第4節

———1時間目。体育の授業。


 体操服へと着替えた生徒達が、校庭とは名ばかりの、炎魔法で一帯を焼き払っただけの、校舎の前に広がる広場に集まり始める。


 おりしも担任は、そこそこの大きさの焚き火用の薪をせっせと花壇の傍に組み上げており、その中に乾燥していてよく燃えそうな藁やら小枝やら突っ込んでいるところであった。

 そんな担任の有り様を見て、生徒達は怪訝な顔をしつつも、授業の開始に備えて担任の近くへとまばらに集まった。


 ひととおり納得の仕上がりになったのだろうか、担任は「よし」と一つ頷いて、生徒達の方へと向き直る。


「さて諸君。今日の体育はいつもの体術ではなく、より実践的な戦闘訓練を行う! そのためにまず、我々紅魔族において、戦闘の上で最も大切なことを教えるのだが……。では……どろんぱ! 戦闘で最も大切なこととは何か、答えなさい!」


「うーん……。狡猾さー?」

「5点! 次、てってれえ!」

「えー!」


 さらりと口をついて出た腹黒さを、5点と断じられたことに明らかな不満を漏らすどろんぱをよそに、出し抜けに当てられたことに驚くも、少しの間思案してから落ち着いて答える。


「冷静な分析力、ですかね。彼を知り己を知れば百戦殆からず……。彼我の実力差や周囲の環境などを冷静に————」

「長い! 2点!」

「は!? 2点!?」


「次、こめっこ! 答えてみろ!」


 ………………2点!


 2点という、学年2位にあるまじき評価を下されたことに静かに憤慨している俺の隣で、ついさっき5点と言われたどろんぱは、「ぷぷっ、2点」とせせら笑っている。


 …………こいつ、もっと強く殴れば良かった‼


「破壊力! 全てを蹂躙する力! 姉ちゃんの魔法みたいな、圧倒的な力こそが大事です!」

「50点! 確かに、お前の姉……めぐみんは素晴らしい魔法使いではある。だが、破壊力だけでは足りない! 50点だ!」

「なんで!」


 抗議の声を上げる俺達をじろりと睨みつけ、担任は肩をすくめ深々とため息を吐く。


「はぁぁぁああ……。これがクラスの上位3人とは、まったく嘆かわしいな……」

 お前たちには失望したとでも言いたげな眼差しで、横並びに立っている俺達を再度一瞥した後、担任は地面に向かって勢いよく唾を吐く。


「ぺっ」


「「「あっ!」」」


 不満を口にする俺達を完全に無視し、態度の悪いエセ聖職者は授業を進行する。


「紅魔族において、戦闘で最も大切なこととは…………そう、格好良さだ!」


 背中に羽織っているマントを大げさにバサッと翻し、担任は続ける。


「たとえどれほど知謀を巡らせようとも、どれほどの破壊力を有する魔法を行使しようとも、我ら紅魔族の戦闘には、華がなくては始まらない! それがどういうことか、これから実演するので、刮目して見るように!」


