十一番星 黒幕登場! そして⑤

「……ママ! ママぁ……っ!!」

 抱きしめられたぬくもりに。

 その腕の力強さに。

 ぽろぽろと涙があふれてきて、止まらない。


「無事で良かった……良かった、よぉ……っ……!!」

 ぽんぽん、と頭をでてくれるママ。その手の温かさは、確かにわたしの知ってるママだ。

 琥珀もわたしのそばに来て、顔をぺろぺろとなめてくる。

「もう……くすぐったいよ、琥珀」

 それでようやく、涙が止まった。

 目尻に残る涙をぬぐって、わたしはママに目線を合わせる。


「ママ、ずっとあそこで聞いてたんだよね?」

「ええ。そこのレイトくんに、コーヒーを飲むなとか、ここに隠れていろとか、他にもまあ、細かく指示されたメモをもらってね。……月花が宰相さいしょう様に暴力を振るわれたときには、よっぽど出て行こうかと思ったけど……ごめんね」

「あんなの平気だよ! それより他の指示って? 何か、してたの?」

 そう聞くと、ママはわたしから手を離し、エィラのついたブレスレットを渡してきた。

 受け取って、左腕に付けてるといつの間にかママはディーさんの前に行って、会話を始めていた。


「……トウコ・オオツキか。二十五年振りだな」

「お久しぶりです宰相様。レィアを迎えに来たとき以来ですね。もっとも今の私は、待夜燈子ですが」

「なるほど。十三だった小娘も、今は人の親だったな。あれから二十五年、か」

「ええ。二十五年振りとあって、宰相様もお年を召されましたね。御髪おぐしに白い物が多くなりました」


「いらん世話だ。……それよりトウコよ。さっきのは、どういう意味だ」

「どうとは?」

わしが終わりと言ったであろう。これで終わりと、何故言える。この儂がたった一人で、王家転覆てんぷくくわだてたとでも思うのか? アルズ=アルムには──」


「あなたの息がかかった、大司教がいる。そうですね?」

 ディーさんが言葉を失った。大司教って……宰相であるディーさんや、女王様であるイルのお母さんと一緒にアルズ=アルムを治めてるっていう人……だったはず。

 そんな三人のうち、二人も敵ってこと? 

 それにさっき、儂らのエィラでは、とか言ってたし。

 それは……大司教って人のエィラのことも言ってたんだろうか? 

 でもママは、終わりだって──……。


「月花」

 ママがわたしを見て自分の手首を指差した。

 ブレスレット……エィラを使えってことかな。

 わたしは祈りながら、エィラに力を込める。

 するとエィラが、まばゆく光り出した。


『──聞こえますか、トウコの娘。わたくしはオラクレィア。アルズ=アルムの女王です』

「え……ええ!? じょ、女王様!?」

 あわててみんなを見渡す。

 そうだ。イルのお母さんなんだしイルが話したほうがいいんじゃ。

 そう思って、イルに向かって手招てまねきする。

 けれどイルは首を振った。わたしに話せってことらしい。

 レイトさんも、どうぞ、というように頭を下げている。

 ……わかった。イルとカァのお母さんなんだし、怖い人じゃないはずだ。

 覚悟を決め、わたしは口を開いた。

「はい。わたしがママ……いえ。待夜燈子の娘、月花です」


『初めましてツキハ。息子を手助けしてくれたことや、娘を案じてくれたことなど感謝の言葉は尽きませんが、今は要点だけを。……トウコが持つエィラを通し、あなた方の会話は全て聞かせて貰いました。そこのアンビツィオ・ディーと、大司教であるエヴェック一〇三世。彼らが大ヴァリマを利用し、力をいでいることはわかっていました。何せ、わたくしの他に大ヴァリマの封印を解けるのはその二人ですからね。わたくしの分のエィラは儀式の際にでも密かに採取して精製し、部下にでも代役を務めさせたのでしょう。エィラは、アルズ=アルムの者ならば使えるのですから。そしてわたくしのときのように、イルヴァイタスの儀式のおり、何か仕込んでくることも見越みこしておりました。ですが、証拠しょうこがない。……二十五年前、儀式が失敗しそうになったのがアンビツィオたちの仕業しわざだと気づいたのも、儀式から数年後でした。……もっとも、当時わたくしのともをしたヴェルヒゥン・ピスティスは感づいていたようでしたが』


 前にイルが、ヴァリマの質量が減ってきてるみたいなこと言ってた。

 それはディーさんと、大司教って人の仕業だったんだ。

 それにヴェルヒゥンさんって……レイトさんの、お父さんのことだよね。

 従者を辞めたってのは聞いてたけど……それも、ディーさんたちのせいとか?


