第7話 探せ!!サイボーグ悪役令嬢!!

前回までのあらすじ

 神様もLI◯Eを使うらしい



「ノーマン、これはどういうイタズラなの?」

「あっ、いや、これはそう言うのではなく……おかしい! 一体どこへ行ってしまったんだ!」


 何度も何度も確認するようにノーマンは空っぽの棺桶の中を手で弄っている。その見事なまでの慌てっぷりには胡散臭さが匂い立つが、逃げ出すチャンスは幾らでもあったに関わらずわざわざ私の為に駆けつけてくれたのだから、無量の信頼というものを彼に預けてもいい頃だろう。


 ノーマンを信じてこの棺桶には確かに私の体が保存されていた事にしよう。私の処刑が行われたのが今日の正午ごろ。そして、晒されていた私をノーマンが回収したのが今日の深夜。彼が私の体をこっそりくすねて隠れ家に持っていってから、一度もこのアジトには立ち寄ってはいないようだ。何度も人の出入りがあると怪しまれると考えてのことだったようだが、その警戒心が裏目に出てしまったようだ。私の体は今日の正午ごろから深夜にかけての時間に、何者かによって盗まれたと考えるのが妥当だろう。

 では、盗んだのは誰? インポリオ家に怨嗟深い者? 魔女を信仰する怪しげな教団? 私の体がない事に気がついた騎士団? 私の復活を恐れたセイントハーヴスの刺客?

 それらしい可能性についての考察は幾らでも出来るが、私は名探偵ではなくサイボーグ悪役令嬢だ。犯人の人物像についてのプロファイルから、盗難物の行方を探り当てるのは困難を極める。私に出来ることと言ったら、せいぜい腕を飛ばす事ぐらいだ。その飛ばす腕も体ごとどっかに行ってしまったんだが。


 おや。腕を飛ばす。……ふむ。出来るかもしれない。


「なにか手がかりでも見つけましたか、お嬢様」


 私が何か閃いた事を察して、ノーマンが近づいてきた。私は思いつきについて彼に話す事にした。


「私、腕を飛ばせるでしょ」

「ええ。首も飛ばせます」

「飛んで行った腕って、自動で戻ってきたでしょ」

「ええ。そうですね。……あっ」


 どうやら私の思いつきがノーマンにも伝わったようだ。

 飛ばした腕が自動で戻ってくるのであれば、気合を入れて踏ん張れば切り離した体が自動で戻ってくるかもしれない。

 私は歯を食いしばって強く念じた。体よ、戻ってこ〜い。戻ってこ〜い。



  ◇



 私が体に早くお家に帰ってくるように念じていた一方で、体はお家とは逆方向に爆走していた。

 こういう表現をするとまるで体がひとりでに走っているかのようだが、無論そうではない。案の定私の体は盗まれて、絶賛国外へ輸送されている最中なのだ。

 それでは人間の体を盗むような気の毒な連中とは一体何者なのか。インポリオ家に怨嗟深い者。魔女を信仰する怪しげな教団。私の体がない事に気がついた騎士団。私の復活を恐れたセイントハーヴスの刺客。そのどれでもない。私の体を盗んだのは、気の毒な盗賊連中であった。


 彼らは世界を股にかけるコソ泥界ではそれなりに名の知れた集団であるようだ。その手口は概ね火事場泥棒で、戦や騒動のどさくさに紛れて金目の物を頂戴しては戦火と共にそそくさ逃げるというオーソドックスな戦法を得意としていた。

 そんな彼らが私の体を盗んだのは別に計画的な犯行ではなかった。全て偶然がたまたま重なっただけの奇跡みたいなものである。

 まず彼らがこの国に立ち寄ったのは、盗みを働くためではなく盗品を売り捌く為であった。この都には盗品を扱う悪どい商売ギルドが存在していた。そしてそのギルドのバックにはお馴染みのインポリオ家が存在していたのだ。

 当然ながらインポリオ家存続の危機において、裏商売ギルドはてんやわんやしており、盗品の取引などしている場合ではなかった。だが、盗賊にとってはその狂乱こそが飯の種になるのだ。

 手練れの火事場泥棒である彼らの手に掛かれば、尻に火のついたインポリオ家に忍び込んでバレない程度に金品を掠め取る事など造作もなかった。そして彼らは脱出経路として、あろう事か私の体が保管されていた隠れ家の地下通路を使用していたのだ。

 私の体は帰りの駄賃として拐われた訳だが、何もそれが一団の総意って訳ではないようだ。


「なあ、気味悪いぜ。服とか引っぺがして死体は捨てちまおうぜ」


 私の体に向かって気味が悪いと無礼な事を言った男の名はミッド。盗賊なんてデンジャラスな事を生業にしている癖に、何処にでもいそうな普通の小心者である。

 盗品の見張りをしていたミッドは、馬車を運転している男とその隣でぷかぷかキセルみたいなものをふかしている女に目線をやった。

 馬車を運転しているショウトはミッドに目をくれずに言った。「体にも価値があるんだから持ってきたんだ。なあ、姐さん」

 姐さんと呼ばれたローグンはふぅーっと煙を吐いた。「悪名高い魔女様だ。きっと変態好事家が高値で買ってくれるよ」

 ミッドは二人の言葉に納得しきれずに、布で包まれた私の体を横目で見た。ぐずぐずしている様子にローグンが荷車まで乗り出してきた。


「いいか、ミッド。コイツの体はあんな所に隠されてたんだ。処刑された人間の中でコイツだけが。それってどういう意味かわかるか?」

「どういう意味なのさ?」ミッドの問いかけに口を開いたのはショウトであった。

「なんでアンタも分かってないんだ。……何らかの価値があるからに決まってんだろ。死刑囚の体なんて雑に埋められるか、辱められるかのどっちかだ。どっちもしないのは特別な事なんだ」


 ローグンの言葉に納得したのかしてないのか、ショウトは何も言わずに馬車の運転に集中している。ミッドは相変わらず青い顔をしている。ローグンはため息をついた。


「なにがそんなに怖いんだ。墓荒らしとか追い剥ぎまがいの事なんて今までもたまーにしてきただろ」

「そうだけど、これって魔女の体なんだろう? 急に動き出したりしないかな……」

「馬鹿言え。ゾンビじゃないんだ。首もない。動いたりするもん……か?!」


 ローグンは目を見開いて驚いた。言ってる側から私の体が動き出したのだ。ミッドは気絶するのを堪えるので必死だ。しかし、うかうかそれに驚いてられる場合でもなかった。立て続けに今度は凄い勢いで空から何かが地面に落下したのだ。


「なんだっー!!」


 衝撃と激突音に怯えて、馬が興奮してしまった。ショウトはそれを宥める為に一度馬車を静止させた。

 馬車が停止するのを見計らって私の体が馬車から飛び降りた。そして、落下物のもとまで駆け寄った。


「な、何が起こってんのよ、これ……」


 ローグンは唖然としてその場から動けず、ミッドに至っては既に気絶している。万事興味なさげなショウトも馬車から降りて、騒動の原因を見にきていた。


 立ち登った砂埃が消えると、そこに立っていたのは首がついた完全体の私。それと、ボロ雑巾みたいに地面に転がるノーマンであった。

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