第2節
「おはよー」
「おはよー、今日遅いじゃん」
「あんたが早いのよー」
教室に着いた頃には、もうとっくに同級生の大半は登校してきており、みんな思い思いの朝の挨拶を交わして自分の席に着いたり、友人とダベったりしていた。
いつもつるんでいる友人達に軽い挨拶を返し、自分の机のフックに荷物をかけ、席に着いた勢いのまま机に突っ伏す。
「おはー。…………て、あれ、てってれえ。どしたのー? 体調悪い?」
隣席の女生徒であるどろんぱが、登校早々机にもたれかかっている俺を心配して声をかけてきた。
上体はそのまま、首だけそちらに向けて言葉を返す。
「んー、たぶん、寝不足。ほら、来週試験あるだろ」
「え、もしかしてまだこめっこに張り合ってんの? やめときなって。もう3年も経つのに、未だに一度も勝ったことないじゃん」
「……今回はレベル上げてるし、知力のステータスもかなり伸びてきてるから、もうちょいで勝てるんだよ」
「……そっか。《冒険者》だから、レベル上がりやすいもんねー」
にやけ顔で平然と痛いところを突く幼馴染に、せめてもの抵抗で冷ややかな視線を送り、再び机に顔を埋めて眠りにつこうとする。
———ここは、紅魔の里にある唯一の学校、《レッドプリズン》。
ある程度の年齢になると、里の子供達はこの学校で一般的な知識を身に付け、12歳になると《アークウィザード》に就けられて魔法の修行が開始される。
そうして計4年間、座学から体術まで様々なことを学んだ末に、《上級魔法》を習得してから卒業するのが一般的とされているのだが…………。
先程どろんぱに指摘されたように、俺はもうすぐ14歳になるのに、未だに《アークウィザード》の職業に就けてもいないのである。
両親曰く、幼い頃の虚弱体質による発育の遅れが関係しているらしく、知力について言えば、それこそ血の滲むような思いをして学年でも2番をキープ出来るほどにまで伸びたのだが、魔力のステータスだけはどれだけレベルを上げても同級生の2/3にも満たないほど低いのである。
そのため、同級生達がレベル1からほとんど上がっていないにもかかわらず、俺だけはレベル15にまで上がっていた。
「いやー、でも魔法スキルもまだ習得してないのに、よくやるよねー。里周辺のモンスターなんて『一撃熊』だとか『ヤツメトカゲ』だとか強いのばっかりで、並みの冒険者ですら逃げ出すのに」
居眠りをしようとするこちらの意思なんてまるで意に介さず、どろんぱは話を続ける。
「そんなに無理する必要もないんじゃない? いいじゃん、万年2位でも十分すごいと思うよ、自信持って!」
……そのうち絶対にはっ倒してやろう。
机に突っ伏したままそう心に強く誓い、会話を広げるのも面倒なので聞こえていないふりを続けていたのだが、どろんぱはこちらの反応が無いことをつまらないと感じたのか、出し抜けに会話を転換して興味を引こうとしてきた。
「あ、そう言えば……。来週末こめっこの誕生日だから、ぷにまるのとこの店でパーッとお祝いでもしよっかって話が挙がってるんだけど」
「…………あっそ。で、だから、なに?」
長い沈黙の後、ぶっきらぼうに俺は答えた。
「えー、なに、怒ってるの? ごめんって、機嫌直してよー」
直接そうは言わなかったものの、「まんまと釣れた」という喜びが隠しきれていない声音で、どろんぱはテキトーな謝罪の言葉を並べる。
しまいには細い指をした手で「ごめんごめん」と言いながら俺の体を懸命に揺すり始めた。
「そんでねー、こめっことてってれえって誕生日2日違いじゃん? だからあんたもついでに呼んで、2人分まとめてやっちゃおー! って話になったんだけどさー。だから、その日の放課後は空けといてよ?」
余りにしつこく体を揺するので、俺は観念したとばかりに体を起こし、さっきまでと同様に不満げな目でどろんぱを睨んだ。
「……あのさ、お前、その誘い方で俺が、『はい行きます』って言うと思ってんの?」
「うん? 私、なんかおかしいこと言った? ……まさか、こんなに可愛い幼馴染の誘いを断ったりしないよねー?」
そう言ってどろんぱは、あからさまにわざとらしくぶりっ子のフリをする。
……そう、このふてぶてしい幼馴染は、幼い頃から確かにこうだった。
姉同士の仲が良かったことと、同い年であることもあり、俺とどろんぱは物心ついた頃から一緒に行動することが多く、ただでさえ閉鎖的で里の皆が顔見知りのこの集落の中でも、とりわけ近しいと呼べる間柄だった。
そんな彼女は天然なのか大物なのか、はたまたただのバカなのかは分からないが、昔から歯に衣着せぬ言動で周囲を良い意味でも悪い意味でも驚かせてきた少女なのである。
———あれはレッドプリズンの入学式の日。
新入生とその親族達は、とても式とは呼べないような簡素な催しに出席するために学校の講堂で集まっていたのだが、校長先生が挨拶をするために演台に立った際、うっかり頭に被っている博士帽を落としてしまった。
その場にいた皆の目に、大きなV字形の立派な御威光様が写ったが、誰もが空気を読んで見て見ぬフリをしたのにもかかわらず、どろんぱは、
「校長の生え際は卒業式をしてるんだね」
と、本人どころかその場の全員に聞こえるボリュームで言い放ったのだ。
……曰く、その日から校長の博士帽は《上級魔法使い》の風魔法でも吹き飛ばせないほど、強固に固められたとか。
そんな天性のバカに、デリカシーたる人類の文化を求めても仕方がない。
「……良いんだけどさ。そういうのって普通、本人には黙っておいてサプライズ的なことをするもんじゃないの?」
「別に、うちらの間でサプライズなんて大して意味ないでしょ、こんな閉鎖的な里なんだしさー。こそこそやったってどうせ誰かにバレて、広まって、おじゃんが関の山よ」
それはまあそのとおりかと納得した態度を見せ、特に理由もないが考えているような素振りをしてみる。
他にも、参加するクラスメイトのこととか、用意するものがあるのかとか色々と尋ねたかったものの、とりあえずは観念したというように息を衝き、彼女が望むように肯いてみせた。
「……分かったよ、来週末の5日な」
「うん、そ。………あっ、あとこめっこ誘っといてねー!」
「は? なんで俺が—————」
—————キーンコーンカーンコーン。
言い終える前に始業を告げるチャイムが鳴り響き、それと同時に担任のぷっちんが名簿を片手に教室へと入ってくる。
「静かに、全員席に着けー」
俺の不平に対し、どろんぱは「お願いね」と顔とジェスチャーで答えて前を向いた。
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