『そこでわたくしは、一計を案じた。何か仕掛けてくるならそれを逆手に取り、不正の証拠を押さえようと。レイトをアンビツィオに接近させたのも、わたくしです』

「そう……だったんですか」

 イルのナノマシンが不具合を起こしたのも、ディーさんたちの仕業だったんだろうか?

 ……とは言っても、イルのエィラにヒビが入ったのは、わたしのせいだけど。

 そのとき、黙って聞いてたディーさんが、大きな声で笑い出した。


「は! まんまと、貴様の手の上でおどらされていたとはな! ピスティス家を継ぐレイトが王家を裏切るはずはない、か。ヴェルヒゥンと違い、養子であるレイトにはそこまでの忠誠心はなかろうと考えた儂が馬鹿だったか。……ピスティスの名を、軽く見ておったわ」

「目先のに惑わされましたね、宰相様。あなたもご存じのように、我が姓、ピスティスとは〝忠誠〟の意味。王家からいただいたこの名をけがすことなど、天地神明てんちしんめいにかけて致しませぬ」

 レイトさんがきっぱり言い切った。

 ……そっか。やっと、イルの言ってた意味がわかった。


 ──当の一番の味方で、理解者である。


 うん。わたしもレイトさんを信じて良かった。

 ……エィラをすり替えられたりはしたけど。

 でも、何のために? 偽物だってことも早くにバラしちゃったし……女王様もディーさんが悪いことをたくらんでいるって知っていたなら、もっと早く何とか出来なかったんだろうか。


「だが、陛下よ」

 ディーさんはわたしのエィラをにらみながら、その向こうにいる女王様に語り掛ける。

「儂をばくしたところで大司教はどうする。彼奴あやつが儂にくみしていた証拠はどこにもなかろう?」


『いいえ。ありますよ~!』

 突然エィラから、知らない女の子の声が聞こえてきた。

 ……誰?

「その声は……!」

「ノセ。大司教様を捕えましたか」

 イルとレイトさんが、同時に声を上げた。ノセ? 

 ノセって確か、レイトさんの──。


『はぁい、お兄様! 女王様が宰相様に詰問きつもんを始めたところ、大司教様ってば慌てて神殿へと向かいましてねぇ。こっそり後をつけると、隠蔽いんぺいのため、色々燃やそうとしていたところでしたぁ。ノセに見つかると、そこにいた反王政派の司祭や修道士なんかが抵抗してきましたが、制圧しましたよー。ついでに女王様の代役として、エィラを所持していた者も捕えましたぁ。足元に散弾銃さんだんじゅうを乱射したらみんなダンスを踊っちゃって、見ものでしたねぇ。まぁ、この最強メイドのノセちゃんに勝てるなんて、お兄様やお義父様くらいですしね~!!』


「いい子です、ノセ。帰ったらご褒美ほうびをあげましょう」

『ノセにとってはお兄様が無事に帰って来てくれることが一番のご褒美ですよー。あ。でも、地球の美味しいお菓子なんかあったら、食べたいかも~?』

「わかりました。とっておきのお菓子を探しだし、土産にしましょう」

 レイトさんがそう答え、イルも苦笑しながら、ノセさんに語り掛ける。


「相変わらずだの、ノセ。姫上の護衛も、ちゃんとこなしておろうな?」 

『失敬ですねぇ王子。可愛いうえに仕事も出来て、その上、最強なこのノセちゃんに聞くことですかぁ? ねえ? 姫様』

『ええ、イルヴァイタス。私は無事、ここにおりますよ』


「カァ!」

 久しぶりに聞く、カァの声。

 けどその声色からして、思っていたよりずっと元気みたいだ。

「姫上! 大事ないか!?」

『ええ。私のエィラもだいぶ力を使いましたからね。回復に専念させるため、交信に力を使えなかったのです。使用しないよう、ノセにも見張られてましたし。心配かけました。ツキハ。イルヴァイタス』


「べ、別に心配など……」

 また意地を張り出したイルを、ひじで突っつく。

 すると、ちょっと照れたような顔で言った。

「……ほんの、少しだけだ。本当に、少しだけだからな!?」

 思わず吹き出してしまう。

 

 本当にこの王子様は、意地っ張りなんだから。


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