十一番星 黒幕登場! そして②

「──ママ! いるの!? 月花だよ!!」 


 望遠鏡があるドーム状の天体観測室に着き、わたしは精一杯声を張り上げた。   

 ここは屋上に続く階段もあって、研究所の中では一番広い。

 事務所には電子ロックが掛かっていて部外者は入れないと、以前ママに聞いていた。

 もちろん、今もそうだろう。

 ならピスティスさんがいるのは、一番わかりやすいここだと思う。

 ドーム状の部屋だからわたしの声が反響はんきょうして、部屋中に響く。

 ……ほんの少し、間があって。


「……お早いお着きですね。ツキハさん」

 どこにかくれていたのかピスティスさんが出てきた。

 ツナギじゃなくて、黒のスーツ姿だ。

 ネクタイも黒なのでお葬式っぽいけど多分、そういう服じゃないはず。

 シャツにはギャザーが付いてるし、ネクタイも紐状ひもじょうのループタイ? とかいうやつだ。そして、白い手袋もしてる。


「まず、早朝から呼び出すという、非礼をおび致します」

 わたしの目の前まで歩いて来ると、ピスティスさんはお腹に手を当て、昨日のようにうやうやしくおじきをした。

 声色も、さっき聞いた冷たい感じのものじゃない。

 だからって、安心はできない。

 この人はママを盾に、わたしを呼び出したんだから。


「……非礼とかいうなら、ママを人質に取っていることの方が、よっぽどじゃないですか? ピスティス──」

 さん、と言いかけて、わたしは違う名で彼を呼んだ。

「──いえ! レイトさん!!」

 彼の目が、大きく見開かれた。


 ──ビンゴだ!


 ここへの道すがら、体は自転車をこぎ、頭は彼の正体や目的を探ることに使っていた。

 そうして思い到ったのが、イルに聞いたレイトという名の、イルの従者さんのことだった。

「……どうして、おわかりに?」

 苦笑するように笑う、ピスティス……ううん、レイトさん。やっぱりだ。着ているのも喪服なんかじゃなく、従者用の服なんだろう。

 映画でも、執事さんはそんな感じのを着てたし。


「わたし、あなたと会ったときのことを思い出しながら、ここに来たんです。そしたら、何かが引っかかって……何が引っかかってるのか考えたら、わたしが名乗ったときのことでした。わたしはあなたに対しフルネームで名乗った。けれどあなたは、姓か名前かわからないけど、ただピスティス、とだけ名乗った。それは不自然だし、ちょっと失礼な気もするんです。でもあなたの物腰や態度からして、そんな失礼な人とは思えなかった。それどころか、礼儀正しすぎる人でした。じゃあ、何で名乗らなかったのか? 理由は一つ。わたしが、あなたの名前を知っている可能性があったから。……そう。イルから聞いた、レイトさんという名前を!」


「……参りました。では、改めまして。自分は、レイト・ピスティスと申します。以後、お見知り置きを。ツキハ様」

 もう一度レイトさんは深く頭を下げ、そのあとまっすぐ、わたしの目を見てきた。


「……それにしてもツキハ様。あなたは、カァミッカ王女殿下より聞き及んだ通りの方でいらっしゃいますね。自信なさげな普通の少女なのに、いざというときは行動力があり、頭も回ると。いや。聞いていた以上ですが」

「カァから? ……わたしのこと、どこまで知ってるんですか?」


「儀式の夜、あなたがされたことは全て王女殿下からお聞きしました。してあの夜ですが……自分は殿下と交信が出来ぬことに気づくと、すぐ女王陛下に報告申し上げたのです。それからは陛下のご判断で、王女殿下の持つエィラを頼りに、あなたと交信していただきました。王女殿下に交信を任せたのは、陛下には他にすべきことがあったからですが」


「じゃあ、あのとき……カァの近くに、あなたもいたんですか?」

「いくら年若としわかとはいえ、異性である王女殿下の居室で待機たいきするわけには参りません。ですが、すぐ外におりました。中から聞こえてくる王女殿下の声から、おおよその状況は把握はあくしておりましたが。儀式が終了し、交信が途絶とだえたあとに王女殿下と女王陛下、それに宰相さいしょうと大司教を加え緊急の会合が開かれました。そこで急ぎ、自分を地球に転移するよう決議されたのです」


