十一番星 黒幕登場! そして

十一番星 黒幕登場! そして①

「はい、もしもし。え? 月花ですか? いえ、おりますが……あなたは?」

 

 おじいちゃんの声で目が覚めた。隣の、電話がある居間で話してるらしい。

 わたしの名前が聞こえた気がしたけど……誰だろう。

 そう思っていると、ふすまが開いた。


「月花、起きてたか。お前に電話なんだが海外の人からみたいで……何と言ったかな。ピス、何とかだったような。しかし、どうする?」

 こんな時間の電話だしな、とおじいちゃんが呟く。 

 枕元の電話を確認すると、六時だった。

 確かに、電話をかけるには早い時間だ。隣のパパも運転で疲れてたのか、まだ寝てるし。

 でも、ピス何とかって。

 

 頭の中にバイクに跨った、紺の瞳の男の人が浮かんだ。

 ピスティスさんに、ここの電話は教えてない。

 なのに番号がわかったってことは、ママか研究所の誰かから聞いたのかも知れない。

 ならその人は、ピスティスさんがここの番号を教えてもいい相手だと思ったんだろう。

 それに、こんな朝早くに電話ってことは、今かけなきゃいけない理由があるのかも知れない。

 だってピスティスさんは、理由もなく失礼なことをする人には見えなかったし。


「ううん、出る。知り合いなの」

 おじいちゃんから電話を受け取り、話しながら居間に歩いていく。パパを起こさないよう、そっとふすまを閉めて。

「代わりました、月花です。ピスティスさんですか? ──え? 何でそんなことを……え? ……はい。はい、わかりました……」

 電話を切る。

 すると、おじいちゃんは心配そうに、わたしを見ていた。


「あ、何でもないよ。その、少し……驚いただけ」

「驚いたって、何に?」

「大したことないよ。ちょっと……ね」

 会話の内容を説明するわけにもいかない。けど、上手い言い訳も出てこない。

 おじいちゃんは怪訝けげんそうにわたしを見ている。


 ……どうしよう。ここで引き留められている場合じゃないんだけど。

 考えていると、台所に続いているふすまが開き、おばあちゃんが入って来た。

「あなた。月花は行くとこがあるのよ」

 そうでしょう? と、おばあちゃんが助け船を出してくれた。

 その通りだけど……どうしてわかったんだろう。


「昨日、月花が琥珀と散歩に出ている間、燈子から電話があったのよ。正確には、明さんあてにだけど」

 そういえば、と、昨夜帰ってきたとき、二階でママと電話していたパパを思い出した。

「それでね、明さんてに聞いたんだけど、明日、つまり今日ね。誰かから月花に電話があるはずだから、そしたらそれは自分がお願いした電話だから、行かせてやって欲しいって」

「何だそれは。だったら何故、燈子が自分で掛けない? それに行かせるって、どこに──」


「お義父さん、それは僕が説明しますよ」

 おじいちゃんの言葉をさえぎって、ふすまの間からパパが顔をのぞかせてきた。

 いつの間にか起きてたらしい。隣部屋から三人もの話声が聞こえてきたら、当然かも知れないけど。

 とにかく、パパは事情を知ってるんだ。

 なら任せて、わたしは支度することにしよう。


「あ、おい。月花!」

 おじいちゃんに引きめられたけど、それはパパに任せた。

 急いで布団をたたみ、着替える。

 タートルニットにパンツ、その上から、防寒用の巻きスカート。サコッシュにキッズケータイを入れ、落とさないように、しっかりチャックを閉める。もこもこのマフラーを巻いて、その上からお気に入りの赤いポンチョを羽織はおり、赤いリボン型のクリップで留め、髪を青色のシュシュでポニーテールに結った。

 そして、左手首のブレスレット……それに付いている、エィラを確認した。


 ──よし。準備完了!


 わたしは部屋を飛び出し、まだ言い合いを続けてる、三人のいる居間に出た。

「パパ。おじいちゃん、おばあちゃん。ママが何を言ったかは知らないけど、わたしからは何も言えない。そういう条件なの。でも」

 わたしは右手で、エィラの付いたブレスレットをぎゅっとにぎりしめる。


「必ず無事で帰って来るから! それは絶対に絶対! 約束するから!!」

 めったに出さないわたしの大声に驚いたのか、三人が一瞬、しんとなる。

 それから、おじいちゃんとおばあちゃんは目配めくばせしあって……、パパはわたしの頭をでてくれた。


「いってらっしゃい、月花。でもくれぐれも、気を付けるように」

「──うん! ありがとう、パパ! 行ってきます!!」 

 居間を飛び出し、玄関で靴をく。

 スニーカーの靴紐くつひもを結んでいると、パパの声が居間から聞こえてきた。


「それにしても、あれですねえ。僕はまだ、月花のことは子供だと思っていたんですよ。その月花が僕たちに隠し事したり、あんなにはっきり言い切ったりするとは……さびしいものです」

