第6節

 朝っぱらから、ちょっとしたハプニングに見舞われはしたものの、4時間目の国語の授業までは、いつもと変わらない普通の学校生活送っていた。

 退屈な授業がチャイムと共に終わり、担任がなにやら急いで退室して行った後、俺がいつものメンバーと昼食を摂るべくカバンから弁当袋を取り出すため屈んでいると、左隣の席のどろんぱが慌てて教室を飛び出し、どこかへ走り去っていった。

 おおかた、今朝の賭けに負けた支払いのため、わざわざ10分ちょっとかかる商業地区の売店にまで、飲み物を買いに行ったのだろう。

 確信に近い推論をしながら弁当袋を手に取り、友人のと合流し、今日はどこで食べようかなどと立ち話をしていると、ふいに背後から女生徒に声を掛けられる。


「てってれえ」

「……なに」

 鼓動半分の間、シカトしようかと悩んだのだが、なんとか思いとどまって声のした方へと顔を向ける。


「いっしょにご飯食べよ。どろんぱも誘って」

「……あー、あいつ、多分しばらく帰ってこないと思うけど」

「……そうなの?」

「うん」

「そっか」

「うん」


 そんな素っ気ないやりとりに、周囲が居心地の悪い沈黙に包まれる。

 こめっことは、朝の体育以来まともに話しておらず、クラスメイト達も口にこそしないが、微妙な気まずさを感じ取っていたようだ。

 友人達を促し教室を立ち去るべく、足を動かそうとするやいなや、こめっこは残念そうな顔のまま、


「じゃあわかった、また今度ね」

 と言い残し、他の女生徒たちの輪に走り去っていった。



          ※※※


 

 そんなことがあった昼休み明け、5時間目の授業に備えて各々が自分の席についていると、突然校内放送が流れ始めた。


『今朝方、花壇で起こったちょっとしたボヤ騒ぎは、ぷっちん主任の見立てによりますと、どうやら校長先生の植えていたヒマワリが、成長段階に合わせて自然発火するという、特別な品種改良をされた物に間違いないとのことです。

 校長先生を問い質したところ、このヒマワリの種は先日アルカンレティアに立ち寄った際、アクシズ教徒の花屋で購入したものであると確認が取れましたので、お二方は、この花屋を尋問するべく、アルカンレティアへとご出発なさいました。そのため、ぷっちん主任のクラスは、午後の授業が自習に変更しましたので、図書館に集合して下さい』


 どうやら我らが担任は、全ての罪をアクシズ教徒に擦り付けたらしい。


 放送を聞き終え、クラスメイト達は筆記用具とノート類などを手に立ち上がる。

 図書館へ行くのなら、そういった類は必要ないかと考え、手ぶらで席を立ち図書館へ向かう。

 静まり返った廊下で、15人がグダグダと話しながら移動していたため、途中、既に授業が始まっている教室の先生から注意を受けたりはしたものの、数分で全員の移動が完了した。


 自習とはいえ、監督の教員などはついていないらしく、生徒達は思い思いの机に荷物を置き、駄弁ったり本を読んだりと好きなように過ごし始める。


 レッドプリズンの図書館は吹き抜けの3階建てとなっており、さすがは知力の高い紅魔族の学校なだけあって蔵書量は国内でも指折りであり、ここよりも多いといえば王都にある中央図書館ぐらいらしい。また里には読書家や研究者が多く、そういった住人たちのため一般利用も可能としている施設であった。


 特に読みたい本があるわけではなかったので、どうやって時間を潰そうかと考えながら独りでぶらぶらと本棚の間を徘徊していると、二階の奥の方にある歴史のコーナーで、クラスメイトではない女性とばったり鉢合わせた。


