第7節
そけっとの正面にどろんぱが座り、そこから左に向かってじゃすた、ぷにまるの順番で席に着く。俺はそけっとと一席開けてどろんぱの右隣に腰掛けた。
そけっとは短くふぅと一息ついて腰を落ち着け、「それで?」とどろんぱ達の話を聞く姿勢を示した。
「えっと、相談かー……。ね、2人はなんかある?」
声を掛けられたじゃすたとぷにまるは、「うーん」と考える素振りを見せる。
「お前、何にもないんだったら頼むなよ。そけっとさんだって暇じゃないんだから、悪いだろ」
「や、占って欲しいことはいっぱいあるんだけどねー。相談ってなるとさ……。あっ、ちょっと待って!」
何か思いついたのかと全員が視線を向けたが、場違いにもどろんぱは手に持っていた巾着袋から弁当箱を取り出して広げ始めた。
「へ? なんで、今、お弁当?」
「や、お昼はパシられてて、食べるタイミングなかったんだよねー。だから、もうお腹ペコペコで」
そんなどろんぱのマイペースな姿に、そけっとは「あはは」と苦笑いを浮かべる。
「うちのバカが、ホントすみません」
「ちょっと驚いただけだから……。良いのよ、育ち盛りだものね」
咎め立てして言い合いになるのも億劫だと思い、非難の目で好き勝手に弁当を喰らうどろんぱを睨み付けていると、そけっとにまあまあといった感じに宥められてしまった。
パクパクとおかずを口に放り込みながら、行儀の悪い幼馴染は咀嚼の合間合間に話をする。
「……それで、……相談だよね。……うん、……じゃあ、…………そうだねー……」
ひとしきり単語を並べた後、巾着袋から小さな持ち運びケトルを取り出し、中の飲料を口に流し込んで、ゴクンと大きく嚥下する。
「ふぅ…………じゃ、新しいベルトを買おうと思ってるんだけどさ。黒い基調のものか、赤い基調のものか、どっちがいいかなー?」
…………いや、それお前の好みの問題だろ。
と思ったのだが、そけっとはこれを真面目な相談と受け取ったらしく、少しの間じっとどろんぱの瞳を覗き込み、次に両手を出すように促してから、同じようにじっとその手のひらを注視し……。
「……そうね。その2つなら、黒が基調のものの方が、着けた人の運気は全体的に上がるわよ」
と笑顔で言い切ってみせた。
そのやり取りを黙って見ていた野次馬のじゃすたが、驚いた顔で感心した声を上げる。
「ほえー、それだけで分かるんですか?」
「ええ、ある程度選択肢が絞られていれば、ね。さすがにどこのどれが一番良いかを占うとなると、水晶玉が必要になるけれど……」
「ええー! すごいですね!」
じゃすたに続き、ぷにまるにも「すごいすごい」と持て囃されたそけっとは、はにかんで頬を少し赤くした。
「でも、たったそれだけで分かるなんて、本当に凄いですよね。さすが、紅魔族随一の占い師なだけあります」
「ちょっと、さっきから皆、褒めすぎよ……。昔はこういうことは出来なかったのだけどね。長く占い師をしてると、いつの間にか水晶玉に頼らなくても、簡単な占いなら出来るようになったの」
「……なるほどねー。年の功ってやつだね」
ピキッ
…………俺達3人は、紅魔族随一の美人の、ほんの一瞬だけ引きつった顔にそっと目を瞑り、いや、断じてご機嫌取りをしているつもりはないのだが、それでも矢継ぎ早にその占い技術を褒めそやした。
俺達の必死のフォローになど目もくれず、どろんぱは一度中断していた昼食の続きを食べ始める。
その隙に、他の女子2人は味を占めたのか、やれペットの名前はどれがいいかだの、やれ名乗りのフレーズはどっちが格好良いかだの、次々と他愛ない相談を投げかけていたのだが、そけっとは軽くあしらうという素振りは全く見せず、その一つ一つに丁寧に耳を傾け、優しく諭すようにアドバイスを送っていた。
そんなちょっとした女子会を、傍目から「そけっとさんって、大人で綺麗な人だなあ」なんて口には出さずに考えながら見ていると、俺の視線に気が付いたのかふとこちらに視線を移し、もうすっかり見慣れてしまった柔らかな微笑みを浮かべながら訊いてきた。
