第5話 驚愕しろ!!サイボーグ悪役令嬢!!
前回のあらすじ
私は死んだ
国家転覆を企てたとされる逆賊インポリオ家の処刑は、民草の退屈な人生を彩るエンターテインメントの一つとして盛大に執り行われた。
正直なところ国民の殆どが私たちが一体どんな悪事をしてきたかも知らないだろうが、取り敢えず悪党の首が胴体から離れれば楽しいらしく、椀子蕎麦めいてスピーディーに処刑が行われる様に観客は大いに盛り上がった。
ちょん切った首は暫くの間、見世物として晒されるようだ。我々悪党の身体を余すことなく活用しようとするエコ精神には感服するが、自分の体を好き勝手に弄ばれるのは当事者としてはたまったもんじゃない。
とはいえインポリオ家が悪事の百貨事典みたいな悪逆無道っぷりを発揮してきたので、「酷いことはやめて!」なんて被害者ぶるのは憚られた。でもせめて「物を投げるのはやめて」とは言いたかった。
「おい、お前ら。物を投げるのはやめ――ぶはっ! おい! 俺にも当たってんだよ! やめろっ! え? なに? むしろ俺に向かって投げてんの? じゃあ戦争するね」
途中、私の代わりに投擲に文句を言った見張りの兵士が的の代わりを務めてくれた。勤勉な兵士も居たものだ。お前には後でハブリー様お手製の頑張ったで賞をプレゼントしよう。
兵士と国民による投擲合戦という面白おかしい騒動のお陰で必要以上の辱めを受けずに済んだが、悪功の入ったインポリオ家に産まれてきた因業はその程度では回避することは出来ない。
その日の夜に稀代の大悪党ハブリー・インポリオの首が盗まれるという珍事が発生した。
世の中には奇抜な性癖を持つろくでなし共がごまんといるが、うら若き乙女の頭部を独り占めしようとする輩は特殊な訓練を受けた変態の中でもエリート中のエリートだろう。夜陰に紛れて目撃者なく窃盗を行う華麗な手際からも、犯人がただならぬ特殊性癖者である事が伺い知れる。
国内の治安維持に努める騎士団は、インポリオ家に特別に怨嗟深い者の仕業ではないかと当初は疑ったが、盗まれたのが私の首だけであることから、魔女を信仰するよからぬ教団の仕業である可能性にも目を向けていた。しかしどちらの推理も的外れが良いところである。なぜなら私は魔女ではなく、サイボーグ悪役令嬢なのだから。
「ご無事で何よりです。ハブリー様」
「これを無事って呼べるなら、そうなんでしょうね」
首を盗んだのはアリウス殿下に告げ口したと思われていたあのノーマンであり、ついでに斬首刑で死んだと思われた私も首だけでピンピンしている。
兵士に扮したノーマンに「頭も飛ばすこともできるので、今は処刑されたフリをしてください」と言われた時は正気を疑ったものだ。ノーマン自身もあの状況で私が指示通りに処刑を受け入れてくれるとは思ってはいなかったようで、「しかし私の言う事をよく聞いてくださいました」と私の英断を平伏して讃えている。
私だって最初の言葉だけではノーマンもろとも飛ぶ拳で会場に集まった輩全員をボコボコにしていたことだろう。しかしノーマンは続けて「何者かがお嬢様を陥れようとしています。それもそいつは恐らく転生者です」と言ったのだ。私は前世の記憶を取り戻してノーマンの正体について聞いてから、頭の片隅で薄らに疑問に思っていた事への解答をそこに見出してしまった。それを確かめる為には一旦首を刎ねられるのも吝かではないと思ったのだ。
私が転生するきっかけはバスの事故によるものだ。事故を起こした張本人であるバスの運転手もそこで死亡して転生する事になった。
てめえで起こした事故で、しかも他人まで巻き込んでいるくせに、のこのこ第二の人生を謳歌しようだなんてなんとも間尺に合わない話だが、その事に目を瞑ればもう一つ間尺に合わない話が出てきてしまう。
転生者の人数が合わないのだ。あのバスには私と運転手と、あと一人バスジャック犯が乗っていたのだ。
