十一番星 黒幕登場! そして③

 それにしても、と言って、レイトさんはちょっと笑った。


 「本当にお優しい方ですね、ツキハ様は。王子殿下と王女殿下が出会った──いや、エンカウントでしたか──そうされたのが、あなた様で良かったです」

 そう言って、また笑うレイトさん。

 その笑顔は、とても優しそうで……本当にイルとカァのことを思っているように思えた。


「……一番の味方で、理解者、か」

 小声で呟く。レイトさんには聞こえなかったらしく、ちょっと怪訝けげんそうな顔をしてたけど。

「──どうぞ」

 わたしは、レイトさんにブレスレットごと、エィラを手渡した。

 イルが信頼する人で、二人のことを話すときあんな優しい表情をする人。

 レイト・ピスティスさん。

 

 なら……わたしも。 

 手の平にのせたブレスレットごと、レイトさんの手をにぎりしめる。

 わたしも、この人のことを信じてみよう。


「ありがとうございます。ツキハ様」 

 レイトさんも、軽くわたしの手を握り返し、深々と頭を下げた。

「……それで」

 レイトさんがうやうやしく、白い布でブレスレットを包むのを見ながら、わたしは聞いた。


「どうする気ですか? その……エィラを」

 レイトさんは答えない。

 というより答える気がないみたいだ。わたしから目をそららしてる。

 仕方ないので、それ以上は聞かないことにする。

 でもエィラを渡したら、ママのことは教えてくれると言った。

 そのことは、守ってもらわないと。

「じゃあ……ママはどこですか?」

 今度はわたしの目を見て、レイトさんは口を開いた。


「ミズ、トウコ・マチヤは──」

「よくやった。レイト・ピスティス」

 後ろから男の人の声が聞こえてきた。振り返る。


 そこにいたのは白いローブ姿の人だった。中に着てる服も、上下ともに白。

 そしてローブの合わせの隙間すきまから、腰に黒い帯を巻いてるのが見える。

 おじいちゃんと同じくらいか、少し上くらいの男の人。

 あのカッコ……イルと似ている。

 それにレイトさんの名前を呼んだし、知り合いなんだ。……ってことは。

「……アルズ=アルムの人……?」


が高いぞ。小娘」

 その人はわたしの目の前に立ちはだかり、じろりとこちらをにらんできた。

 体が……勝手に、後退あとずさりしてしまう。

 怖い。よくわからないけど……すごく、怖い……!

 レイトさんはと見ると、片膝かたひざをついて、頭をれていた。そして、その姿勢のまま言う。


「お待ちしておりました。宰相さいしょう──アンビツィオ・ディー様」 

「……宰相……?」

 そういえば、イルが言っていた。

 アルズ=アルムにあるという大ヴァリマを管理しているのはイルのお母さんである女王様と、大司教って人。

 そして、もう一人。


「……あなたがその、宰相とかいう人ですか。ディーさん」

 宰相という言葉は、イルから聞いたあとに調べていた。日本でいうと、総理大臣みたいな人らしい。

 わたしが名前を呼ぶと、ディーさんがますます鋭い目つきになった。

 怖い。だけど、負けるもんか。

 何だかこの人は……すごく、イヤな感じがする。


「ディーさんとはな。ずい分と、不遜ふそんな呼び方ではないか。地球の小娘が」

「月花です! わたしは待夜月花!!」

 自分を勇気づけるよう、大声で名乗る。

 けれどディーさんは、そんなわたしを鼻で笑った。


「貴様の名など、どうでもよいわ。それよりレイトよ、それを」

 片膝立ちのレイトさんに向かって、手を伸ばす。

 ……って、まさか。

「はい、ここに。お受け取り下さい。宰相様」

 いつの間にかレイトさんは、手にしてた白い布を両手で頭上に掲げていた。

 それを、ディーさんに差し出している。


「レイトさん!?」

 そんな。レイトさんなら信用出来ると思ったのに。

 イルが信頼してる人だから。

 カァのことを思って、優しく笑う人だから。

 なのに──!


「ダメ! あなたには渡さない!!」

 エィラを手にした、ディーさんの腕に取りつく!

「返して! 返し……つっ……!!」

 腕を振り払われ、冷たい床の上に尻餅しりもちをついた。


「ツキハ様!!」

 レイトさんがけ寄り、引き起こしてくれた。

 そして鋭い目つきで、ディーさんに言う。

「宰相様。他星の、しかもこんなか弱い少女に危害を加えるなど──」

「か弱くないです!」

 レイトさんの言葉をさえぎり、わたしは大声で叫ぶ!


「わたしはあなたたちから見れば、ちっぽけな、ただの十一歳の女の子だけど──か弱くなんかない! イルがそう言ってくれたの! わたしは強いって! だから──負けられない! ディーさん! あなたにだけは!!」


 そうだ。負けるもんか。

 この人はエィラを使い、何かしようとしている。

 それが何かはわからない。

 けれどわたしに対する態度からして、良いことに使うなんて絶対、絶対、思えない!!