「あなたは? 何か、私が力になれることはない?」
「え? ……いや、特にはありませんけど」
「……そう? 何か、凄く思い詰めた顔をしている気がしたから」
そんなことはないと否定しようとしている矢先、いつの間にか昼食を食べ終わり、弁当箱をもとの巾着袋にしまい込んでいたどろんぱが、横合いからすっとこちらに体を傾け、俺の肩に頭を乗せた。
「そけっとさんそけっとさん。実は、憧れの女の子としょーもない口ゲンカをしてしまったのですが……。どうやって仲直りしたらいいでしょうか?」
俺の話し方を真似しているかのような口調で、ニマニマと笑いながらどろんぱは言った。
「べ、別に、あんなの、喧嘩でも何でもないだろ」
そう否定した俺を非難するかのように、奥にいる女子2人が反論をする。
「どこがよ。いっつも仲いいくせに、今日はずっと目も合わせないから、みんな『どうしたんだろ』って言ってたんだよ」
「そうそう。お昼だって、こめっこのテンション低かったよね? ご飯とかお菓子あげても、いつもより喜んでないっていうかさあ。……いや、まあ全部喜んで食べ切ってたんだけど。みんなもすっごい気つかってたんだから!」
「……だ、そうですよ、てってれえ被告? 何か申し開きはあるかねー?」
左肩に乗せたどろんぱの頭を、鬱陶しいと大げさに肩を尖らせて退ける。
「いっつも仲良くないし、別に喧嘩もしてない。そもそも、あいつはライバルであって、憧れてもない!」
「「「うっそだー!」」」
しばらくの間、声をそろえて非難する女子勢と、分が悪くもなんとか弁明する俺との闘いを温かい目で見守っていたそけっとが、ひとつ、コホンと咳払いをして注意を引く。
「……つまり、時々凄く仲良くしている、憧れてはいない思い人と、喧嘩したわけではないけど仲違いしてしまった。という訳ね? ではどれどれ、ちょっと見てあげましょう……」
微笑んだまま、こちらを無言でじっと凝視てくるそけっとに対し、美人に見つめられて緊張してしまったわけではないが、俺は苦笑いと微笑の中間の笑みを、さらに愛想笑いで割ったような微妙な顔で見つめ返す。
何度でも言うが、緊張してしまったわけではない!
とにかく、そんな中途半端な表情に一体何が映ったというのか、そけっとはすっと目を瞑り、「うんうん」とでも言いだしそうな顔で、占いの結果を告げる。
「そうね……。今日の放課後は、その人と一緒に過ごしなさい。そのまま真っすぐ家まで送り届けるのもよし。どこか寄り道をして帰るもよし。とにかく、出来る限りちょっとでも長く、その人と一緒にね。明日でも明後日でもなくて、必ず今日よ」
その結果を聞いて、女子勢から歓声が上がる。
「おー、良いじゃん良いじゃん。ついでに、今度の誕生日会の話もよろしくー」
「えっ、まだ誘ってなかったの? ほんと、頼むよもう」
「ねー? こめっことてってれえのために開くのに、主役がいなきゃ楽しくないよねー」
「それな。せっかくうちの店で開くんだから、ちゃんとこめっこも来ないと、準備する甲斐もなくなっちゃうわ」
口々に言う女子勢を見て、普段から姉の友達や幼馴染である程度の耐性が付いていると勘違いした俺ですら、一丸となった女子ってやっぱ怖いなという感想が思い浮かぶ。
なんとなく、いたたまれない気持ちになって、俺は椅子から立ち上がる。
「うっさい! ……そけっとさん、お騒がせしてすみませんでした。ちょっと、読みたい本があったのを思い出したので失礼します。今度はちゃんと、お客としてお店に伺いますね」
「「「あっ、逃げた!」」」
口を揃えて責め立てる女子達を無視し、そけっとに対して去り際に軽く頭を下げ、俺はありもしない目当ての本を探しに、逃げるように3階へと移動した。
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