 そう言うと、担任は用意していた杖を取り出して、先程ひとりで黙々と組み上げていた薪の前に立ち、再度、バサリとマントをはためかせ、大きな声で魔法の詠唱を始める。


「……地獄の業火よ、我が意のままに荒れ狂え! 『ファイアー・トルネード』!」


 詠唱が終わると同時に、担任は空へ向けて杖を高々と掲げる。

 すると、担任が組み上げていた薪から、細長く禍々しい炎が渦を巻いて立ち昇り、たちまちそれは校舎を超えるほどの高さにまで達した。

 突然の熱風に、生徒達は驚いて少し後ずさる。


「我が名はぷっちん。アークウィザードにして、上級魔法を操る者……。紅魔族随一の主任教師にして、やがては校長の椅子に座る者……!」


 担任の雄叫びと共に、渦を巻いていた炎が一つの火柱へと変わり、そこから生じる熱はより強く、校庭の生徒達の肌に降り注いだ。

 そうして仕上げとばかりに、担任は決めポーズをとり、ビタッと動きを止める。


「「「「か、格好良い!」」」」


 その一連の名乗りを見ていたクラスメイト達は歓声を上げ、また一部の生徒に至っては、担任に対して拍手まで送っていた。

 こんなことのために、わざわざあんなものまで用意してたのか……。

 そのバックグラウンドと、担任の少し焦げたマントの裾のことを考えると、カッコいいどころかむしろ痛いなとすら思うのだが、周りの反応を見るからに、どうやら我らが紅魔族的には、この名乗りはかなり琴線に触れるものらしい。


 こういう姿を見ると、「やっぱりこの里変だ」と思わずにいられない。

 

 火柱は少し勢いが衰えたものの、相も変わらず担任の後ろでごうごうと燃え上がっていた。

 いったいいつまで燃やすのだろうかと考えていると、担任はポーズをとるのをやめ、パンパンと二度手を打って皆の注意を引く。


「よし、では各々好きな者とペアを組み、自分が思う格好良い名乗りとポーズの研究に励むのだ!」

 担任はそう言い残し、自分が上げた背後の火柱の鎮火に取り掛かった。


 誰か適当な男子とペアを組もうと周りに目を向けていると、隣に立っていたどろんぱからふと声を掛けられた。


「ねね、一緒にやろうよー」

「……やだよ。今日はお前とはやんない」


 どろんぱと俺は幼馴染なこともあって、普段から何かとペアを組むことが多い。

 男女比的に、本来なら男子が1人余ることになるところ、俺達2人が組むことによってその比率が変わり、結果的に女子の方に1人余り者が出来てしまうのが常であった。


 そうして、余るのは大概…………こめっこなのである。


 とはいえ、別にこめっこはクラスで嫌われている訳ではなく、休み時間は誰かしらと話していることが多く、またクラスメイトからはよくお菓子や昼食を恵まれたりと、むしろほとんどの学友から好かれている少女であった。


 しかし授業となると、首席ということもあって敬遠されることが多い。

 さらにこめっこの方もそれを特に何とも思っていないらしく、誰かに声を掛けるということもせず、こういったペアを組む場面ではたいてい余り者として先生とペアを組んでいた。

 だからと言ってどうということもないが、それでも頻繁にあぶれ者になっているのを見ると、やはり少しは思うところもあるわけで、


「それより、誰か他の女子と組めば? 俺は男子と組むよ」

 表情は極力隠してそう言ったつもりだったのだが、長い付き合いなだけあって、どうやらどろんぱには意図せずこちらの含みが伝わってしまったらしい。

 なにやら訳知り顔で「ふーん」と呟いたどろんぱは、ニマニマしながら近くのこめっこに声を掛けて誘う。


「ねえ、こめっこも一緒にしよー! どうせまた、余ってるんでしょ?」

「いいよ」


 特に考える素振りもなく、こめっこは自然に肯いてみせた。


「いや、こめっこもって……。先生ペア組めって言ってたんだし、3人はダメだろ」

「お堅いなー。どうせ1人余るんだし、別に良いんじゃない? 名乗りなんて、2人でも3人でも変わらないし。……先生―! うちら落ちこぼれトリオでやってもいいですかー?」

 せっせと消火作業に勤しんでいる教師は、少しの間悩む気配を見せたものの、最終的には「まあいいだろう」とだけ言い残して、引き続き消火作業に取り掛かった。


「はい、許可も下りたってことで。んじゃ、よろしくー」

「よろしく!」


 文句を言おうとした俺をよそに、こめっこが元気良く答えた後、2人は名乗りとポーズを取るための距離を確保するため、少しお互いの間隔を空けて広がる。

 俺は諦めたようにひとつため息を吐き、間隔を置いた2人と向かい合った。

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