3-1話 蟻が見たもの


 自前の黒いワーカーのコックピットに座り、操縦桿を必死にいじくり回す娘が居た。

今年で17歳になる彼女の名はアンリ。普段からテレストリス軍基地の周辺に忍び込んではガラクタを漁り、仲間と共に暮らす為の金品を調達していた。

が、今日は運悪くパトロールに引っ掛かってしまい、敵機に追跡されている真っ最中である。


「もしもし、ユウスケ?」


何とか拠点と通信が繋がり、彼女はいつも通り気の抜けたような声で話し始めるのだが、その目はモニターから離さず、瞬きすらしない。


『あ、アンリか? 今どこに――』

「座標は送った」

『……お前! またテレストリス軍のテリトリーに――』


オペレーターのユウスケが心配して声を荒げると同時に、別の者がアンリへ注意を促す。


「アンリ、ロケット弾が来ます」

「おぉ、危な!」


アンリの相棒たるアシスタントAI・フレディである。彼が警告しなかったら、今頃周りのガラクタに仲間入りしていただろう。


『今の轟音……まさか交戦中なのか⁉』

「そうだよ、今プロエリウスに追われてる」


同じ人型ロボット兵器とは言え、【プロエリウス】はアンリの乗っているような【ワーカー】と比べて非常に大きい。テレストリス軍の運用する量産型のそれは、全長約30メートル――ざっと5倍。

この状況を重く見たユウスケは、上の立場の者にマイクを渡した。


「代わった。どういう状況だい?』


どこか冷ややかな声の主はシャルロッテ。アンリの所属する組織の長である。

彼女の質問にはフレディが答えた。


「いつも通りティニア岬基地周辺で廃品回収を行っていたのですが、探知されてしまいました。現在住宅街跡で量産型プロエリウスを振り切るべく奔走しているところです」

『分かった……地雷を仕掛けた場所を教えるから、上手く使って撒きな』


このやり取りの間にも、プロエリウスは迫り来ている。

地面を一歩一歩踏みしめる度、コンクリートに亀裂が入って地響きが生じた。それに伴い、アンリの体もグワンと大きく揺れる……彼女は舌を噛まないように必死だった。


「アンリ、シャルロッテから座標情報を受信しました。マップに反映します」

「了解、この細い路地ね。近い――っていうか、ここじゃん⁉」


アンリが大慌てでジャンプして地雷を跨いだ直後、背後で爆発が起きた。振り返って、プロエリウスの右脚が爆破されたのを確認すると、


(もう追って来られまい)


と、アンリは一安心した――

――次の瞬間、舞い上がった煙が渦を巻き始めた。同時に大量の銃声が鳴り響き、アンリの機体に衝撃が走る。

敵のガトリング砲が数発装甲を掠めたようだ。流石にこの程度では撃破されないが、アンリは背筋が凍った。


「シャルロッテ、地雷効いてない!」

『プロエリウスを倒せる地雷なんて調達できる訳無いだろう! 最初はなからちょっとした花火みたいなもんさ』

「うっそぉ……私の【パラポネラ】じゃプロエリウスに勝てっこないよ!」


悪いことは重なるもので、必死の思いで逃走を再開するアンリのもとに更なる苦難が舞い込む。


『……残念なお知らせだよアンリ、2機目だ』

「えぇ⁉」


続けて、フレディが言う。


「アンリ、正面から熱源体が急速接近しています!」

「ちょ、何それ? どうしろって言うの!?」


そう喚いた直後には、目の前にプロエリウスが立ちはだかり、逃げ道を絶たれた。

アンリの機体【パラポネラ】を睨みつけて、腕部ガトリング砲をかざしている……先程とは違い、厳めしい顔のような形状のカメラで、今度は確実に照準を定めている。

アンリは完全に体がすくみ、どうすることもできない。


(死ん、だ)


彼女は純粋に死を覚悟した――が、最期のときは訪れなかった。

絶体絶命と思われた次の瞬間、一発の弾丸が筋を描いて飛来し、プロエリウスの頭部を貫いた。

頭部が爆発した。首も爆発し、胸部の方からも火が上がる。各部位へ次々と誘爆し、プロエリウスは装甲をギシギシと軋ませながら、膝から崩れ落ちた。

アンリは命拾いして安堵するのだが、同時に、あれだけ強力なプロエリウスがたった一撃で無力化された事実に絶句した。

また、頭上に立ち込める煙を突っ切って何者かが彼方に飛んで行くのが目に映る。


「白い……アセラント?」


先の攻撃の主であろうそれは、飛行機雲を描いて去って行った。


「アンリ、今の機体が何かパージしました。落下して来る部品に注意を」

「ありがと、フレディ」


上空から落ちて来た追加ブースターらしき部品ら。それはトドメと言わんばかりに残骸と化したプロエリウスの頭に直撃した。

アンリは


(ざまぁ見ろ)


と少し笑った。


『――、――ンリ、アンリ! 大丈夫かい?』


少しノイズが挟まったが、シャルロッテから再び通信が。


「うん、例のもう一機が通りすがりに倒してくれたよ」

『テレストリスの機体……ではなかった?』

「みたいだね」

『……そいつは気掛かりだ。フレディ、何か手がかりは?』

「パージして行ったブースターの部品があります」

『よし。じゃあそれを幾つか持って帰って来な』

「りょうか~い!」


アンリは上機嫌に戻って、またパラポネラを走らせた。


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