死なば諸共の精神でバスジャック犯と私のダブルキルを果たした極悪人の運転手が罪を許されて転生できるのであれば、気の迷いから乗客が一人しか乗ってないバスを占領してしまったバスジャック犯さんにも慈悲はあって然るべきだ。
ノーマンが如何にして殿下に私の悪口を聞かせたのが転生者であると見抜いたのかは不明だが、仮に暗躍している者がいるとすると候補は一人しかいない。前世で悪党らしく振る舞えなかったのを根に持っているのか、そもそも私個人に特別な恨みがあるのか、やはり主義主張についてはわからないが、私に向かって悪戯しようとしていることはわかる。
「本当に私を陥れようとするしているのは私たち以外の転生者なのよね?」
「お嬢様も気づいているでしょうが、アリウス殿下はお嬢様の中身が違う人間であると疑っていらっしゃるようでした。それにセイントハーヴスの者がよく王室に招かれていました。原作にはない動きです」
セイントハーヴスは北にある大国である。原作では物語終盤になるまで話柄に上がることもないかなり空気な国である。選民的な思想が強く異なる宗教を信仰する国とは貿易すら行っていないはずなのに、この時点で王室と関係を持つのは確かに原作の流れを逸脱している。
「私のもとにもセイントハーヴスの使者がやってきて、我が国へ亡命しないかと誘われました」
「セイントハーヴスの中枢に転生者が居て、私だけを殺そうと画策していると?」
「そうとした思えません。……しかし、我々以外に転生している者など居るのでしょうか。もしかしたら元々この世界に居た転生者とか……」
「何を言ってるのよ、そんなの決まってるでしょ。バスジャック犯よ。バスジャック犯。なんで私を狙ってるかは知らないけど、今のところはそう考えるのが妥当……なによ、その顔?」
私の言葉を聞いたノーマンの駭然っぷりはこちらもおったまげる程であった。暫くお互いに仰天していると、ノーマンが気を取り直して言った。
「…………えっと、えっ? バスジャック犯ですか? えっ?」
「な、何を狼狽えているのよ……」
気を取り直してなお、ノーマンは混乱している。私も引き続き少し混乱している。
お互いにピヨピヨと頭の上にひよこを飛ばしていても埒があかない。私は気付け薬代わりに呆けたノーマンの間抜け面を睥睨した。ノーマンは慌てたように口を開いた。
「いや、だって、バスジャック犯って貴方ですよね、黒岩さん」
何を言っているんだ、コイツ。何故に私がバスジャック犯なんだ。黒岩って誰だよ。知らんわ、そんな奴。
もしかしてコイツは始めっから私のことをバスジャック犯の転生後だと思いこんでいたのか。私は前世についての自己紹介をしていなかったから、ノーマンがそう思い込んでもおかしくはないのだが、だからといって理由もなく人のことをバスジャックするような気の毒な人間と思い込むのはかなりの横暴である。ここは誤解を解くためにも、きっちり自己紹介しておかねばなるまい。
「違います。私は野沢千恵美です」
私の言葉にノーマンはやはり困惑するばかりだ。「…………どちら様ですか?」とノーマンは尋ねた。まあ、冷静になって考えれば、バスの運転手がわざわざ乗客の名前を把握している訳がないか。私も未だ混迷の中にいるという訳だ。
「あの時のバスに乗っていたの」
「乗ってた? 乗ってたって、どのバスに?」
「だから、バスジャックされたバスに」
私が件のバスに乗っていたと主張すると、ノーマンは枯れたような笑いを立てた。「そんなバカな。だってあのバスには…………」
「私と黒岩さん“しか”乗っていませんでしたよ」
さっきっから怒涛の展開し過ぎて頭がついていかない。でも頑張って食らいついていかねば。なぜなら今の私は、頭だけなのだから。
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