第6話 合体しろ!!サイボーグ悪役令嬢!!

前回までのあらすじ

 私だけが乗ってないバス



 バスに乗車していたのは運転手とバスジャック犯だけだった、という衝撃の事実がノーマンの口から告げられたがにわかには信じ難い。だって私の頭の中には野澤千恵美とか言うしょーもない人生を送ってきたしょーもない女の記憶がみっちり詰まっている。人格だってそちら側に引っ張られていて、現状はハブリーの皮を被った千恵美と言っても差し支えない状態なのだ。そのせいでお優しい皇太子殿下も豹変して、私の首を刎ねようと躍起になったのだ。それなのにバスに乗ってない、あの時に死んでない、というのは流石に無茶がありすぎる展開だ。

 私があまりにも聞く耳を持たない態度をとっていると、ノーマンはそもそも何故空っぽのバスをジャックする珍妙な事件が発生したのかについて話し始めた。しかし、その内容は私がバスに乗っていなかったという話以上に信じ難いものであった。


 曰く、神様からの連絡があったらしい。L◯NEで。

 古今東西様々な神様が座すが、某コミュニケーションツールを使って連絡をする程に俗世に染まった神様も珍しかろう。八百万の神がそこかしこにびっしり生息していると言われる日本ならではかもしれない。

 そんな珍しい現代神様の言うことはかなりちんぷんかんぷんで、自分の指示した通りに死ねば違う世界に転生させてやろうと言うのだ。よりにもよってその世界が乙女ゲーというのは、ツッコむ気力すら失せさせる。

 挙句、バスジャック犯の黒岩とバスの運転手である稲田は、それを信じてのこのこ指示通りにジャックしたバスで大暴走。道ゆく国民にやたらと恐怖を味合わせた挙句にガソリンスタンドに突っ込んで木っ端微塵に消し飛んだと言う。

 神様を自称する訳のわからん奴の中でもトップクラスに訳のわからん奴の言う事を聞くほど耄碌していた割には、それなりに周囲の被害については対策を検討していたらしく、ジャックするバスは運行を終えて乗客の乗っていないもので、突っ込むガソリンスタンドも無人で人気のなさそうなものを選んだらしい。

 その結果として稲田は無事にノーマンに転生する事が出来て、めでたしめでたしといった具合である。


「少なくともバスに乗っていた人はおりませんよ。だってもう営業所に戻る車だったんですから」

「それでアンタは指示をくれた神様にスキルとやらを貰ってこの世界に転生したと」

「はい。その通りでございます」


 ノーマンはうんうんと首を小刻みに揺らしている。勝手に私が話を理解した気になっているのだ。「だあーれがそんなふざけた話を信じると思ってんのよ!!」と私は怒鳴った。


 百億万歩譲って、神様とやらが居ることも、指示通りにしたら転生できることも、それの話をバカ丸出しで信じた事も、全部本当のことだとしてやろう。実際に奴は転生しているし、意味不明のとんでもパワーで私もサイボーグになってるし、今となっては首だけで生存している。事実は事実だ。経緯に関して今更とやかくは言うまい。

 でも、絶対に、私がそのバスに乗っていなかったなんて事は、ぜぇっーたいにありえない!! だって死んでんだもん! 私!


 頑なにその事について譲らない私に対して、ノーマンがついに折れた。「分かりました。そう言う事にします」


「は? そう言う事?」

「うあ、いえ、私どもの不注意のせいで、巻き添いを食わせてしまい大変申し訳ございませんでした」


 私の凄みにノーマンは平伏して巻き添いの件を謝罪した。

 とうとうにっくきバス運転手の土下座を手に入れた私であったが、それで水に流せる程この件は軽々しくないだろう。決して私を死に追いやった犯人を許しはしないって話ではない。私はそこまで狭隘な人間ではない。

 仮にノーマンの言っている事が本当で私がその場に居なかったとしたら、私の前世の記憶だと思っていたこの野澤千恵美なる人物の記憶は一体なんなのか、それが大きな問題なのだ。

 ノーマンが私の怒りの矛先を逸らす為に嘘をついた可能性はゼロではない。奴一人にあれこれ問い詰めても平行線を辿るだけで、真贋を見極める事は叶わないだろう。この話の真相を突き止めるためには“もう一人”に会いに行かなければならない。奴は私に会いたがっていないようだが。


