十一番星 黒幕登場! そして④

「……王位の簒奪さんだつか。下らん。古今東西、小悪党が抱くような安い野望だ。なれもその程度の男だったか。アンビツィオ」

「下らんとな! なれば殿下、有史以来続いて来た血族による統治は正しいというのですか。確かに賢王というべき為政者いせいしゃはいた。だが、愚王としかいいようのない王がおったのも、また確かでしょう。それは歴史を紐解ひもとけば明らかで、殿下とて存じておられるはずでしょう!」


「確かにな。世襲制せしゅうせいによる弊害へいがい、王の婚姻が不可能ということで生ずる問題。血族統治による問題は山積しておるし、王家に取り入ろうとするやからも、後をたぬ。だがそれは王や宰相さいしょうや大司教……いや。まつりごとに関わる者全てで議論し、解決していく課題であろう。エィラに頼って解決するなど、考えることを放棄ほうきした、ただの思考停止ではないか! アンビツィオよ!!」


「思考停止? 殿下がそれをおっしゃいますか。血を分けた双子の姉である、カァミッカ王女殿下と王位を争っているあなたが!」

「違う! イルは!!」

 否定しようとしたわたしを、イルが手で制する。


 そうだ。そう見えるように、わざとカァと仲が悪い振りをしてるって、イルは言ってた。

 なら、ここでバラすことじゃない。

 けどイルがカァと本気で争ってるように言われるのは、くやしいし……悲しい。


「やれやれ。ここでは部外者がうるさくてかないませんな。……ちょうどいい。このエィラの力で、その小娘を、物言えぬようにしてやりましょうか」

 すっと、手の中のブレスレット……エィラを見せつけながら、ディーさんがわたしをにらむ。 

 物を言えぬって……しゃべれなくなるの!? 

 そんな……それじゃ、もうイルと──!


「……つくづく下らん。ツキハを黙らせ、何になる?」

 イルと話せなくなる、と思って涙ぐんだわたしの耳に、そんな声が届いた。

「黙らせるなら当であろう、アンビツィオよ。汝のはかりごとを知る当が、誰彼なくぺらぺら喋っては都合が悪かろう?」


「……ほう。さすが殿下、いい度胸です。それともわしがそのようなことはせぬとお考えで?」

「そんなことは思っておらん。汝なら口にしたことは、迷わず行うであろうよ。……当は汝のそんなところが、嫌いではなかったのだがな。だがそれも、過去の話だ。……ああ。口だけではなく、書字しょじも出来ぬよう、願うと良いぞ。でなければ、意味がなかろう?」


「これはしたり。殿下御自身から、そのような申し出とは。ならばご期待に応え、二度とことつむぐことが出来ぬようにさせていただく! エィラよ! イルヴァイタス王子殿下の口と手を、永久に封じたまえ!!」

「ダメ! イル、逃げて!!」

「大丈夫だ!!」

 イルの手を握りしめて引っぱるわたしを止め、逆に握り返してくるイル。


 大丈夫って何が。

 わからない。

 何でディーさんを挑発するようなことを言ったのか、何でこんなに落ち着いてるのか。

 けれど。

 わたしはイルの目を見る。イルは優しい目で、ちょっと笑ってくれた。

 わたしが良く知る、イルの笑顔。

 イルに一番似合う……わたしの大好きな、イルの笑顔。


 ──なら……、信じる!!


 イルににぎられた手を、ぎゅっと、握り返した。

 ……待つ。待つ。待つ、けれど、……何の音もしない。何も光らない。

 わたしはディーさんが掲げてるエィラを見た。


 エィラは……光ってない!

