4-2話 「ネスト」


 一方、ユーハンやシューベルトは機体の方にも目を向ける。


「こっちは……ひとまずカバー掛けて倉庫に隠しとくか」

「そうじゃな。ニコルに見つかったらドえらいことになる」

「誰かあたいを呼んだ?」


丸メガネを掛けた、黒ずんだ金髪ショートの女がひょっこり顔を出した。


「ゲッ」

「おい、アリんこ! 今『ゲッ』つったな?」

「私アリじゃないし~」


大人たちは、眼前で展開される口喧嘩の様子を「相変わらずしょうもないな」と見守る。

が、そのやり取りは唐突に破綻を迎える。


「……って、何あの機体?」

「オイ待てメガネ野郎!」


ニコルは切れ気味のアンリをほったらかしてトレーラーに駆け寄って、誰かが阻止する間も無くイレヴンの機体に齧り付いた。


「アセラント、アセラントォ、アセラントォォ! 初めて見た! うっひょ〜っ!!

あぁ、シャープに引き締まった頭から突き出した一本角……いかにもエース機体って感じのご尊顔だわ!」


彼女は誰に説明するでもなく、マシンガンのように機体の魅力を語り始める。勿論、自分のタブレット端末で機体を撮影する手も止めない。


「胴体は高速巡行を見据えてかな、設計者は空気抵抗少ない形というものを分かっていらっしゃる……あと、この出っ張ったお胸のところ。曲線美という概念を極めちゃってる! もうエロい!

腕も見せて! あぁ! あぁ、あぁぁぁ! これも相当な技術盛り込まれてるよ! キャアアアアアアア!

次、バックパック! まぁ、なんて豊満なの! さぞ強力なジェネレーターを搭載してるのね、うっとりしちゃう。でも待つのよ、ニコル。その両側に設けられたブースターユニット……最っ高に私好みじゃない! まるで、天使の翼のように長大で――ハッ! 今、この機体が空を飛んでいるところが見えたわ! 真っ白な機体色と相まって、もう天使! 

そして何より驚いたのは脚よ、脚! 夢にまで見た趾行型っ! ハァハァハァハァッ、過呼吸になっちゃう! シリンダーのチラ見せとかマジ助かるぅ~」


流石にニコルにも肺活量の概念はあったようで、ここで深呼吸を挟む。

その隙を見てアンリは辛辣な言葉を浴びせた。


「妄言を叫んで気は済んだ、メガネちゃん?」

「妄言じゃありまっせ~ん! そこのパイロットに答え合わせしてもらえば分かるよ、これが緻密な推測だって」


今度はイレヴンのもとに駆け寄るニコル。


「ねぇねぇ、機体のこと詳しく聞かせて! ……まずは動力! 何が使われてるの? 装甲も気になる。戦闘後だよね、あれ? ほぼ無傷じゃん! 武装はどうしてたの? 何使ってたの? ……あとは操縦方法! ワーカーとは違うんじゃないの?」


ニコルは目を輝かせてイレヴンに質問攻めするのだが、アンリはその様に不敵な笑みを浮かべる。


「フフッ……ニコル君、生憎イレヴンは喋れないのだよ。君の野望はこれでついえたのだ!」

「へぇー『イレヴン』って名前なんだ。情報漏洩オツ」

「なっ……!」

「イレヴンはこれまで誰かと話すときは脳波チャットとか使ってたのかな?」


イレヴンは少し思い出して考え、「大体そんな感じだ」と頷いた。

また、先程アンリに自分の名前を伝える際は、メモ用紙に拙い字で書いていた。


「う~ん、それをしようとするとちょっと面倒だな……そうだ、あれ使おう」


ニコルは爆速で、イレヴンをラボの方へ拉致して行った。

彼も不安そうな顔をしているが、首を摘ままれたネコのようにされるがまま。


「あ、ちょっと! 私の新しいルームメイトをどこに連れて行く気⁉」


アンリもそれを追って去って行き、残されたシャルロッテたちのもとには何とも言えない静寂が訪れた。


「若いのは元気じゃのお」

「全くだ」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 その時は既に日も暮れており、アンリがイレヴンを連れて来た事を知る者は多くなかった。

それ故に、シャルロッテは未だ自室で悩んでいる。

自分が立ち上げたこのネストという組織は、流れ者の為の場所。明確な害をもたらさない限りは、どんな者も受け入れる巣として活動して来た。その信念に従えば、イレヴンも保護対象にあたる。

だが、彼は大き過ぎる力を持っていた……例の白いアセラントである。

アセラントとは、本来テレストリス軍だけが保有している兵器だが、あれはそうでもないらしい。

シャルロッテは兵器の製造元などに詳しい訳ではないが、イレヴンの証言とシューベルトの見解を含めて考えれば、あの機体は統一連合側が秘密裏に開発したものだろう。

統一連合はテレストリスとの徹底抗戦に舵を切った。イレヴンのアセラントもその過程で実戦投入されたのだろうが、如何せん強過ぎる。

テレストリス軍基地を壊滅させたのは、イレヴン自身が認めている。ここ周辺で最大規模の基地・・・・・・・を、しかも単機・・で。

「アセラントは戦場を支配する」という評判に従い、従来のアセラントを最強の戦術・・兵器とするなら、イレヴンの機体は最早一つの戦略・・兵器に片足を突っ込んでいる。

弱小組織であるネストがそんな過剰戦力を保有した場合、戦火を避けてここに身を置いている者たちにとって大迷惑になる事間違い無し。

イレヴン本人の方も、改造人間としてどんな人生を送って来たのか想像も付かない……世間を全くと言っていいほど知らず、更には喋られないと来た。訳アリでしかない以上、安易な対応は取れない。


「巣よりも大きい鳥が来ちまった、ってところか……」


シャルロッテは煙の混じった溜め息と不安を洩らすのだった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 イレヴンが壊滅させた基地の様子は、テレストリス軍の別の拠点で観測されていた。


「司令官、ティニア岬基地からの通信が途絶えました」

「馬鹿な、救援要請からまだ数十分しか経ってないぞ⁉ そんなことが――」

「静まれ。……今、我らが取るべき対応は彼らの基地を墜とした者の特定と排除だ。救援部隊の出撃は取り消し、すぐに調査部隊を再編成しろ」

「司令官、規模はいかがしますか?」

「自由に動かせる人型兵器は全てだ。補給ラインについても抜かるな」

「……では、アセラントも出すと?」

「あぁ。【グレイブ・バッファロー】のパイロットにも伝えろ。恐らく大捕物になるとな……」


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