「黒岩さんが誰に転生したかですって?」


 ノーマンの話では各々が好きなキャラクターを選んで転生したと言う。そして、黒岩という人物が選んだハブリーには私が代わりに転生した。

 そうなると、転生し損なった黒岩の魂はどこへ行ったのか。そのまま行き場をなくして天に召された可能性もあるが、自分の言う事を律儀に聞いた敬虔な信徒に「早い者勝ちだから」なんて冷たい言葉をかける神がいるとはあんまし信じたくはないし、私の正体についてある程度の知見がある敵がいる事についても奴が他の誰かに転生してくれた方が都合がいい。

 ノーマンはうんと考える素振りをしてから「ハブリーでなければミシュリアですかねえ」と言った。


 ミシュリアは北の大国セイントハーヴスのお姫様である。このキャラクターのチョイスはかなり辻褄が合うものだ。

 ミシュリアはハブリーの様な嫌な奴ではないが、あまりストーリーに絡まず印象の薄いキャラだ。その癖ルート次第ではエンディングでちゃっかりこの国の皇太子と結婚したりするので侮れない。故に私の中では泥棒猫の地位を欲しいがままにしている。だが、今回の泥棒猫は私のようだ。ハブリーという役を取られて御冠らしい。


「しかし、ハブリーといいミシュリアといい、もっと良いキャラに転生すればいいのに」

「黒岩さんのお気に入りのキャラだったらしいです。見た目が可愛くて好きなんですって」

「見た目が可愛いねえ……乙女ゲーのキャラでねえ……」

「彼女らの様な煌びやかな格好を自分も人目を気にする事なくしたいと、彼は頻りに仰っていました。全く偏見と差別とは度し難いものですな」


 なるほど。そういう感じの人だったのか。危うくセンシティブな発言をしそうになってしまった。悪役令嬢とはいえ、そっち方面に対して悪役っぷりを遺憾なく発揮する事は死に直結する。マジで、色んな意味で。


「ところで、アンタも随分と乙女ゲーに詳しいけど、そういう人なの?」

「いえ、自分は別に。ただ無職の時に暇だったので手当たり次第にゲームをやっていただけです」


 ああ、そう。じゃあコイツには今後も特別な配慮はいらないね。


「黒岩さんがミシュリアに転生したとなれば、今回の騒動についてもある程度は辻褄が合いますな」

「実際のところは直接セイントハーヴスに乗り込んで確かめてみないと分からないけどね」

「そうですな。あの黒岩さんがこんな悪計を企てるとはにわかには信じ難い。確かめなければなりますまい」


 彼らの関係が生前いかなるものであったかは追求しないでおこう。深掘りせずとも二人で意味不明な指令をこなして異世界行こうぜってはしゃげる間柄から察するに余りある。私は寛容さを身につけねば生き残ることができない修羅の時代、令和に生きた女である。野暮は言うまい。


「どういう方法でセイントハーヴスに忍び込むかは後々考えるとして、一先ずは私の体を持ってきてちょうだいな。大事に保管しているんでしょ?」


 私の言葉にノーマンはご自慢の髭をさすって答えた。「もちろんでございます。この隠れ家の地下に保存してあります」

 ノーマンは私を連れて地下室へと向かった。彼が用意した隠れ家は見た目はボロ家であるが、内装は非常に整えられており清掃も行き届いている。ノーマン曰くここはインポリオ家が前々から用意していたアジトであると言う。地下室は武器庫兼非常脱出経路となっているようだ。

 私をテーブルの上に置くと、ノーマンは雑に立てかけれれている武具類を退かして、その裏に隠れていた豪華な作りの棺を取り出した。あの棺桶の中に私の身体はしまわれているようだ。


 しかし私はその棺桶を前に違和感のようなものを覚えていた。具体的にその正体が何なのかは分からなかったが、ノーマンが重厚な棺の蓋を開けた事により違和感の原因を理解することができた。


 棺の中に私の身体はなく、空っぽだったのだ。これが違和感の正体であり、どうやらサイボーグ悪役令嬢たる私には嫌な予感を感じとるセンサーが内蔵されているようだ。

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