第3話 迎えろ!!サイボーグ悪役令嬢!!

前回までのあらすじ

 だから滅びた


 私の生まれ育った家を見捨てる判断にノーマンは暫くの間目を白黒させていたが、私の表情から本気である事を悟るとふぅっと一回大きく息を吐いた。


「……本気で言っておられるのですね」

「罪のないうん万人を犠牲にしてまで家を存続させる気はありません」


 この発想が平和ボケした日本人である千恵美産であったのか、あるいは意外にも嫌な奴の奥底には慈しみの心を持ち合わせていたハブリー産のものだったのかは、記憶が混じり合ってしまった今の状況では判然としない。


「なにより王太子殿下の裾を搔くような真似だけは絶対できないわ」


 でも、このセリフはハブリーの心からのものである事は分かった。

 悪役令嬢キャラだったとは言え、彼女の王太子への想いは本物であった。王太子もまた、最後の最後までハブリーに憐憫の情を懐いていた。様々な都合の悪い事に目をつぶれば、二人は意外とお似合いのカップルだったのかも知れない。

 だが残念ながら、私と王太子殿下が一緒になる事はありえない。悪役には悲劇がお似合いなのだ。まあ、然るべき悲劇の後は自由にやらせてもらうつもりだけどね。


「ノーマン、貴方にも然るべき罰を受けろとは言わないわ。前世の記憶があるのでしょう? 逃げても構いません。ただ反省して今後悪事に手を染めるようなことはよしなさい」


 中身も外身も悪党のノーマンに対してこんな事を言ってしまったのは、別に令嬢所以の寛大さをアピールしたかった訳ではない。ノーマンが私をサイボーグ悪役令嬢なるトンチンカンな化け物にしてくれたおかげで国外追放後の破滅を免れられるのに、その恩人を見殺しにするような選択をしてしまった事への言い訳のようなものである。

 ぶっちゃけた事を言うと、奴には相応の報いを自らの手で与えたいとすら思っている。これでもそこそこ我慢しているのだ。


「ありがとうございます、お嬢様。しかし、私はインポリオ家に忠誠を誓った身の上。家が滅びると言うのならば、先腹を切るのもお役目にございます」


 なのでノーマンがこう言った時には心の中でガッツポーズした。この心の醜さは恐らくは悪役令嬢たるハブリーのものである。私はそう信じ込む事に徹した。


「そう……貴方の選択、否定はしないわ」

「しかし計画とは大きくズレてしまいましたが、結果的にはお嬢様が助かる事になるのならば何よりです」

「ノーマン、本当に今までありがとう。こんな性格の悪い私の事を思ってくれて……」

「ほほ、あのハブリー様がお礼とは。前世の記憶が戻って性格が丸くなりましたかな?」

「そうかもね」


 それっぽい会話を交わして、私たちは笑い合った。笑ってる間、私は酷く自分がちっぽけな人間であるように思えて仕方がなかった。心の中でこそっと掲げていた拳を背中に隠したりもしたが、自己嫌悪はガッツポーズと共に消えたりはしてくれなかった。

 前世の記憶が戻っているにも関わらず、ノーマンに徹する事を選んだバスの運転手の心境が如何なるものかは私には知る術もない。逃げちゃばいいのに。何カッコつけてんだか。部屋から立ち去るノーマンの背中を見て、私はそう思わずにはいられなかった。


 胸の中を掻き乱すような不快感が、破滅を明日に待ち構えている事に対する緊張なのか、ノーマンにまざまざと見せつけられた人間としての格の違い故なのか、私はあえてその答えを出さないまま運命の時を待つ事にした。

 自身と関わる人間全ての破滅が一刻と迫っていても、ハブリーはまるっきし騒動の蚊帳の外である。私は体調を崩した事にして自室に閉じこもって瞑想に明け暮れた。

 私がヨーガの極地に達しようとしている裏では、ノーマンが命懸けで戦っている筈だ。

 後頭部付近にちょろっと毛を残しただけの禿頭に立派な口髭。トレードマークは落っこちないのが不思議なモノクル。年齢は外見だけだと六〇そこそこ。ステレオタイプな執事キャラといった外見ではあるが、ノーマンの見た目は乙女ゲーに出てくるキャラにしては些か煌めきに欠ける。いわゆる枯れ専の人でもノーマンを推す人はあまり見かけない。ただ敵役としては非常に魅力的なキャラだった。

 ノーマンはど畜生のインポリオ家に与する者の中では唯一忠義で動いていた男であった。敵キャラ故に詳しい経緯については本編ではあまり語られなかったが、生かされてきた恩に報いる為に主人が間違った方向に進んでいる事は百も承知で自らの死も厭わずに戦い続けた。散り際の「誰に仕えるか、私にはそれを選ぶ自由はあった」というノーマンのセリフは、誰に仕えるかも自分では選ぶ事なく適当に仕事に従事していた自分には耳が痛い言葉である。

 ノーマンがかっちょいい悪役っぷりを発揮する一方で、ハブリーはいやあーな悪役令嬢キャラに終始していた。国外追放喰らってサラッとおっ死んだ事にされる雑な扱いには、もはやざまあと思うことすらなかった。

 中身が野澤千恵美という何処の馬の骨とも分からぬ女にすげ変わっても、結局は卑怯に家もノーマンも見捨てて自分一人こっそり生き残る算段を付けている。

 一応断罪されてからなら自由にしてもいいという理屈だが、然るべき報いを受けるべきなんて軽々しく口にしたのもその報いが命に別状がないと分かっているからこその言葉である。

 

 

「被告人、ハブリー・インポリオを極刑に処す」



 なのでこうなると話は別である。こんな報いは私には荷が重すぎる。何故なら私はしょうもない悪役令嬢なのだから。

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