「転移……イル側の座標を知らないと、どこに転移されるかわからないって聞いたけど……」

「その通り。ですので、お聞きしたのですよ。我がアルズ=アルムの守護神、大ヴァリマに」

「ヴァリマ?」

 そうだ。エィラは元はヴァリマだって、イルは言ってた。

 それを精製して、エィラになる。

 願いを叶える……エィラに。


「ヴァリマを精製し……エィラにして、イルの座標を聞いたんですか?」

「その通りでございます。陛下たちがお持ちのエィラは、儀式にしか使えないことになっておりますので、急ぎ新しいエィラを作ったのです。急だったのでほんの一粒程度しか、精製する時間はありませんでしたが。ですが座標を知るには、十分でした。もっとも、役目を果たしたあとは消失してしまいましたがね。エィラは願いを叶えることが出来ますが、それはエィラの質量や密度により、回数が変わるのです。無限に願いを叶えられるわけではないのですよ」


 無限じゃない。それは初耳だった。

 でもイルのエィラが壊れたあの夜から、アルズ=アルムの人たちは動いてたんだ。

 座標さえわかれば、すぐに転移出来るってイルは言ってた。

 じゃあレイトさんはそのあとすぐ、地球に来たんだろうか。

 考えていると、レイトさんが口を開いた。


「一粒とはいえ、精製には数日をようしましてね。ゆえに自分が地球におもむいたのは、ほんの二日前です。そこであなた方が遠出するのを知り、急いでバイクやら何やらを調達しました。脳内のアルルミッテレにより、操縦法は理解しておりましたが……実際に乗りこなすには三十分ほど掛かりましたが」

「さ、三十分?」

 いくら乗り方を知ってたって、そんな短時間で高速道路を走れるようにまでになるなんて。

 わたしなんて、自転車に乗れるようになったのは三年生のときなのに。

 そういえば、と、イルが言ってたことを思い出す。


 ──レイトに出来ぬことが、見つからん。


 確かに何でも出来る人なのかも知れない。

 でも何で、すぐにイルの前に姿をあらわさなかったんだろう。

 おじいちゃんちに行くのを知ってたのなら、尚さら止めるんじゃないだろうか。

 それにわたしたちが出かけることを、どこで知ったんだろう。

 そこまで考え、思い出した。出発の前日、公園に散歩に行った。

 そのとき、誰かに見られている気がするとイルは言ってたんだ。

 わたしは猫か何かと思って、気にしなかったけど……本当は、レイトさんだったんだろうか?


「他にご質問はありますか? ツキハ様」

 そんなの、質問だらけだ。

 何でイルの前に姿を見せないのかとか、何でこっそりわたしたちを追いかけて来たのかとか。

 それに、それに──。


 そういえば、と今さらだけど、この天文研究所に人の気配が全くないのに気づいた。

 さっきなんか大きな声を出しちゃったのに、レイトさん以外誰も来ない。

 それに……通用口のドアを開けたのがレイトさんなら、他の人はどうしているんだろう。


「ママ……いえ、研究所の人たちはどうしたんですか?」

「ご心配なく。当星特製の睡眠薬すいみんやくにて事務所でお休みでございます。もちろん副作用もなく、薬が切れればすっきりお目覚めになられますよ。まあ皆さまがお休みの間、通用口のロックの外し方や、ツキハ様のお宅の電話番号は調べさせていただきましたが」


「そう……ですか。じゃあ、ママも事務所に?」

「どうでしょうね。お教えするには、一つ、条件があるのですが」

「……何ですか?」

 思わず身構える。

 わたし一人で来いって言ったことに対し、理由があるのはわかっている。

 ……じゃあ。

 その、理由って──……。


「それを」

 レイトさんが、わたしの左手……ううん、エィラが付いたブレスレットを指差していた。

「渡していただけますか? ツキハ様」

 ……わたしを呼んだのは、エィラが目的だったの? 

 じっと、レイトさんの目を見つめる。深い紺の瞳の奥にある真意は、わからない。

 けれど。

 イルがレイトさんに対し、言っていたことを思い返す。


 ──当の一番の味方で、理解者だ。  


 わたしは左手首のブレスレットを外し、右手の平に乗せた。

 そして、レイトさんに渡そうと……したけど、その前にもう一つだけ、質問してみることにした。

「レイトさん。カァは……元気ですか? その、発作とか……罰、とか」

 ちょっと意外そうな顔をする、レイトさん。

 カァのことを聞かれるとは、思ってなかったのかな。

 だけどすぐ、答えてくれた。


「ええ。儀式への手助けは女王陛下の指示ですので、王女殿下には何のおとがめもありません。責任は、陛下が御自身で取るとおっしゃっておられました。エィラを使うのに、巫女としての御力も大分注がれたので、軽い発作はまぬがれませんでしたが。まあ以後は無茶をせぬよう、自分の妹のノセが目を光らせております。一応妹は、王女殿下付きのメイドの中でも、信頼されているほうですので。……カァミッカ王女殿下という方は、大人し風貌ふうぼうなのに、王子殿下のこととなるとどんな無茶もなさる方なのです。なので、こちらも苦労しますよ。全く……」

 

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