4-1話 「ネスト」


 多目的組織【ネスト】。鳥の巣を意味するこの組織のメンバーは、自分たちの肩書きに違和感を覚えながら生活している。

というのも、ネストは戦争に巻き込まれて身寄りを失くした者が集まるのだが、慈善団体などではない。メンバー一人一人が労働力となって、戦場痕や廃工場でガラクタを漁ったり、別の組織から用心棒の依頼を引き受けたりして、必要な金品を調達する。

難民キャンプ的ではあるが、ジャンク屋でもあり、小規模な傭兵団としての側面もある。今後、別の事業に手を出す事もあり得る……ということで、面倒だから「多目的組織」と名乗っているのである。

また、彼らは統一連合とテレストリスどちらの配下でもなく、日々を生きることだけ考えていた。

 そんなネストの拠点である廃校跡には、毎日様々な物が運び込まれるのだが、アセラントを持ち込むのはアンリが初めてだった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 物資搬入係の男衆が粗方その日の仕事を終え、即席ラーメンでささやかな晩餐会を開いているところだった。


「おい、またアンリが変な物拾って来たぞ」


1台のトレーラーを連れた黒いワーカー――パラポネラが帰還したのを見て、3人のうちの1人・ユーハンが言う。


「今度は何だ? 昨日もアセラント用か何かのスナイパーライフル見つけてたよな……ワーカーにゃデカすぎるけど」

「まぁプロエリウスの頭丸々持って来たときと比べりゃ、もう驚かないさ」


あと2人イドとクオンも軽く笑っていたのだが、トレーラーの荷台を見るや否やラーメンのカップを落とし、開いた口が塞がらなくなってしまった。

唯一そうならなかったのは、整備班長のシューベルトだけ。彼はゴワゴワした髭を撫でながら呵々大笑し、コックピットから出て来たアンリに向かって話し掛けた。


「お〜、アンリ! こいつはドえらいな! アセラントか?」

「そうだよ、おじいちゃん! すごいでしょ!」


アンリは満面の笑みでシューベルトに跳びつく。2人に血縁は無いが、本当の祖父と孫娘のように仲が良かった。

それを気おくれした様子で見つめる搬入係の3人。


「アンリ。お前、公園でドングリ拾って来た子供みたいなテンションで……」

「経緯を説明するとね、この機体がついさっきティニア岬基地を潰しちゃったの。で、活動停止してるところを私が保護したわけ」

「「「保護……?」」」


ユーハンたちが怪訝そうに呟くと、アンリはアセラントの方に向かって呼び掛けた。


「は〜い! 出て来て良いよ!」


すると、アセラントの陰から白いパイロットスーツを着込んだ子供が姿を表した。


「ジャジャーン! パイロットのイレヴン君です! あれ? 君、ちゃん? どっち?」

「……アンリ、お前……ついに誘拐にまで手を染めたか」

「違うよ!! 行く当てが無いって言うから連れてきたの! そうだよね?」


アンリに抱き寄せられたイレヴンは静かに頷いた。

シューベルトはイレヴンに握手を求めながら言う。


「その脚……改造人間に会ったのは初めてだが、ここは『ネスト』。儂はどんなヤツでも歓迎するぞ」

「あ、この子喋れないの」


アンリのフォローが挟まりつつ、イレヴンはぎこちない握手をした。


「儂はここの整備班長だ。あの機体を直すことがあったら儂を頼ってくれ!」


ユーハンたちが接し方に困る中、彼は年の功もあって、あっという間にイレヴンとの距離感を縮めた。



 赤髪の女がやって来たのは、その直後のこと。


「まさか本体まで拾ってくるとはなぁ……ネストの拠点でアセラントを拝む日が来ると思わなかったよ」


シャルロッテはタバコを咥え、ポケットに手を入れたままイレヴンの機体を見上げた。

彼女の存在に気が付いたユーハンたちは慌てて帽子を取って深くお辞儀する。


「「「お、お疲れ様です! ボス!」」」


ただし、シャルロッテはそちらにはあまり目をやらず、


「ハイ、おつかれ」


とだけ言って、適当にチョコを渡しながら前を通り過ぎて行く。

そして、イレヴンの所まで来ると、カツカツとヒールを鳴らすのを止めた。


「君があの機体のパイロットかい?」


背の高いシャルロッテに対し、イレヴンは上目遣いのまま頷く。ただ、少し怯えているようで、その体をピッタリとアンリにくっ付けていた。


「シャルロッテ、ちょっと怖がっちゃってるみたい」

「おっと、それは悪かったね。これで機嫌を直してもらえると良いんだが」


シャルロッテは髪の間からまたもチョコを取り出した。

金の包み紙が成された円盤型……コインそっくりの物だった。


「よかったね、イレヴン。これレアだよ」


ただし、当のイレヴンはチョコレートもコインも知らないので、手の上で持て余している。

そんな彼を見つめながら、シャルロッテは言った。


「色々訊きたいところだが、もう遅い……取り敢えずイレヴンにも部屋を貸してやろう」

「待って待って! 私とおんなじ部屋がいい!」

「あぁ。アンリ、ルームメイト欲しがってたもんな」


常日頃から元気を持て余しているアンリにとって、部屋に一人でいる時間は天敵で、それは皆も理解していた。


「ねぇ、いいでしょ? シャルロッテ?」

「イレヴンがいいなら別にいいぞ」


シャルロッテがそう言うので、アンリがイレヴンの方を見ると、二つ返事のような感じで頷いていた。イレヴンは早くもアンリに懐き始めているらしい。

一方、ユーハンやシューベルトは機体の方にも目を向ける。


「こっちは……ひとまずカバー掛けて倉庫に隠しとくか」

「そうじゃな。ニコルに見つかったらドえらいことになる」

「誰かあたいを呼んだ?」


丸メガネを掛けた、黒ずんだ金髪ショートの女がひょっこり顔を出した。



・後書き――――――――――――――――――――――――――――――――――

搬入係の青年たちの名前に関して

ユーハン→宇航:中国系

 イド →이도:韓国系

 クオン→Cuong:ベトナム系

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