十三番星 さようなら、遠い星から来た王子様

十三番星 さようなら、遠い星から来た王子様①

 両隣から、寝息が聞こえてくる。もちろん、パパとママのものだ。パパとママにはさまれて、久しぶりに親子三人で寝ていたはず、なんだけど……何故か目が覚めてしまった。

 枕元に置いていた、目覚まし代わりのケータイを手に取る。

 午前二時。朝までにはまだまだだ。とりあえず布団から出て、お手洗いに行くことにした。


 用を済ませ、冷たい水で手を洗うとますます目が冴えてきた。

 わたしは玄関まで行き、そこのハンガーラックに掛けていた赤いポンチョを手にした。

 ポンチョを羽織はおって廊下ろうかを歩いてると、何故か、まだスーツ姿でいたレイトさんに出くわした。手には、何か持っている。

 近づいて確認しようと思ったら、持っていた物を渡された。……毛布だ。


「お風邪をされるといけませんので。どうぞ、お使い下さい。お二人で」

 二人? その言葉の意味を考えようとしていたら、レイトさんによってさえぎられた。


「……そういえば、トウコ様を人質に取ったと言ったことに対し、謝罪がまだでしたね。申し訳ありませんでした。ツキハ様」

 レイトさんが深々と頭を下げてきた。なので、あわてて否定する。


「そんな。ウソだってすぐわかったし、レイトさんのお陰で色んなことが解決したんですし」

 わたしの言葉にありがとうございます、と言って、レイトさんは更に頭を上げた。

 それから、ちょっと考えるような顔をして、続けた。


「……話は変わりますが。自分には少し意外でしてね。王子殿下はツキハ様の前でも、御自分のことを当、としょうされているのですね」

「え? そう、ですけど……違う呼び方で言うこともあるんですか? ディーさんや、カァに対しても、当って言ってましたけど」

「昔……殿下と王女殿下が義父の家におられた頃のことですが。そのころ殿下は御自分を僕、と称されておりました。あの頃が殿下が素の自分でいられた、最後の時期だったのでしょう。ですがツキハ様の前でくらいは素に戻り、僕と申されているのではないかと思ったのですが。殿下は良き為政者いせいしゃになろうと、常に自分をりっしておられますから。たまには素に戻ってもいいのではないかと……僭越せんえつながら、そう思いましてね」


「……僕」

 確かに、イルが自分をそう呼んでるとこなんて、見たことがない。

 でも、それが本当のイルなら……聞いてみたい。

 レイトさんにそう言おうとしたら、いつの間にかいなくなっていた。

 おやすみなさいませ、という言葉だけを残して。

 とりあえず渡された毛布をポンチョの上からかぶり、廊下を進んでえんに出る。

 そこから、外にいる琥珀の様子を見ようとして……先客がいることに気づいた。


「……イル……」

「……ツキハか」

 月明りが庭に差し込む中、白いパジャマの上から青色のボレロだけを羽織ったイルが、琥珀をでていた。

 わたしに気づくともう一度琥珀の頭をぽんぽんと軽く撫でて、濡れ縁に戻ってきてそこに腰を下ろした。


 わたしも同じように、イルの隣に座る。

 足先が地面について冷たいな、と思っていると、イルが足を使い、自分の履いてた庭用のスリッパを片っぽだけよこしてきた。 

 両方渡すと、わたしが遠慮すると思ったんだろう。

 よこされた片っぽのスリッパの上に両足を乗せると、イルの温もりが残っていて、冷たかった足先にみ渡ってくる。

 

 イルを見ると、ちょっと照れたように笑って、寒くないか、と聞いてきた。

 わたしは自分に毛布を掛け、

「これなら大丈夫だよ」

と言いながらイルにも掛けて答えると、イルはちょっと照れたような顔でうなずいた。


「その……どうした。眠れないのか」

 イルが小声で聞いてくる。夜中なので、わたしも小さな声で返した。

「何だか目が覚めちゃって。でも、何時間かは眠ったよ。イルは?」

「当も多少、睡眠はとった。だが中途覚醒ちゅうとかくせいしてしまっての。多分、体は疲れていても脳が興奮こうふん状態にあるのだろう。それに当は日中、眠ってしまったのもあるしな。レイトも眠っておったので、コハクの様子を見に来たところだ」