「ば……馬鹿な! あれほどの力を有するエィラが沈黙するなど、……まさか!」

 ディーさんはすごい勢いでレイトさんにめ寄ると、胸倉をつかんだ。


「レイト、貴様……! これは本物のエィラではないな!? 裏切ったのか!」

「裏切るも何も。自分は物心ついたときから、イルヴァイタス王子殿下の従者でございます。何ゆえ──」

「当を裏切ると思ったのだ? アンビツィオよ! レイトの行動原理はただ一つ! 当と王家への忠誠だけよ!!」


「その通りでございます、殿下。……御信頼いただき、ありがとうございます」

 レイトさんがお腹に手を当て、深々とおじきした。

 ……良かった。

 本当に……良かった。

 心の底からほっとしながらも、わたしはふと、疑問に思う。


「あの、レイトさん。じゃあ……わたしのエィラは?」

「うむ、レイトよ。本物と偽物にせものをすり替えていたであろうことは、予想通りだったが……ではツキハのエィラは、どこにあるのだ?」

「ある方に、預かっていただいております」

「ある方? 誰か知らぬが……信用、出来るのか?」

「もちろんでございます。何せツキハ様のエィラの、元々の持ち主なのですから」

「え? それって──」 


「──あの女か!」

 ディーさんが、偽物のエィラを床に投げつけた。

忌々いまいましい、あの女め……! 二十五年前も、あの女すらおらねば女王の儀式は失敗したものを……! 母子そろって王家の者に手を貸すなど、何の因果だ……!」

「あの女って……ママのことですか? 女王に手を貸したって……イルの、お母さんに?」


「ふん。知らなんだか。二十五年前、女王──いやその当時は王女だったが──であるオラクレィアに手を貸し、儀式を成功させたのよ。小娘、貴様と同じように。礼としてオラクレィアは、貴様の母に自分のエィラを与えることにした。儀式によって傷つき、壊れたエィラをな。儂と大司教も、それに賛同した。何しろアルズ=アルムにエィラを持ち帰られたら、露見ろけんしてしまうのでな。オラクレィアの持っていたエィラが、精製前の不完全な物……すなわち、ヴァリマであるということが」


「え、と……?」

 精一杯頭を回転させ、ディーさんが言ったことを考える。

 ママがイルのお母さんを助け儀式を成功させた。そこまではわかった。

 でもそれじゃ、手助けしなかったら失敗したってこと? 

 ……不完全なエィラ。ヴァリマのままの? イルのお母さんが持っていたものが? 

 何で、そんな──……。


「なるほど。母上にエィラを、完全な物と偽って与えたのか。おおかた儀式を失敗させ、王位の簒奪を狙ったのであろう? だが目論見もくろみは外れ、そして二十五年後の今、似たようなことをレイトにやり返されたと。天網恢恢てんもうかいかいにしてらさず、とはよく言ったものであるな」


「そうですね。まあ、悪事を暴くのに二十五年もかかるとは……天とやらも、節穴ふしあなにもほどがありますが」

「ええい、茶々を入れるでないわ。汝は本当に、当を立てるということを知らんの」

「これは失礼。ですが殿下、これでこそ──」

「──レイト・ピスティス。汝という、男であるな」

 レイトさんの言葉を引き取ってそう言ったイルが、にっと笑った。

 それに対し、レイトさんは無言で……ただ、笑顔だけで応えた。


「さて、アンビツィオよ。色々と聞きたいことはあるが……それは、アルズ=アルムに帰ってからであるな。レイト!」

 イルが目配めくばせすると、レイトさんはふところから出した数本のナイフをディーさんの足元に投げつけ、動きを封じた! 

 そしてまた懐からロープを出し、あっという間にディーさんをしばり上げてしまった。

 イルがレイトさんに出来ないことを思いつかない、と言ってたのは本当らしい。

 縛るところなんか、全然動きが見えなかった。


 レイトさんとイル、そしてディーさんの様子を見るとイルはえへん、といった感じで胸を張り、レイトさんは、ディーさんを縛ったロープのはしを持っていた。

 そして、そのディーさんはと言うと、項垂うなだれている。

 これで本当に全部……終わったんだろうか。

 そう考えていると、突然ディーさんが笑い出した。


「貴様ら、これで終わりだと思っているのか? 儂一人を捕えれば終わりだと、本気で考えておるのか!?」

 ディーさんの顔を見る。

 その表情は自信に満ちていて、負けしみには思えなかった。

 まだ……何かあるの? 

 そう思ったとき。


「いいえ。終わりですよ。宰相様」

 上から声が、降ってきた。 

 ……上? 声のしたほうを、見上げる。

 ドーム状のこの部屋は、屋外でも天体観測が出来るように屋上に続く階段があって、その階段の途中には機材などを入れておく小部屋があった。

 そこから、出て来たのは──。


「────ママ!?」

 ママの声に反応したのか、琥珀も起き上がり、わん! と大声で鳴いた。

「久しぶりね、月花。琥珀も」


 かん、かん、と音を響かせながら、金属製の階段を下りてくるママ。

 その左手首には、きらりと光る、わたしのブレスレットがあった。

 階段を下り終えたママは目の前まで来て……少しだけかがむと、わたしに目線を合わせた。


「ずっと、上で聞いてたの。でも、月花のあんな力強い言葉……初めて聞いたわ」

 そして、わたしの肩に手を置くと、

「前に会ってから、ひと月ほどしか経ってないのに……強くなったわね。月花」

力いっぱい、わたしを抱きしめた!

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