「……前言を撤回致てっかいいたします。さすが、王子殿下と王女殿下を助けて下さった方だ。か弱くなどない。本当に……お強いですね」

 レイトさんはわたしの体を支えてくれたまま、わたしだけに聞こえるように言った。

 この人は、……やっぱり。

 敵じゃない。

 そう確信したとき、わたしが通ってきた通路から、走ってくる足音が聞こえてきた。


「──よくぞ言った! ツキハ!!」

 ぜえぜえ、息を上がらせながら走って来たのは──イル! 

 そして、そのイルに連れられて来たのは、青いリードとハーネスを付けた琥珀だ!


「い、イル!? 琥珀も……どうしてここに!?」

「走って!!」

「は、走っ……!?」

 ここまで来るのに小さな自転車とはいえ、四十分かかった。人間の……子供の足なら、どのくらいかかるんだろう。しかも山の上だし。

 わからないけど、汗だくで息を整えているイルはここまで休まず走って来たんだろう。

 レイトさんに手を放してもらい、イルに駆け寄る。


「イル、大丈夫? ちょっと、休んで」

「へ、平気である……ツキハ、が自宅より離れたこの地で、行くところ、といえば……母君のところ、だと思って、な。コハクに……匂いを辿たどって……もらっ、た……」

 わん! と琥珀が嬉しそうに、返事をした。

「……ありがと。琥珀、イル。でも、そんな無理してまで」

「無理、ではない……」

「そんなわけ、ないでしょ」 


 立ってるのがやってなのか、イルの足はがくがくしている。

 わたしはイルの肩に手を回し、立つのを手助けしながら言った。

 ……全く。この王子様は……。

 さすがに疲れたのか、琥珀も床に横になった。

 するとすぐに小さな寝息を立て始める。

 イルからリードを受け取り、そっと床に置いた。

 しばらく、琥珀は寝かせておいてあげよう。


「御姉弟そろって、つくづく無理をなさる方々だ。これだから自分は苦労がえませぬ。殿下」

 そうしていると、レイトさんがそんなことを言いながら、苦笑した。

「……やかましいわ。それよりレイトよ、どうやってここに来たのだ。それに何ゆえ、アンビツィオもここにおる」

 息を整えたイルはレイトさんをちらりと見て、それから、ディーさんを睨みつけた。


「そのエィラ……ツキハから無理矢理うばったのか。当の恩人に無体むたいを働くとは。覚悟は出来ておろうな!? アンビツィオ!!」

「これはしたり。元々エィラは、アルズ=アルムの宝。地球などという未開の星の……しかもこんな小娘が所持するなど、あってはなりません。そうでしょう。イルヴァイタス王子殿下」

 わたしのエィラを手に、芝居がかった身振りで、ディーさんは肩をすくめた。


「下手な演技はよせ。それはなれが一人で判断することではない。第一、汝のいう未開の星にともすらつけずにおもむくとは……よっぽどの理由があると見える」

「供、とな」

 ディーさんが、くっくっと笑い出した。

 そして、

「供ならそこにいるではありませんか! レイト・ピスティスという、殿下が最も信頼を寄せる男が!!」

愉快そうに、そう言い放った。


「……何……?」

 イルがレイトさんを見た。

 レイトさんは何も言わない。無言でイルを見つめている。


「いかがです、殿下。信ずる者に裏切られるのは。そ奴はずっと、わしに通じておったのです。現にそこの小娘からエィラを取り上げ、儂に献上けんじょうしたのはレイト自身なのですからな!」 

 イルもレイトさんを見つめたまま、口を開いた。


「……まことか。レイト」

「はい」

「申し開きは……ないのか」

「ございません。全て、宰相様がおっしゃられた通りでございます」

「……理由は?」

「殿下が思われるままに」

「そう、か。汝の考えならば……さっしがつく」

 そういうとイルは、ちょっと笑って見せた。

 ……どういう意味の笑いなんだろう。

 考えていると、イルは次に、ディーさんに向き直った。

「ならば、アンビツィオ。汝の目的は? ツキハのエィラを、どのように使う気だ」


「目的は一つでございますよ殿下。このアンビツィオが王となり、アルズ=アルムを治める! 儂らの持つエィラでは、叶わぬ願いだった。なれば、このエィラに願いを叶えてもらう! 儀式の際に見せた、あの力……! とても精製前のものとは思えない。エィラの力が強大であればあるほど、強い願いも叶えられるのはご存じでしょう。このエィラは精製すれば、大ヴァリマをもしのぐ力を秘めている! 叶えられぬ願いなど……ことによると死者の蘇生そせいすら、可能かも知れぬ。このエィラは、それほどの可能性を持っている……!!」

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