 レイトさんもイルと同じ客間で休んでたはずだ。

 でもイルが起きたから、毛布を渡すために起きたのかな。

 けど、レイトさんが起きてたことはイルには黙っておこう。

 心配しそうだし。


「レイトにはしっかり休み、英気を養うように申し付けたからの。とは言うものの、当に何かあれば、すぐさまけつける男ではあるが。例えば毛布を持って、とかな。まあ少なくとも、この地での危険はないと判断しておるのだろう。何せ、母上の御友人の実家であるのだし」

  

 黙っているつもりだったけど、バレてたらしい。

 わたしがわかりやすいのか……それとも、レイトさんのことをそれだけわかってるのか。

 どっちかはわからないけど、とにかくイルにはわたしたちの考えなんてお見通しみたいだ。

 そのことは、わたしとしては悪くない。


 そっか、と答えて、何となく言葉がなくなる。

 けれどイヤな沈黙ちんもくじゃない。

 イルにおぶられて帰って来たあの日を……初めてエンカウントした夜を思い出す。

 するとそんなわたしたちのほうに、チェーンでつながれた琥珀が寄って来た。

 きゅうん、と鳴き声を上げる。

 

 そっとその頭を撫でると、安心したのか、わたしたちの足元で丸まって寝てしまった。

 琥珀もレイトさんが作ってくれた特製ご飯をお腹いっぱい食べて、眠いんだろう。

 かなり遅い時間なんだし。

「相変わらずコハクは、スーパー可愛いの。起こして悪いとは思ったが……ちゃんと、別れをしておきたくてな。明日……いや今日は、そんな時間があるかわからんしの」


 別れ。

 その言葉がずん、と心にのしかかる。

 ……初めて聞いたわけじゃない。

 食事のあと、ケーキを食べながら色んなことを、わたしとイルはみんなに話した。

 出会った夜のこと。儀式のこと。

 カァのことや儀式の途中で傘を壊しちゃったことなども。


 ママは自分も経験済みだからかほとんど驚かなかったけど……パパは顔を青くしたりで、なだめるのが大変だった。

 ついでに言うとおじいちゃんも同じような感じで、おばあちゃんは落ち着いて聞いていた。

 何だろう。女の人のほうが、こういうことについては動揺しないものなのかな。

 ……ただの性格かも知れないけど。


 とにかくパパとおじいちゃんには、しっかりおこられた。

 傘を壊したことじゃない。危険なことをして黙っていたことをだ。

 そこでやっと、わたしは本当の意味で、みんなに悪いことをしたんだって気づいた。

 

 ごめんなさい、と謝るとイルも頭を下げて謝ってくれた。

 全て話し終わると……ママとおばあちゃんはお疲れ様、と言って、わたしを抱きしめてくれた。パパとおじいちゃんはまだ少し怒ってたけど、あとで天文研究所に行って傘を買い直そう、と言ってくれた。


 それも嬉しかったけど……一番嬉しかったのは、誰もイルを責めなかったことだった。

 みんな、儀式をやり遂げたイルをねぎらってくれた。

 特にママは、

「月花を守ってくれてありがとう」

と言って、イルを抱きしめていた。


 その言葉に、やっと全て終わったんだ、という実感がき上がってきた。

 ……だけど。

「明日……ううん、今日か。イルとレイトさんは、帰っちゃうんだよね?」

 ママに抱きしめられたあと、照れながらイルは、わたしたちにそのことを告げてきた。

「うむ。アルズ=アルムがどうなっているか気掛きがかりだしの。これでも王子なのだから、母星の行く末を決める協議に顔を出さぬわけにはいくまい。母上や、姉上のことも心配だしの」


「……うん」

 頷きながらも、ある言葉が出て来そうになる。

 それを飲みこむため、無理矢理別のことを口にした。

「でも、どうやって帰るの? 座標がわからないと帰れないんじゃ?」


「アルズ=アルムの座標はすで把握はあく済みだ。レイトも白光装置を使って地球にやって来たが、彼奴あやつのナノマシンには不具合は生じておらぬ。なので母上ともいつでも交信が出来る。現に、当らに会う前に座標を聞いて書き留めておったそうだ。因みに転移は、天文研究所の裏手の丘で行う。白光装置から認識阻害にんしきそがいのための波長は出せるが、ワープ機能との同時併用へいようは出来んのでな。その丘ならば、人気はほぼないらしいしの。ついでに言うとその場所は、母上とヴェルヒゥンが二十五年前に降り立った場所で、ミズ・トウコとの出会いの場でもあるとのことだ」

「そうなの?」

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