「あら、えっと……てってれえ? だったかしら?」

「……そうです。こんにちは、さん」


 うろ覚えで述べた名前が当たっていたことに安心したという様子で、俺がそけっとと呼んだ、紅魔族を象徴するかのような艶やかな黒髪を腰ほどまで伸ばしている、この里随一の美人と言われる女性は、控えめな微笑みを浮かべながら「こんにちは」と挨拶を返した。


「下がずいぶん賑やかなようだけど、今は授業中じゃないの?」


 恐らく図書館には先程の放送が流れなかったのであろう。事情を飲み込めていないそけっとが、依然として物腰が柔らかな微笑を湛えながら尋ねる。

 しばしの間、その艶めかしい笑みが本人の性質によるものなのか、はたまた遠回しな苦言なのかと検討してみたが、そけっとのことは噂程度にしか知らないため判断しかね、結局はどちらにしてもと思い至り、俺は無難な言葉で様子見することにした。


「なんか、先生が急に外出しちゃって、自習になったんですけど……。すみません、ちょっと注意してきますね」

「ああっ、いや、良いのよ。お邪魔しているのはこっちなんだし。ごめんなさい、気を遣わせてしまったわね」

 こちらの憂慮していることが伝わったのだろう、そけっとは慌てた顔で手を振って否定した。


「いえ、こちらこそ邪魔してしまってすみません……。えっと、そけっとさんって確か占い師、ですよね? お店は、今日休みなんですか?」

「午前は開けていたんだけれど、暇だったから本でも読もうかなと思って来たの。この時間だったら、誰もいないから気兼ねなく過ごせるかなと思ったんだけれど、どうやらお邪魔してしまったみたいね」

「そんなことないですよ。どうぞ、ゆっくりしていってください。アイツら、うるさかったら俺から注意しとくんで」


 そけっとは「ありがとう」と小さく言って、本棚の方に再び視線を戻した。

さすが紅魔族随一の美人と呼ばれるだけあって、そけっとはどうやら子供たちへの優しい配慮が出来る女性であるらしい。


「あれ、そけっとさんじゃない?」

「んー? うわ、ほんとじゃん、レアものだ……」


 どこぞの賢しいだけが取り柄の幼馴染に、この人の爪の垢をほんの少しでも煎じて飲ませてやりたいなと思っていると、後ろから、物珍しい組み合わせを見つけて興味を抱いたのか、当の幼馴染がそこそこ大きな声をあげながら、数人の女子を引き連れてこちらに駆け寄ってきた。


「ふたり、なんの話してるのー?」

 駆け寄ってきたどろんぱを責めるように、声を潜めつつも少し怒気を込めて注意する。


「もう終わったよ。それより、ここ図書館だぞ? もうちょい周りの迷惑とか考えろよ」

「カチカチだなー。ねね、そけっと、こんなところで何してるの?」

「そけっと、さん、だろ」

「かったい! あんた姉さんか!」


 そのようにして俺とどろんぱが言い争っていると、そけっとは少し申し訳なさそうにしながら、ついさっき俺にしたのと同じ調子でここにいる理由を説明した。

 しかし、そけっとの丁寧な説明にはあまり興味を持たなかったのか、どろんぱは「へー」と軽く受け流し、矢継ぎ早に自分の話題に切り替える。


「ね、そけっとって、この里随一の占い師だよね? ちょっと、占ってほしいことがあるんだけど、いいかな?」

「構わないけれど……。でも、水晶玉持ってきてないから、そんなに詳しいことは占えないわよ? 占いっていうより、ほんの相談程度のことしか……」

「全然! 相談程度でもいいからさー。ね、お願い?」


 わざとらしく媚びた姿勢を示すどろんぱの無茶な注文にも、既に俺の心の中で聖人認定されたそけっとは「いいわよ」と優しく微笑み返し、手近な6人掛けの円形テーブルに座るように女子生徒達を促す。

 

 俺は立ち去ろうと考えたのだが、そけっとに「あなたもどう?」と声を掛けられてしまい、「じゃあ」と返して一緒に移動した。

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