと言いたくなるボロボロになった包帯、用途もよく分からない耐久性が低そうな細い鎖など、次々と手に取って身に纏う。
その一つ一つに感想を求めるこめっこを愛想笑いとお世辞であしらっていると、小物繋がりだからか、ふとこめっこの大きな星の付いたヘアピンに目が行く。
記憶は曖昧だが、たしか入学よりずっと前から身に着けているそれは、遠目に見ても傷や色落ちなどが目立っていた。
……てか歯型も付いてないか?
「そのヘアピン、昔から着けてるけど……もしかして、それもお姉さんに貰ったやつ?」
「ううん、これは違うよ。わかんないけど、たぶん小さい時に買ってもらったやつ」
自分のヘアピンを取ってまじまじと見ていたこめっこは、商品棚の一角にある髪留めコーナーの前で立ち止まり、髑髏やドラゴンなどの悪趣味なヘアピンを色々と試着して、棚に備え付けてある鏡を覗いて着映えを確認し始めた。
一緒になって色々と眺めてみたが、どれもこれも悪趣味で痛々しいものばかりで、とてもじゃないが女の子向けとは思えない。
……ふとその中に一つだけ、他とは少し趣向の違うものがあった。
「こめっこ、ちょっとこれ着けてみろよ」
「ん、いいよ」
手に取ったそれをこめっこに渡す。
「どう?」
「うん。似合ってる」
そう言うと、こめっこはぱあっと笑い、何度も鏡でそのヘアピンを確認した。
普段は食い気しかないこめっこの、意外な女の子らしい一面を見て、ちょっとだけ得した気持ちになる。
「でもやっぱり、このドラゴンの方がいい!」
俺が手渡したヘアピンをぺいっと剥がし、結局悪趣味な方を選びやがった……!
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