「……パパ」

 ごめんなさい、と心の中で呟いていると、パパが続けた。


「でも、嬉しくもあるんです。いつも僕らに遠慮ばかりだった月花が自分の意思で、自分だけで何かをそうとしていることは。なので、僕はただ……見守りたいと思っています」

 わたしは靴紐を結び終え、立ち上がった。


「……とは言うものの、本当に危険なときは手を貸してしまうかも知れませんが。まあそれが出来るよう、見守りはおこたらないようにしないといけませんけどね」

 小さく、パパが笑う声が聞こえた。その声を背に、わたしは玄関を飛び出す。


 ──ありがとう、パパ! おじいちゃん、おばあちゃん。行ってきます!!


 外に出ると、持ってきてた折り畳みの自転車が乗れる状態に組み上がってた。

 多分パパだ。ママとの電話のあと、夜のうちにやっておいてくれてたんだろう。

 感謝し、ブレーキを上げてまたがる。

 するとその音を聞きつけたのか、リードにつないだ琥珀を連れたイルがやってきた。


「おお、ツキハ。早いではないか。今朝は当もコハクの散歩に同行しようと、待っておったのだが……何をしておるのだ?」

 不思議そうにわたしを見るイル。

 だけど、イルにも理由は話せない。

 そう、言われたから。


「おはよ、イル。わたしはちょっと、用があるから。琥珀のことはお願い!」

 わたしは両足をペダルにかけ、思い切りそれを踏み込み、自転車を発進させた。

「お、おい、ツキハ! お願い? 用って──!?」

 自転車が進むにつれ、イルの声が遠ざかってゆく。

 それを聞きながら、わたしはピスティスさんとの会話を思い返していた。


『おはようございますツキハさん。ピスティスです。昨日はお世話になりました。それはさておき用件を。早朝から申し訳ありませんが、天文研究所に来ていただけますか? お一人で』

 何でそんなことを、と聞いたわたしに、ピスティスさんが続ける。

『それはまあ、のちほど。でもおいでいただけなかったり、この会話を誰かに話した場合』

 小さく息を吸う音が聞こえた。

 そして、今まで聞いていたピスティスさんの声色とは違う、冷たい声が告げた。

『ミズ、トウコ・マチヤの安全は保障出来かねますので、そのおつもりで』


「……つ……着い、た……!」

 ぜえぜえする息を必死で整えながら、つばを飲み込む。 

 車輪の小さい折り畳み自転車だから、ここまで来るのに、時間がかかってしまった。

 サコッシュからケータイを出して確認すると、七時前。

 電話やパパたちとの会話、支度したくに時間がかかったとしても、二十分はかかっていないはず。

 なら、ここまで来るのだけで四十分近くもかかっちゃったんだ。

 わたしは目の前にそびえ立つ天文研究所を見上げながら、でも、と思う。


 でも、ここまで来た。ママは……ピスティスさんはどこなんだろう。

 周りを見渡すけど、誰もいない。手にしたケータイで、ママに電話してみる。

 予想してた通りだけど、出なかった。

 とりあえず、この自転車を何とかしよう。


 ケータイをしまい、駐輪場のほうに自転車に乗って向かう。

 屋根付きの駐輪所に自転車を停めると、そこにピスティスさんが乗っていた、シルバーのバイクを見つけた。

 ついでに、隣り合った駐車場も確認する。


 何台か停まっている車の中に、ママの青い車があった。

 のぞき込むけど、やっぱり中には誰もいない。

 念のためドアノブも引っぱってみるけど、ロックされていて開かなかった。

 ……これからどうしよう。正面玄関は閉まっている。

 人気ひとけもないし、家みたいにチャイムがあれば。

 

 ──チャイム? 


 そこまで考えたとき、以前パパと一緒に、ママに忘れ物を届けに来たときのことを思い出した。あのときも夜だったから、正面玄関じゃなく……そう。建物の裏手側にある、職員さん用の通用口だ! 

 あわててわたしは、そちらに向かう。

 辿たどり着き、チャイムを探すと……あった。

 チャイムじゃなく、呼び出しベルだけど。

 わたしはすう、と息を吸い込んで……思い切り、ボタンを押した。

 すると、かちゃり、とドアが音を立てた。カギが開いたんだ。


 わたしはもう一度、大きく深呼吸をして……中へと続くドアを開け、足をみ入れた。

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